北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 3

概要

北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間の地図 地面が怖い、この広がる大地が怖い───
そう思えたのは、人生で初めてだ。
ダムに水没した場所が再び浮かび上がったところに降り立つという経験は、そうあることではない。
泥や落石といった、逼迫した危険というのは、幸いにもここには無い。
にもかかわらず、地面が、怖かった。

3-1 六線橋

北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 30 本来なら深い水底である場所に立っている、ということが本能的にもたらす恐怖なのだろうか。
草原からにょきっと伸びた幾筋の木々は、立ち枯れている。

水深は、進むほどに深くなっていく。
やがては、今このときですらも水の消えないダム湖にぶつかるはずである。
それでも歩みを止めないのは、「行けるところまで行く」とした決意と、「ダムに沈んだ橋があるかも・・・」という期待があるからだ。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 31
「はああっっっしいいいっっ!!!!!」
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 32 はし!橋!!ハッシ!!!!!

あった!!本当にあった!!あったらいいなくらいで抱いていた期待が、現実に目の前に!!!
水没した旧道道の橋が、本当にあるじゃないかッッッッ!!!
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 33 あばっ、あばばばっ。

リアルに狂乱状態でした。
今まで廃道を歩きながら上げた声としては、最も大きな声で叫んだと思う。
埋蔵金を見つけた、そんな気分。


まるで飾り気の無い橋に、さびたガードレールは今も健在。
水の中でも、それが失われていないのは特筆に価する。
親柱はもとより存在しなかったらしい。

取り付け部分の地面が抉られているが、興味深いのは四輪自動車が通れるように段差を自然石で埋めてあるところだ。
何度も水に沈んだ橋を、何トンもある自動車で通ろうってそんなあんた・・・すげえよ。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 34 こっ、こいつはまさかッ・・・木橋時代の遺構!!!!

取り付け道路の部分に、古びた木製の遺構があった。
確証は無いが、おそらくこれは水没していた永久橋ができる以前の、木造の旧橋の痕跡と思われる。
橋の下には旧橋の木製土台が遺されており、その可能性を裏付ける。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 35 下流側(ダムサイト側)から撮影。

延長は20メートルくらい。
あまり劣化しているようには見えず、その上を渡るのに不安は無いだろう。

そして、親柱のないこの橋ではこれ以上ない文字情報が、橋桁の左側に刻まれていた。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 36 製造銘版!!
隧道の銘版同様、その道路構造物の竣工に関して非常に大きな答えを示してくれるものだ。

それによれば、ダムに沈んだこの橋の名前は六線橋といい、竣工は1977年、すなわち昭和52年である。
温根別ダムの完成が昭和60年だから、この橋はたったの8年間しか活躍せず、水中に沈められたことになる。
そして、渇水期の今頃になると、その役目を再び果たすべく、湖底から姿を現すのだ。

発注者は北海道。
紛れもなく、北海道道としてこの世に生を受けたのだ。
現在の道道251号雨竜旭川線は当初道道158号を名乗っており、平成6年に251号に変更された経緯がある。
すなわち、この橋は道道158号として生まれ、そのまま昭和60年に水没。やがて水中から出てくると、付け替え道路はもう158号ではなく、251号になっていたということ。
まるで浦島太郎な橋である。
現在地 六線橋の位置。

後の机上調査によると、目の前の永久橋が架設される以前の六線橋は、確かに木橋であったらしい。
昭和47年発行の「山村振興都道府県調査報告 士別市(温根別村)」によると、昭和40年に旧六線橋が木橋として架設されたことが記載されている(旧六線橋の幅員は4.0メートル、制限荷重8トン)。
永久橋に架け替えられるまでの12年間は木橋で道道の交通を捌き、やっと永久橋に架け替えられたと思いきや、わずか8年間で水没したのである。
架け替えられた昭和52年はすでにダム工事も進んでいた頃であり、水没することを前提に架け替えられたことがわかる。簡素な造りであることも頷けよう。
行き交う工事用車両には、幅員4メートル、制限荷重8トンの木橋では耐え切れなかったようだ。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 37 この築堤の跡はもしや・・・旧旧六線橋の痕跡か?!

六線橋の上流数メートルのところに、両岸を結ぶような築堤の跡がある。
可能性としては、旧旧橋か、木造の旧六線橋の架け替えに際して仮橋が架けられたときの跡かもしれない。
どちらにせよ、年中空の下にあるようなところでは、藪に包まれるなどしてほとんど痕跡が残ることはない。
ダム湖の湖底という特殊な環境にあることが、かえって保存につながったようだ。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 38 ダム湖に沈んだかつての道道の橋を渡れるなんて、物凄く得した気分になる。
ほぼイきかけながら、恍惚の表情で渡った。

写真は振り返って撮影。
こちら側も取り付け部分が抉られており、自動車はそこを通ろうとして石で補修してある。

3-2 何線橋?

北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 39 ずっと向こうのほうに、付け替え道路として建設された現在の道道が見える。
相当規模の大きな橋が写っているが、その前後区間はいまだに砂利道なのである。
どの人里からも非常に遠い、心細い地だ。

西の尾根を越えればJR深名線(平成6年廃止)が走り、東の尾根を越えればJR宗谷本線が走っている。
一見交通の便がよさそうに見えても、それらの尾根を越える道は存在しないか、ほとんど廃道に近い状態となってしまい、「鉄道の谷間」ともいうべき不便な地になってしまった。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 40 ダムの提体に向かうにつれ、一年で水に沈んでいる期間は長くなる。
徐々に緑も少なくなっていき、かつての道道の姿がよみがえってくる。
道幅はかなり広く、十分に二車線を確保できる幅員だ。
現役時代から舗装はされていなかったようだ。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 41 先ほども見た現在の道道の長い橋。
名前は伊文大橋というらしい。
らしいというのは、結局この橋を渡ることがなく、実際に目で確かめてくることができなかったためだ。ん?


満水期には橋脚の色が変わっている部分にまで水深があるらしく、すでにここは水深20メートル近い湖底ということになる。
手持ちのGPSに映る現在地は、湖面の中を突き進んでいた。
本来なら深い水中にある場所に、足をつけて進んでいる。
ダム湖の湖底に深く沈むべき旧道道に、足をつけて進んでいる。
こんな経験はそう体験できることじゃあない。
バクバク高まる胸の鼓動とは裏腹に、生きた人間の気配を感じられない湖底が、不気味に静かだった。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 42
「おわああはああしいいまたあったあああ!!」
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 43
「わああたああれええなあああい!!!」
すいません、なんか変なテンションで。
いや実際現地でこうだったんですよ・・・叫んじゃった・・・
[ 10' 9/25 訪問 ] [ 10' 12/18 作成 ]
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