三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 1

概要

三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道の地図 北海道の中央部分、空知地方。
かつては空知炭田とも石狩炭田ともいわれ、良質の石炭を産出してきた土地であったが、隆盛を極めたのも今は昔、現在では細々と露天掘りが行われる程度である。

広大な空知地方はいくつかの地域に分けられ、一大企業が独占支配をしたところもあれば、様々な企業がしのぎを削っていた地域もある。
中空知地方には旧財閥といわれた企業の大資本が特に昭和の時代にかけて投入され、大掛かりで近代的な採炭がなされた。
そのひとつ、芦別地域では三井と三菱が採炭を担った。

今回紹介する三井芦別鉱業所は三井芦別炭鉱の一施設である。
三井芦別炭鉱は昭和14年開鉱、年産170万トンを誇り、芦別地域の炭鉱では最大であったが、時代の波には抗えず、平成4年に閉山。
閉山からわずか10数年で付近の様相は一変し、いまや見るべくもないが、鉱業所には石炭を選別する選炭場や、 数多くの関連工場が立ち並び、そこで働く人々の炭鉱住宅が密集していたという。
炭鉱のまさに心臓部である坑道へは、この鉱業所からさらに山へ入ったところにあった。

坑内で使用する様々な資材は三井芦別鉄道(廃線)で近くまで運ばれ、今回紹介する材料捲を通って坑内まで運ばれた。
「材料捲」とは、要は資材を運ぶ巻き上げ機(ウインチ)のことであり、 斜面に610ミリの軌道を敷き、台車をワイヤーで引っ張りあげたらしい(そのため、廃墟コーナーではなくこちらに分類)。
材料捲としては昭和39年に役目を終えたが、その後も坑内への通路として活躍することになる。


現在、周辺は民間企業が貯炭場として使用しており、侵入はもちろん法に触れるし、危険である。
読者の方に犯罪の教唆はしたくない。そのため、詳しい場所は控えさせて頂きたい。

1-1 ウインチ

三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 1 貯炭場ということで、おそらく平日には重機がせわしなく走り、侵入は生半可な廃隧道より死の危険が伴うのだろう。 だが、訪れたのはGWど真ん中の休日の朝。付近は車の往来も少なく、ヤマに響くのは遅い北海道の春を詠う鶯の声だけである。

自転車は国道脇に置き、国道に程近い人影もない林の中を探索していると、このようなコンクリ塊が点々としていた。 夏場は藪に覆われ見ることは出来ないだろうが、どうも直線状に並んでいるようであり、材料捲きの遺構と思われる。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 2 先ほどのコンクリ塊を手がかりに斜面を進んでいくと、開けた場所に出た。ここがその貯炭場内であろう。 しかし、轍は薄く、雑草の手入れもされていないようだが・・・?

実を言うと、隧道の正確な位置を私も知っているわけではなかった。いや、知っていたのだが、 あろうことかそれを示した地図を忘れてきたのである。そのため、 先ほどの林の中でも目を皿のようにして探していたわけだが、この平地に出て、ぐるりと周囲を見渡す先に。

見えますね、アナが。作業道のような急な登りの先に。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 3 隧道に接近。
斜面はまっすぐ立てないほどに急である。こんなところを軌道が通っていたのだから、巻き上げ機の悲鳴が聞こえてきそうだ。

登っているつもりでも、なかなか坑口は近づいてこない。

1-2 第一隧道

三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 4 ひいひい言いながら坑口に到達。坑口は円形ではなく、三角形に近いとんがり頭。
ご覧のように地かぶりはほとんどなく、ここへ到達するまでの切り通しの深さから見れば、丸ごと削ってもよさそうなものである。
ただ、周囲は国有林の造成も行われており、その際に地形が改変されている可能性もある。 そのため、竣工当時からこのような地形であったかどうかはわからない。

なお、見出しの「第一隧道」は私が勝手に決めた名前であって、正確なものではない。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 5 内部は金属製の支保工で幾重にも巻かれていた。また、カメラの高さからもわかるとおり、一般の道路隧道と比べて高さは非常に低い。
路面には軌道の跡などは残っていなかったが、通路として利用されていた歴史を考えれば、これは当然であろう。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 6 振り返って撮影。奥に見える建物は旧炭住街。現在では空き家も目立つものの、ヤマの強い絆で結ばれた男たちが今なお暮らしている。

炭鉱離職者の問題は、閉山するヤマに常に付きまとう問題である。どれも必ずしも功を成しているとはいえないものの、 この付近には幸いにして大きな工場が炭鉱跡地を利用する形で入っており、炭鉱離職者も少なからず受け入れられたことだろう。

もっとも、その民間企業の敷地ということで、私のような不心得者は入りにくかったりするのだが・・・ゴニョゴニョ
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 7 隧道内で特筆すべきは、このような木製の履工であろうか。
全体が覆われているのではなく、一部が残っているのみで、大部分は欠落したようだ。
残っている木片も不安定で、わずかな振動で落ちてきそうである。まあ、死にはしないだろうが・・・。

隧道内は崩落もなく、安定している。とはいえ、もともとの隧道が自動車用ではないため、車両の往来は厳しい。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 8 隧道は短く、およそ50メートルほどで反対側に抜ける。写真は隧道を抜けて坑口を撮影。
今のところは木の葉もないが、夏になれば坑口の上半分はさながら暖簾のごとく木々に覆われることだろう。


隧道を抜けた先、「第一隧道」と銘打ったからには、「第二隧道」もあるわけで。

1-3 第二隧道

三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 9 第一隧道を抜けた後も、相変わらず切り通しの中の急な坂道を登る。 付近は枯れ果てた植物が散乱しており、この時期以外には歩くこともままならないと思われる。当然、軌道を示すものはない。

倒木やら何やらで足をとられつつも突き進んでいくと、軌道跡は横断する築堤によって遮られる。
先ほども述べたが、この一帯は国有林の造成作業が行われ、その際に地形が大きく変わった。この築堤はその際に作られた造林作業道である。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 10 作業道に登れば、向こう側に隧道を見ることが出来る。この作業道自体もすでに使われなくなって久しいようで、道の真ん中から木が生えていた。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 11 第二隧道の前に立つ。
こちらも第一隧道と同様に、三角頭だ。また、第一隧道よりも広く、近代的な施工振りであり、近年に改修が行われたのかもしれない。
向かって右の翼壁が崩落しているが、全体的に状態はよい。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 12 内部は非常にきれいで、漏水もない。第一隧道のような支保工や木製履工もなく、コンクリートブロックで覆われた、 非常に現代的ともいえる施工であり、近年の改修工事の可能性を裏付ける。コンクリートの劣化もほとんどない。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 13 隧道の長さは第一も第二も大差はないが、第二隧道を抜ける坑口はいびつな形をしていた。

坑口の水平に積まれたブロックに対する、路面の傾斜を見て頂きたい。これは別に土砂が流れ込んでこうなったわけではなく、 軌道跡全体にわたってこんな角度である。ウインチの唸りが、聞こえますか?
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 14 反対側坑口。なんともこのまま地下迷宮にまで連れて行かれそうな、独特の配置である。
ここを切り通しにしなかったのは、周囲の平場を確保するためであったろうが、それが何であったのかは不明である。 おそらく隧道と直結して、材料捲きの心臓部である巻き上げ機が置かれていたと思われるが。
二つの隧道を抜けた先の模様は次回。
「山親爺」の恐怖と戦いながらの探索。
[ 05' 5/2 訪問 ] [ 05' 11/2 作成 ]
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