三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 2

概要

かつて坑道を支えた資材を運んだ材料捲。
周辺の変わり様にも耐え、取り残された二つの隧道が今なお口をあけていた。
その隧道を抜けた先、いったい何があるというのか。

2-1 謎の遺構

三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 15 第二隧道を抜けた先は、広大な広場であった。
巻き上げ機だけでこれだけの広場を必要とするわけもなく、資材の積み下ろしなども行われただろう。
また、イントロに述べたように、材料捲きとしての役目を終えた後は坑内や鉱員詰め所への通路として使われた。 ひょっとすると、ここがその詰め所跡かもしれない。

なお、実際の坑道はここから4キロほど先にあり、資材はなんと電車で坑道まで運ばれた。
すなわち、ここからさらに4キロの軌道跡があるはずだが、時間の都合で探索は見送った。というか、そろそろ熊さんが怖くなってきました。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 16 熊よけの鈴を必死に振り回しながら、広場の先に見つけた謎の施設。
遠まきに見つけたとき、もしや坑道かと息巻いたが、中を覗いてみると・・・
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 17 なんだこりゃ。

まるで隧道のような半円形の入口ではあったが、その中の重厚なコンクリの扉を境にして著しく狭まっていた。
施設の中にはレールが残っており、この付近と坑道を結んだという軌道に繋がっていたことをうかがわせる。

しかし、あの天井の低さは何だ?腰をかがめないとは入れないではないか。
軌道を通ったといっても、今日我々がイメージする通勤電車では当然無く、貨車の類と思われるが、この低さで何を運んだというのだ。 石炭を積むにしても、低すぎやしないか?
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 18 見た目こそ隧道のような格好をしているが、実際のところ、ただの建物であり、反対側に回るのは容易である。
興奮と熊の恐怖でうかつにも反対側の写真を撮り忘れ、これは反対から中を覗いた写真。
反対側には先ほどの坑口のような施設は無く、直接先ほどの狭い軌道が外へと通じている。

とにかく天井が低く、それが強烈な圧迫感をぶつけてくるわけで、中への侵入はかなり躊躇したのだが・・・


ここで引き下がるわけにもいくまい・・・

時刻は午前9時17分。突入。

2-2 謎は謎のまま

三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 19 低い。
とにかく、天井が低い。
限界高はおよそ1メートル。中腰になってようやく歩けるレベルだ。

写真は振り返って撮影。ああ、熊がその笹薮からこちらを見てやしないだろうな。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 20 ただ、天井が低いといってもそれは軌道の外の話。レールの間は一段低くなっており、ここであればそれなりに歩けるかもしれないが、 落ち葉に埋もれ、床が見えなくなった軌間に足を突っ込む気にはなれなかった。
3枚上の写真でも、床が腐って穴が開いている箇所があるが、このようなところに足を踏み入れるようなものである。

軌間がこのように一段低くなっている正確な理由はよくわからないが、思うにこの設備は貨車の底のメンテナンスを行うための設備ないだろうか?
これはただの想像に過ぎず、炭鉱関連か、せめて鉄道に関する知識があればと、己の稚拙さを呪うばかりだ。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 21 壁にはアルファベットが続く。白いペンキでAからDまで書かれていたが、何を意味するのかはわからない。
三井芦別鉱業所 材料捲と二つの隧道 22 建物を抜けた先、先ほどの坑口のような部分に残された貯水タンク。


残念ながら、建物内部で得られた情報はこれだけであり、この施設が何を行っていたのか、正確な情報を示すものは得られなかった。
貨車のメンテナンス設備と思われるものの、鉄分不足の私では本当かどうか怪しいものである。今後、情報が得られればお伝えしたい。
以上、材料捲に存在した二つの隧道と、その先に存在する謎の遺構についてお伝えした。

かつて、日本経済の屋台骨であった石炭産業。その屋台骨すらも、風化と自然の繁殖力には抗えない事実を見せ付けられた。
かつての栄光と斜陽。「廃美」の極意が、空知の山に眠る。
[ 05' 5/2 訪問 ] [ 05' 11/2 作成 ]
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