JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 4

概要

JR室蘭本線旧線 伏古別隧道の地図 現在は上り線明治隧道の中。ここを出て、次は下り線の大正隧道だ。
しかしその坑口には金網による封鎖が残っている。

4-1 日本最後の定期旅客SLを通した隧道

JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 49 まだ明治隧道の中。

大概の廃隧道でそうだが、ここも生活臭がある。
古いファンタやプルタブの空き缶が、排水溝を中心に散乱している。カップラーメンの空き容器もあった。
入り口の金網はずいぶん前から開放状態にあったらしい。
JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 50 対してこちらが大正15年竣工の伏古別隧道下り線東口。
高くまで張られた金網に隙はなく、かろうじて足元に小動物が通れる程度の穴があるだけだった。

返しがついた上部には有刺鉄線の痕跡が残っているが、それはほとんど脱落している。
上まで登れば、何とか返しの隙間を抜けられるかも・・・
そう考え、金網に手をかけた途端、
JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 51 「スカッ」

いざ体重をかけようと掴んだ金網はガクガクだった。もう外れかかっていたのだ。
これでは金網に全体重を移した瞬間に、べりべりと剥がれ落ちるだろう。
想像すると滑稽な絵だが、さすがにこれはまずい。

越えられる金網を越えずにどうやって越えればいいのか?
一休さんになってきたぞ。
JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 52 ひとしきり悩んだ挙句、外れかかっていることを逆に利用し、坑口脇に隙間を作って無理やり体をねじ込んだ。
あまり引っ張ると壊れそうだったためにそうそう力を入れることもできず、緩んだ金網を手繰り寄せて20cmほどの隙間を作り、錆付いた金網に身を削られながら何とか侵入に成功。

リュックはどうやっても入らない。しょうがない、照明だけ持って置き去りだ。
JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 53 無理やりな侵入には対価が伴った。
汚れを確認しようと身にまとったウィンドブレーカーを見てみると、結構なお値段のそれに大穴が開いているではないか!
心霊スポットにあるという祟りというやつか!?これが霊障なんだな!!!
JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 54 もちろん金網に引っ掛けただけですよねー
高い「通行料」になりました。うう・・・


明治隧道とは違い、足元はバラスト。
侵入が困難なためか、明治隧道にあった生活臭はここにはない。
JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 55 側壁はコンクリートに覆われているが、天井部分はやがて大正15年当時の煉瓦に戻った。
天井を切り裂く黒い天の川は、何度見てもいいものだなあ。

染み付いた煤には、往年の蒸気機関車の歴史が刻み込まれているのだ。
そして、この煤には、定期旅客列車としては日本最後のSLの煙も含まれている。
JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 56 昭和34年の国鉄による動力近代化計画以降、日本中からSLが消えてゆく中、最後に残ったのが北海道だった。
特に、室蘭本線や夕張本線(当時)などでは、周辺から産出されていた石炭の影響もあってか、最後の最後まで現役であり続けた。
だがそれにも終止符が打たれる日がやってくる。
それは昭和50年12月14日。
貴婦人との愛称もあるC57形蒸気機関車135号機は、日本最後の定期旅客のSLとして、かつて北炭が敷設したルートと同じく、室蘭駅を出発し、岩見沢駅を目指した。
雪の中を出発したSLは、その道中においてこの隧道を通っていったはずである(奥から手前に向かって)。

天井にも、壁にも、その最後の蒸気機関の咆哮が染み付いている。
JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 57 最後のSLを通してからわずか5年の後、この隧道は放棄された。
石炭輸送の重要路線を複線化すべく、大正15年という早い時期に大規模な煉瓦建築によって築き上げられた隧道は、半世紀にわたったその使命を全うした。
灼熱した蒸気機関の火が消えたように、今この隧道にはただ寒々しい空気が流れている。

4-2 冷えた廃隧道

JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 58 待避坑のひとつには訪問者たちの文字が刻まれている。
よくある「○○参上」とか訪問者の氏名は少なく、工事用と思われるものが多いようだ。
ただ、中には「S54.〜」と刻まれたものがあった。
工事の際に日付を刻むことがあるのだろうか?部外者の訪問日とすると、昭和54年はまだこの隧道は現役だったはずだが。
JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 59 おうっ、変な待避コウ!

一番内側のミニマムな待避坑は煉瓦製だが石組みで充填されている。
さらにそれを取り巻いてコンクリートの待避抗。
何がどうなったんだこれは。内側にコンクリートが張り出しているわけではないのに。
JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 60 入洞から10分経過。

天井の煉瓦はコンクリートによってまた蹂躙されてしまった。
改築部分を境にして真っ白な石灰華と奥の真っ黒なコンクリートがあまりにも違いすぎ、暗い隧道内で照らされたその部分はまるでそこから夜の闇の中に出ているかのように見えた。
これで振り返っても真っ暗だったら怖いよね。
JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 61 隧道全面をコンクリートが覆うようになってからややも行くと、土砂が行く手を阻んだ。
これも人為的に積まれており、反対側で見た土嚢の封鎖の続きだ。

天井にはほんの少しの明かりも漏れていない。
明治隧道にあった風はここには無かった。
JR室蘭本線旧線 伏古別隧道 62 振り返って撮影。
34年前の冬、この光景を最後のSLも見たはずである。
熱煙と轟音が渦巻いた当時の面影は煤けた煉瓦にのみ遺され、今周囲にあるのはその真逆の、静なるものばかりだ。
かつてのような煙と轟音で満たされるのは、やがて訪れる崩落の時まで無いのだろう。
今の現在線が人と物流の大動脈であるとはいえ、かつてのように石炭を満載した蒸気機関車が走ることは無い。
石炭のために生まれた伏古別隧道が、炭鉱の終焉と時を同じくして一線を退いたのは、ある意味必然的なことかもしれない。

脱出後の現地では全然そんなことを考えておらず、零下の雪原で破れたウィンドブレーカーを見つめていた。
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