JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 5

概要

JR信越本線旧線 米山の廃隧道群の地図 半泣きで藪を往復している間に、あろうことか上り列車が笠島駅に滑り込んできた。
こんなところでうろうろしているところを車掌にでも見つかれば、通報されかねない。
うまい具合に茶色のコートで周囲の枯れ藪の保護色となる私は(別に保護色を狙って着てきたわけじゃないが・・・)、身をかがめてやり過ごす。
列車はそのまま何事もなく米山駅へ向かって笠島駅を出て行った。

5-1 六号隧道内部

JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 79 往復10分もかけて自転車のバックから明かりを持ってきた。
時刻は午後0時37分、米山に到着してから3時間以上を経過して、いよいよ本物の廃隧道の内部へと足を向ける。
当初の予定では午前中にすべての探索を済ませる予定だったが、思わぬ崩落や遊歩道といえども意外に見ごたえのある遺構のために時間は大幅に押していた。
午後2時50分までに柏崎駅に着かねば、この日の実験がパアだ。一年の初日にしてそれは困る。

写真は柵の隙間を潜り抜け、坑口から振り返ったもの。
ご覧の通り私の身長も越えるほどまで葦が伸び、夏場であったらこの柵も藪に埋まりそうだ。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 80 冬枯れした外の植物とは対照的に、真冬だというのに坑口にはつやつやと光る植物が生えている。
外と中のあまりの違いにはどこか世界が違うような気さえする。
これから進もうとする廃隧道の内部というのは、もはや我々が生活する日常の世界とは異質なものなのかもしれない。
ここは、そんな世界への入口なのだ。

植物は一部側壁の煉瓦の間からも生えてきていた。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 81 明治の姿をとどめつつ遊歩道化された五号隧道でも、アーチ部分にはコンクリートが吹き付けられていた。
一方で、廃されたこの隧道は吹きつけなどの改良の跡も見られず、煉瓦の赤、苔の緑、そして白化と、虹色に輝くようなまだら模様に圧巻。

入口から内部を覗く限りは、崩落は見えないが、出口の明かりも見えない。
ただ、明らかに空気は淀んでおり、風はない。
奥で閉塞していることが予想される。

絵の具を溶いたような壁の模様は、好奇心を持った"虫"を捕らえるかのように、妖しく私を誘った。
不思議と恐怖はない。
奥へ進もう。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 82 まだら模様は入口付近の数メートルのみで終わり、進むほどに煤煙が染み付いた黒い隧道へと姿を変えていく。
天井に見える赤い部分は煉瓦だと思うのだが、なぜ部分的に赤いのだ?
その煉瓦だけが剥離したようにも見えるが、足元には煉瓦が崩落した痕跡はない。

夜空にちりばめられた赤い星のようなそれを見上げながら進めば、自分がどこかへワープしていくような錯覚を覚えた。
この隧道の探索は、竣工から100年以上という時の流れを遡る探索ともいえよう。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 83 煤で真っ黒になった内部はいくら光を当てても所詮黒のままである。
歩を進めた分だけ、不気味さは増大していく。

足元はバラストらしき砂利が残っているが、バラストにしてはまるで川砂利のように丸っこく見える。
枕木はそれそのものはおろか、凹凸すらほとんど見られず、何らかの形で整地された可能性もある。
残念ながら、隧道内部には待避抗以外に特に鉄道らしい遺物は残っていないようだ。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 84 振り返れば、まだこんな距離。

最近は事前調査をほとんどせず、大まかな場所だけを見て後は現地調査を行う場合がほとんどで、探索時点で延長や内部の状態などは不明。
風がないことから閉塞の予感はしていたが、今のところ崩落の様子は全くない。
側壁にも崩れたような箇所はなく、築100年、廃止されてから40年を経過したとは思えないほど、状態は良い。

とはいえ、閉塞した隧道へは進めば進むほど命の危険が増すわけで(一箇所崩れたら帰れない)、入口付近の虹色の彩りに誘われて侵入したはいいが、 周囲を漆黒の闇が覆うようになってしまえば、恐怖心も煽られる。
何より、どこまで続いているのか分からない闇というのは恐ろしいものだ。
早く閉塞地点なり、反対側の明かりなりが見たい・・・
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 85 入口の光に背を向け、再び前へ。
意味がないのは分かっていても、歩調はなぜか抜き足差し足になっていた。

前方は相変わらず光を当てても所詮闇の中であったが、瞳孔が開ききってくると、先のほうに「何か」が見えてきた。
周囲の黒とは違う、「何か」。
出口の光が壁に反射しているようにも見えるし、閉塞のようにも見える。
ゆっくり、ゆっくりとその「何か」に近づいていく。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 86
キタッ
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 87 閉塞確認!

閉塞は崩落ではなく、人為的な「封鎖」であった。
隧道の断面にぴったりと沿うように、板がはめ込まれている。
天井の一箇所だけ穴が開いていたが、穴の先に光はなく、向こう側でもう一度閉塞しているか、 この封鎖地点の更に向こうにも隧道が長く続いているらしい。
壁の向こうを見てみたかったが、梯子でもない限りあそこへ到達することは不可能。
ここから見えるのは、鉄パイプのような壁の支持材と思しき物体だけだ。

穴の開いた場所の断面を見る限り、板は薄いベニヤ板で、その気になれば突き破れるかも?
今はもちろんそんなことはしないが、万が一にも後方で崩落が起こり、閉じ込められた際の緊急脱出は可能かもしれない。
そんな物騒なことは考えたくないが。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 88 穴はどうやら最初から開いていたのではなく、落っこちたか向こうから突き破られたかしたもののようだ。
足元にはちょうどあの穴にはまりそうな薄い板切れが転がっていた。
周囲に流れる水の影響か、板は大分に朽ちており、外れたのは相当前のことだろう。

先ほども書いたが、この写真に写る砂利のように、足元の砂利はバラストにしては丸い。
壁の建設、またはこの壁の向こうにある施設への車両往来のため、砂利を敷きなおしたとは考えられないだろうか。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 89 閉塞地点から振り返ると、まだ入口の明かりが見えた。
目測で入口からこの地点まで100メートル強といったところだろうか。
入口からはほとんど直線的に伸びているが、ほんのわずかに左カーブを描いている。

無事閉塞点を確認し、生者の住むべき光の下へと戻ることにしよう。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 90 人の心理というものはおかしなもので、危険な廃隧道内という事実は一緒なのに、前に光が見えるか見えないかでその緊張の度合いがまるで違う。
それは生に向かって進むか、死に向かって進むかという違いに他ならない。
先ほどまで抜き足差し足であった私の歩調も帰りはスタスタと軽い。
転がっている物体に目を向ける余裕も生まれる。

コンクリートで補強された待避抗の中に、ピッチャーサイズのビール缶が転がっていた。
風の吹き込まない閉塞隧道でこんなものが入口から転がってくるとは考えにくい。
トンネルには排水のためにゆるい傾斜がつけられるのが普通だが、そんなゆるい坂を自然に転がるような形状でもない。
これはやはり外から意図的に持ち込まれたものだろう。

誰か住人でもいたのだろうか・・・

奥のブロックは椅子代わりだろうな。


その他にも立ち入り禁止と書かれた看板が落ちていたが、書かれていた会社の名前から判断して、この隧道とは関係がなさそうなものであった。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 91 入口に戻り、柵を越えるとようやく生還の喜びが沸いてくる。
柵の中央付近にはこのように踏み固めたような跡があり、この隙間を抜けて出入りが可能だ。
私のような物好きの出入りもあるのかもしれない。

生還した私は三度藪に突入し、相棒と再会した。
そのまま海沿いに造られた道を東進する。もちろん、六号隧道反対側の坑口を確認するためだ。

5-2 六号隧道柏崎側坑口

JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 92 この道は笠島漁港へのアクセスとなる比較的新しい道路。
左手には美しい磯が散見されるが、かつてはこのような磯がもっと広がっていたのを埋め立てて作られたものと思われる。
右側の崖の地中には、先ほど私が潜った六号隧道が続いているはずである。

この先は場所によっては旧線敷きを道路に転用したように見え、ひょっとしたら柏崎側の坑口は痕跡すらないのではと一抹の不安が頭をよぎる。
しかし、ちょっと進むと、右側の崖に「それ」が見えてきた。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 93 ムムッ
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 94
見事なり六号隧道ッ!!
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 95 六号隧道柏崎坑口は反対側の坑口と同様、煉瓦構造が実によく保存されている。
煉瓦は美しいストライプを描き、補強も崩落もなく、艶やかなまでの輝きを放っていた。
すぐ脇を自動車が通る道が走り、隧道の前はちょっとしたスペースになっているため、車を停めてじっくり観察するのにはもってこいのロケーションである。

惜しむらくは内部が何かに転用され、入ることができないことだ。
壁の構造は先ほど内部で見たものとは全く違い、穴も開いていないことから、この壁は内部のあの封鎖とは異なるものだ。
中には電気も引かれており、もしこの中に人がいれば、隧道内の壁の向こうからでもあの穴を通して光が見えていたかもしれない。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 96 扉にはかんぬきと南京錠がかけられ、内部を覗くことはかなわなかった。
足元の土(バラストではない)にはつい今しがたつけられたような車の轍もあり、この施設は現役らしい。
現地ではこの内部についての情報はなかったが、キノコ栽培に使われているという情報もある。

後の調べによると、六号隧道の延長は六五三、四呎≒199メートル。
笠島駅側の坑口から閉塞地点までが100メートル強といったところであるから、この扉の向こうにも100メートル近くの空間があるようだ。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 97 扉の脇には乾湿温度計が設置されていた。
あまりなじみがないかもしれないが、片方は普通の温度計(乾球温度計)、もうひとつは普通の温度計の温度を測る部分を濡らしておく湿球温度計だ。
ヤクルトの容器に水をため、ガーゼなどで水を吸い上げるようにしておくと、湿球温度計は蒸発によって熱を奪われ、乾球温度計よりも低い値を示す。
湿度が低いほど蒸発は盛んになるので、湿球温度計の値はより低くなる。
この乾球温度計と湿球温度計の差を利用して、空気中の湿度を測る装置だ。

つまり、この内部は湿度を管理する必要がある施設ということで、キノコ栽培というのもうなずける。
JR信越本線旧線 米山の廃隧道群 98 内部より柏崎方向を望む。
前方の車の中には人がおり、その人の前でパチパチと写真を撮り、観察するのは少々恥ずかしかったが・・・なんの、私の好奇心はこれぐらいではくじけない。
隧道の所有者だったらちょっとまずいが、別に封鎖された中に入ろうとしているわけでもないのだから、いいよね?
結局、探索を咎められることはなかった。

旧線はこの道路を横切る形で磯ぎりぎりのところに出ていたようだが、この道路からは高い路肩に遮られ、アクセスできない。
また、一部の路盤は道路に埋められてしまっている。
少しの間、この道路を進んでいくことにしよう。
米山にある8本の隧道のうち、6本までを探索した。
残りはあと2本。
[ 06' 1/1、06' 1/21 訪問 ] [ 06' 2/24 作成 ]
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