JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 2

概要

JR信越本線旧線 米山の廃隧道群の地図 海水浴を楽しむ家族の笑顔ももうこの地からは聞こえない。
目の前に広がっているのは、美しい米山海岸の荒磯だけではない。
遊歩道と聞いて油断していた・・・

2-1 災害多発地帯

JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 32 先ほどすれ違ったおばあさんに話をうかがったところ、この崩落は昨年(平成17年)の夏、新潟では6.28水害として記録された大規模な集中豪雨によって生じたとのこと。
妙法寺峠の項でも一言だけ触れたが、平成17年6月28日、柏崎地方を中心とした大規模な集中豪雨が発生した。
新潟県では平成16年の7.13新潟福島集中豪雨に始まり、中越地震、20数年ぶりの豪雪と災害が続き、平成17年になっても何かの祟りかのごとく天災が荒れ狂った。
柏崎の集中豪雨でも、前日に梅雨入りしたばかりだというのに、床上浸水175棟、死者も1名数える大規模な水害となったのである。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 33 さらにおばあさんの話によると、その災害で崩落した土砂を一度すべて除去し、無事に復旧させて重機も引き上げたのだが、 なんとほんの1、2ヶ月で再び同じ場所で崩落が起こったというのだ。
それ以来、この場所が復旧されることはなく、現在のところ放置状態が続いているらしい。
最初は夏の観光シーズンに合わせて復旧させたのだろうが、数ヵ月後に再び崩落が発生した頃にはもう夏も終わりかけていたはずだ。
行政には、人の少なくなった頃に復旧させるメリットが少なかったのかもしれない。

しかし、話を聞いたおばあさんのように、この旧線は地元の人が生活道路として今も使用しているという。
自動車が入れるのかどうかは分からないが、いずれにせよこの崩落では徒歩以外の往来は事実上不可能。
それでなくとも足腰の弱った老体に、足場の悪い崩落現場を行き来させるのはあまりに酷ではないか。
無論、崩落自体が危険であることに変わりなく、新たな崩落や事故が起こらないとも限らない。
一刻も早い復旧が望まれるが、冬の間放置され続けたことを考えると、ここの復旧は早くても今年の夏になりそうだ。

ちなみにこの一号〜二号隧道間は距離こそたいしたことないものの、山側には垂直に近い崖が迫る場所で、昭和19年にもこの場所で土砂崩れが発生している。
重機もろくにない当時は勤労隊として学徒・周辺住人が毎日1200人もの規模で作業に当たり、35日かけて復旧したという(柏崎市HPより)。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 34 上から見たときはそれはもう絶句したものだったが、現場は土砂の量がそれほど多くなく、また崩落した土砂の先っぽであるせいで、 よじ登ったりするようなところはない。
多少ぬかるんではいるが、テクニックさえあれば、ライディングのまま進めるだろう。

そうはいっても、坑口付近ではご覧の有様。
古き米山第二号隧道であるが、その三分の二は埋没してしまっている。
自転車と比べてもらえば分かるとおり、その高さはとても乗って入ることはできないほどだ。
ポータルは一号隧道米山側坑口と同じく、重々しい切石で構成されているが、やはりコンクリートで塗り固められている。
ここにも、要石の痕跡が見られた。

元日の太陽を浴びながら、明治の隧道を前にして崩落現場の上に立つというのもまた乙なものである。
徒歩での往来がそれなりにあるということで恐怖心もすっかり掻き消えた私は、周辺の惨状とも絶景ともつかない光景を十分に堪能した後、 ワクワクしながら二号隧道の中へもぐっていった。

2-2 チョコレートの隧道

JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 35 立っては入れないほどまで埋まってしまった坑口を中腰になって何とか潜り、続いて自転車も引きずり込む。
坑口付近は岩がゴロゴロと転がっているが、奥のほうは岩ではなく、泥。
水が流れた跡がくっきりとついており、茶色くて柔らかそうなそれはまるで溶けたチョコレートのようであった。

泥の上には壁に沿っていくつもの足跡がついており、確かにあのおばあさんのいうとおり、生活道路として徒歩による往来は多いようだ。
足跡が壁に沿ってついていたのは重要な意味を持っていることに後で気付いたのだが、このときはそれを知る由もなく、 泥の大河となった隧道内のど真ん中を突き進んでしまった・・・
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 36 ギャー!

深い!


泥の上に足を置いた途端、相棒も私もズブズブと沈んでいく!
グチョグチョの泥の中に、10センチ近くももぐっていくではないか!
この程度の沈み具合でも、粘り気のある泥はタイヤも私の足もガッチリと押さえ込んで離さない。
踏み込んだ一歩を更に前へ踏み出そうとしても、亡霊の手につかまれたように動かないのだ。

それでも無理に足を引き抜こうとしてバランスを崩してしまい、危うく転倒しかけた。
ここで両手両足ともに捉まったら、最悪の場合身動きがとれずに窒息しかねない。
地元の老人が生活道路として往来するとかいいつつ、十分に危険じゃないかここ!


よく見ると壁際の足跡はそれほど沈んでおらず、あのあたりは比較的乾いていることが分かった。
チョコレートまみれになった私はすっかり動かなくなった相棒を引きずりながら、何とか壁際まで脱出。
泥の大河の上には、私と相棒の苦闘の記録がしっかりと刻まれてしまった。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 37 苦難の末にたどり着いた二号隧道柏崎側。
一部の土砂は水の流れに乗ってこちら側にまで達している。
ちなみに二号隧道の延長は三〇〇、三呎≒92メートルである。

ポータルには隧道としてはこの日初めての煉瓦があった。
かつてはポータルのほとんどが煉瓦であったと思われるが、帯石より下はコンクリートが吹き付けられ、べたべたの厚化粧だ。
せっかく100年以上も前の煉瓦建築なんだから、もうちょっと美的センスを考えられなかったものかと。
削り取られた要石の痕跡も、どこか痛々しい。

こちら側にも簡単な車止めが置かれ、一応通行禁止ということになっているらしい。

2-3 二号隧道〜三号隧道間

JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 38 その先はしばらく海を見ながらの道が続く。
二号隧道を出て直後、鉄道の線形としてはどう考えても不自然なカーブがあるが、これは崩れた土砂を回りこんで遊歩道が作られたためである。
本当の旧線跡はこの土砂の下だ。

また、この辺りから散見され始めた落石防護柵はレールや枕木を組み合わせて作られたものであり、鉄道の名残を感じることができる。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 39 土砂崩れ跡の海岸には、朽ちたレールが放棄されていた。
もともと落石防護柵だったのが海まで流されたのか、レールをはがした際に海に投棄したのかは分からない。

写真右側に写る龍の角のような二本の突起はどう見ても人工物のようだが・・・桟橋でもあったのだろうか?
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 40 二号隧道から三号隧道の間は米山〜笠島間の遊歩道化された部分ではもっとも長い地上部である。
その間、米山駅の近くで見たような煉瓦橋台をいくつか渡り、中にはこのように空中にレールが渡されているものがあった。
といっても旧線は今私が立っている場所であり、遊歩道化にあたっての遊び心というものだろう。第一軌間がめちゃめちゃ狭い。
ただ、このように不自然に渡されたレールを見て、往時の姿に心ときめくかというと、疑問であるが。
■下から見上げた写真

また、周辺のコンクリート構造物には鉄筋にレールが使われているものがあり、どこに鉄道の遺構があるかを探してみるのも面白い。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 41 東進してきた旧線は北東に針路を変え、上輪という小集落に入る。
集落手前には頑丈な車止めが設置されており、車止めより集落側は自動車も入れる道となる。
集落には民宿の看板があちらこちらに並び、旧線はそれらを含む海水浴客の駐車場になっているようだ。

上輪集落に流れる払川を渡るこの橋、上から見るとなんてことはない一本の橋のように見えるが、 横から見ると橋台は右と左に分かれており、実際の旧線は向かって右側ということになる。
ただ、この橋は橋台もコンクリート製だ。

2-4 三号隧道米山側

JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 42 駐車場となった旧線を進むと、三号隧道に到達。
切り立った崖に穿たれた隧道には重厚なロックシェードが付属している。
このロックシェードも十分に貫禄があり、相当の年月を経過していることがうかがえた。

坑口の柵に一瞬崩落通行止めかと思ったが、これは遊歩道を示す看板と単なる車止めである。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 43 ロックシェードに遮られ、正面からはポータルはよく見えないが、横からは煉瓦製のそれの一部を見ることができる。
鮮やかな赤い煉瓦が隠れてしまっているのは残念だが、重厚なコンクリートはそれを十分に補っているといえるだろう。
明治の煉瓦と昭和のコンクリートがまさに融合した、なかなかの逸品だ。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 44 同地点から山側に目を向けると、小さな滝が落ちていた。
現地には案内板などは存在せず、名称も分からなかったものの、おなじみ「北越鉄道案内」によればこの滝を「白絲の瀑布」といい、その案内文には
「第三號隧道西口の断崖にあり車窓より望見せば其の水量少なけれども幾條の飛泉天空より流下して其状白糸を垂れたるが如し因て此稱あり」
とある。
確かに水量は非常に少なく、周辺の豪快極まる断崖絶壁にはちょっと似つかわしくない、優しすぎる滝のようにも見える。
しかしながら、荒々しい岩肌を撫でるようなその柔和な表情は、険しい断崖路に生える一輪の花のごとく、見るものに安らぎを与えてくれる。
車窓を眺める者はもちろん、連続する隧道に緊張を強いられた当時の機関士たちも、きっとこのか細く穏やかな滝に心癒されたはずだ。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 45 "彼女"に見送られ、いざ隧道内へ・・・の前に、昭和の濃厚な匂いが立ち込めるロックシェードを見てみよう。

ロックシェードの左側には黄色いペンキの上になにやら文字が書かれている。
「○○ダイヤ○○」とだけ読め、鉄道時代の遺構であることは疑いないが、内容はかすれていて判別できない。
単線の宿命として、隧道内での正面衝突を避けるためにダイヤを確認しろということだと思うのだが・・・?
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 46 このコンクリートの貫禄を決定付けているのが、この変色だ。

・・・っていうかこれ大丈夫なのか・・・?
なんというか、ドロドロした変色というか・・・すぐに崩れるなんてことはないだろうが、劣化の激しさは素人目でも分かる。
まあ、不安になるというほどでもないし、廃美の観点から言えば実に結構な劣化振りで、我々のボルテージを上げるには十分。

その一方で、一般向けにはちょっと"引く"かもしれない。
冒険心をくすぐるという意味ではなかなか面白いが、やがては遊歩道には危険だとかいわれて撤去されないとも限らない。
明治のロマンを残した鉄道旧線という場所柄である以上、こういった遺構は残してほしいものだ。
さて、三つ目の隧道、三号隧道に入っていこう。
一応自転車道もかねているだけあって、車止めの横を自転車ですり抜けるのはわけない。
[ 06' 1/1、06' 1/21 訪問 ] [ 06' 2/3 作成 ]
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