北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 1

概要

北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間の地図 温根別ダムは昭和47年に温根別地区の国営灌漑排水事業のひとつとして着手され、昭和61年に完成、提高33.7メートル、提長178メートル、総貯水量931万2千立方メートルのロックフィル式ダムである。

もともと、温根別地区は明治34年に入植が始まり、肥沃な大地に助けられ、数年で区画すべてを開墾してしまうほど、農業に適した地であったという。
しかしながら、開墾が進んでいくと水源に悩まされるようになる。
大正時代から昭和初期にかけて溜池の造成などを行ったが、状況は昭和中期まで変わらなかった。

これを打破すべく、昭和42年から国営の灌漑排水事業の調査が始まり、昭和47年から工事を開始。
ダムは14年の歳月と60億4000万円の事業費を以って昭和61年に完成した。
事業の中には幹線用水路6840メートルも含まれていたが、途中で温根別地区にトヨタ自動車の試験場が造られることとなり、用水路計画は白紙になっている。


ダムに水没する区域には、伊文という集落があった。
開墾以来70年以上の歴史を持った集落であったが、昭和49年に最後の住人が去り、いまやダムの底に沈んでいる。
また、その集落の中心部を貫通する道路として、一般道道雨竜旭川線があった。
この道道は昭和32年に認定され、当時の路線番号は158を名乗り、ダム完成後の平成6年に251に変更されている。
したがって、ダム湖に沈んだ旧道道は"旧道道251号"ではなく、"旧道道158号"と呼ぶのが正しいわけだが、ややこしいのでタイトルでは251号の旧道とさせていただいた。



ダムおよび道道に関する緒言は、以上のとおりである。
が、実際の現地訪問時、私は以上の情報の断片すらも、何一つ、持ち合わせていなかった。
もともと机上調査は現地調査後に行う癖があるというのもあるが、そもそもこの水没旧道に向かったのも、単なる偶然だったというところが大きい。
そういったわけで、レポートの中での私の心情とは、全く無垢なる発見に支配されたものだ。
机上調査で得られた情報を交えながら、水没した旧道道の状況をお伝えしよう。

1-1 本来の旅の目的

北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 1 「わっ、さむ〜」
ってCMが昔ありましたが・・・リアルに寒いJR和寒(わっさむ)駅が出発地点。
ここまで来る途中に見た気温計が指す温度は、わずか7℃。
ほんの1週間前には、半袖で出歩いていた記憶があるのだが・・・
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 2 吐く息はもう白く、煙のように空に散ってしまう。
また長い冬が来てしまうのか・・・


駅からは道道48号和寒幌加内線で西進する。
ヘキサの中に路線番号ではなく、路線名が書かれているものはあまりない。
昔、福島県の県道で見て以来かもしれない。
このタイプの標識はこのあたりの道道にはかなりの確率で見られた。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 3 和寒駅から9km、約20分で、48号から道道251号雨竜旭川線が右に分岐する(■現在地)。
写真には上に示したようなヘキサの中に書かれた路線名と、一般的な縦長の道道標識が写っている。
が、当初は251号に向かわず、このまま48号を直進した。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 4 実を言うと、今日の探索は最初から水没区間を目指していたわけではなかった。
道道48号はこのまま町境まで山を登っていき、峠下で和幌トンネル(平成2年竣工)に入る。
元々の旅の目的は、その旧道である和寒峠だった。
詳しくは回を改めてレポートしたいが、ここもまた悦に浸れる良い旧道なのである。

1-2 犬牛別跡地

北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 3 和寒峠を探索した後、Uターンして再び道道251号への分岐にやってきた。
この期に及んでも水没区間を探索することはまったく頭になく、単に251号に多く残された「ダート」を自転車で走りたい、というためだけに戻ってきただけに過ぎない。
家に帰ってからわかったのだが、この先251号に乗って通行することになる犬牛別峠はオフローダー(オブローダーじゃないよ)には有名らしく、いくつかの走行レポートもネット上で見つけられる。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 5 道道48号の分岐から約4.5km、自転車で30分弱で、その犬牛別峠に到着。
なんてことのないダート峠に見えるが、"犬牛別峠"という名前には少々の変遷がある。
元々犬牛別峠を名乗っていたのは、ここから北北西に2.9kmほどのところにある、現在の地形図でいう早田峠であって、ここではない。
では今の犬牛別峠はなんといったのかというと、名無しであった。
名無しどころか、この峠(車道)自体、昭和の中頃に誕生したものであって、そこで名前がつけられたとき、なぜか当時の犬牛別峠から名前を奪い、奪われた犬牛別峠はその後早田峠を名乗っている。


48号から分かれて以来、出会った車はわずかに2台のみ。
道はしまっていて走りやすく、気がつけば半袖になっていたくらいアツい道だったものだ(道が急だっただけdaro)。
詳しい道路状況の報告はほかのサイトにおまかせしよう。道路は現役だしね。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 6 峠からダム方向に降りてくると、舗装が復活する。
しかし、ダム手前でまた砂利道になるため、この舗装は一時的なものだ。
それどころか、この舗装路はほかの舗装路と接続していない。
接続する道路はすべて砂利道で、ここからしばらくの間だけ、ぽつんと舗装されている。
なんでこんな格好になったのだろう・・・
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 7 沿道は牧草地で、適当に区分けされた中に青々とした草地が広がっている。
反面、人家の一軒もないところで、当然人もいない。
ダム湖より上流になるこの付近にも、地形から見ると昔は人が住んでいたようだ。
ダム建設に伴い、交通不便なこのあたりから移転していってしまったのだろう。
実際、後の調査でこのあたりに犬牛別という集落があったことが確認されている。
どこの道とも切り離された舗装道路も、かつては集落のメインストリートであったために存在していたらしい。

1-3 好奇心は悪魔のささやき

北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 8 再び砂利道となり、元々の目的であるダート道道の旅をとても満喫していた。
そして、このままダム湖を脇に眺めながら、先へ進むはずだった。
だってあなた、地図にどーんとでかいダム湖があったとき、そこに沈んだ道路を探索できるかも、なんて思いつかんでしょう?

ダム湖があって、道道がその脇を通って、昔は道道に沿って集落があっただろう事は、地図と地勢から予想はしていたさ。
だから、この分岐を見たとき、一目見て左が水没前の旧道だってわかったさ。
でもでも、地図上ではダム湖はもうすぐ先から始まることになっていたし、たいした探索もできないだろうと思って、この写真を撮ってそのまま右(現在の道道)に入っちゃったんだよ。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 9 そんな考えがちょっとグラついたのは、そこから少し行って、高台からダム湖方面を眺めたときのことだった。
「え、なんで水がないんだ?!」
正直何が起こったのかもわからなかった。
地図にバッチリ描かれた湖面は、どこにもない。ないわけがないのに。

代わりに広がっていた眼下の深い緑は、秋になりかけた今の時期にふさわしくない、新緑の緑。まさしく水が消えたダムの底の光景だ。
畑の畦道も、緑の凹凸となってはっきりと確認できる。
その緑を真一文字に横切る一際明瞭な路盤こそ、かつての道道に違いない。


・・・行くか?・・・すぐに水没すると判断して、先に進むか?
ゆらり、ゆらり、ぐらり、ぐらり。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 10
ハイッッキョ!!!!!!!!
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 11 その瞬間、私の中で何かが音を立てて動いた。
見るなり一声、「廃?!はいいいいい???!!!」と山中に叫んだかと思えば、たった一枚だけ写真を撮ってUターン。
その戻るスピードは、砂利道のくせにずいぶん飛ばした気がする。


現在時間は午後12時半。水没旧道を下流(ダムサイト側)に向かってたどり、ダム湖面の行けるところまで行って、また同じ道を戻ったとしたら、正直楽観視はできない時刻である。
もう日が落ちるのは早くなる時期だ。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 12 今度は本気で旧道に入る気になったので、新旧分岐地点でちゃんとした写真を撮った。
まずは、目標は上から見た廃墟だ。
隧道がありそうな地形ではないので、これには期待できないだろう。
橋でも・・・残ってないかな・・・
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 13 上から見た時点で、廃墟の先にまで道が続いていることは明白だった。
結局、目的地は「湖面に遮られるまで」とし、腹をくくって突入。
上流側からダムサイトに近づいていくので、いずれはダム湖面に道を塞がれることを予想しての行動だ。


イントロでお伝えしたとおり、現地探索時に持っていた情報といえば、地図から明らかな「ダムがあり、その横をダート道道が走っている」くらいなもの。
本来探索する予定のなかった温根別ダムの緒言を調べているはずもなく、何年前に水没したのか、なぜダム湖がなかったのか、など、イントロで示したような情報は何一つ持ち合わせていなかった。
なにせ、ダムの完成年(昭和61年)がわかったのさえ、後にダムサイトで竣工記念碑を発見したときのことだ。
ちょうど四半世紀前に沈んだ沈没道路に、何もわからない人間が挑んでいく。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 14 道は砂利道。
まだ車の出入りがあるらしく、鮮明な轍も残っていた。

・・・その轍に従う左か、「心」に従う直進か。どっちだ。
私の中の天使は左、もしくは戻れといっている。
私の中の悪魔は・・・直進以外の選択肢を用意してくれない。
あの廃墟は何なのか、この先に何があるのか、水没した道道はどうなっているのか、どの地点で湖に遮られるのか・・・みんな、悪魔の声だ。
[ 10' 9/25 訪問 ] [ 10' 10/27 作成 ]
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