北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 4

概要

北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間の地図 「ダム湖に沈んだ橋があるかも」なんていう、何のヒントも導きもない、思いつきの探索。
思いもよらず、二つ目の橋に遭遇した。

4-1 5線橋

北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 44 「わたれんッ!!ああッ!!わたれないッ!!」

その叫びは、どこか悲痛ながら、歓喜の雄叫びにも似た感覚であった。
もう、何が出てきたって心底楽しいんですよ、ここまで来ると。
たとえその橋が橋としての役目をなさないであろうとも。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 45 橋への取り付け部分は、橋がまたぐ小川によってがっつりと抉られていた。
右側のごく一部だけで連絡しているが、もはや橋として此方と彼方を結ぶ役目はない。ダム湖の水の中で抉り取られてしまったのだろうか。
また、その部分にはやはり木でできた構造物がある。
これも、旧橋の遺構だろう。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 46 直にはわたれないため、ひとまず右から眺めてみる(左側は川に抉られて川面から眺められない)。
橋の規模は先ほど見た六線橋とほとんど同じくらいだ。
竣工年なども同一時期に間違いなかろうが、こちら側には製造銘版はついていない。

さあ、渡れない橋が現れたとき、どうすべきか・・・
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 47 渡渉ですよね〜

幸い川は非常に浅く、流れも速くない。
自動車でこの旧道を訪れるツワモノも同じ選択をしたらしく、川の両岸はゆるく傾斜している。


うまく石を伝えば濡れずに行けるかも、と期待して突入したものの、結局救えたのは右足だけ。
左足はくるぶしまで流れにつかまり、初秋の冷たい水は容赦なくしみこんできた。
それでも、悦楽の境地にある私の脚を止めるものでは決してない。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 48 自転車と共に渡渉を終え、反対側から撮影。
足元には確かに泥の堆積が見られ、この橋が間違いなく水中に沈んでいたことを示している。
まるで想像のできない水中の橋が、わずかな今だけ、地表に顔を出している。

橋の上の泥には、明瞭なバイクの轍があった。
一年の大部分は水の底であるこの橋の上に、これだけ明瞭な轍が残っているとなれば、極めて最近にバイクが通ったことを示している。
無論、現地ではそんなバイクは存在しない。
しかし、帰宅後にネットで温根別ダムについて調べていると、探索の前日にバイクで訪れたという方のサイトを見つけてしまったのである。
これについては後ほど。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 49 うっし製造銘版!!

先ほど見ることができなかった川の上流側に降りてみると、六線橋と同じく、製造銘版が取り付けられていた。
これにより、この橋の名称が5線橋(六線橋は漢数字で、こちらは算用数字)、竣工が1977年11月、すなわち六線橋と同じ昭和52年であるであることが判明。
「北海道建造」と明記され、紛れもなく道道の橋であったことがわかる。

ただし、「山村振興都道府県調査報告 士別市(温根別村)」にある橋梁リストでは、六線橋の下流にある橋としては3線橋が書かれており、5線橋の名前はない。
3線橋も木橋で、六線橋と同じく昭和40年に架設されたという。
リストの数字が間違っているのか、架け替えに当たって名称が変更されたのか、詳しいことは不明だ。


温根別に残っていた最後の住民が去ったのは昭和49年のことである。
六線橋も含め、永久橋となった新しい道道の橋を、かつてそこに住んでいた住人たちが渡ることはほとんどなかったのだろう。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 50 抉られた橋台のギリギリから、ダム提体方向を見る。
さびたガードレールがいい味を出している。


・・・にしても。
湖水はどこだ?
ここまで非常にいいペースで来ており、現道と分かれてから30分しかたっていない。
とはいえ、いい加減戻るきっかけがなければ、「行けるところまで行く」と決心した足が止まらない。
限界まで探索を完了したとして、帰る頃には真っ暗、ではシャレにならない(まだ周囲10kmは人間の存在感のないところだし、引き返した後は別の廃道のようなところを通るつもりでいる)。
このあたりから、引き返す際の現道へのアプローチを真剣に探しながら歩いた。

4-2 消滅

北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 51 5線橋を渡った先はさらに緑が薄くなる。
そして、旧道道の明瞭な路盤がまだまだ続いている。
湖面は・・・ない。
それどころか、このあたりからついに見えてしまった。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 52 提体ッ!!

提体は見えても、さすがにその手前で引き返すことになるはずだ。
エスケープルートに関しては、ぱっと見で地形的にはなんとかなりそうな箇所もあり、案外、時間のロスは大きくないかもしれない。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 53 ・・・なんじゃいなこりゃ。
橋を渡ってすぐ、旧道道が4車線道路になった。
というか、2本の道路を並べたような・・・けったいな路盤である。
たぶん右側がかつての道道で、左側は・・・工事用の道路だろうか。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 54 なんか・・・監視塔みたいのが見えてきた。周りに水は・・・水溜りレベル。
これって、まさか・・・
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 55 そろそろ工事用道路が交錯し、かつ水没期間が長くて原形をとどめておらず、旧道の推定が難しくなってきた。
足元の泥はよく乾いていて、足が沈むことはない。
湖底に沈むはずの旧道路盤が、逆に水上道路のような不思議な光景になっていた。


そして、徐々にダム提体との距離は近づいていき・・・
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 56
「水・・・水がッ、無いッッッ!!!!!」
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 57 提体の手前といえば、ダムの底の底。
普通は地表に出るはずのない場所に、「ダム湖」というものが、どこにも、無いっ!?
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 58 現在の道道の脇に、管理棟らしき建物もある。
廃ダムってことはなかろうが、この光景は想像を絶していた。
ダムにダム湖が無いってそれどんなダムなのかと。
小さなグランドキャニオンのような泥の地面に、ある水といえば一筋の水流だけだ。
"湖"は・・・乾ききっていた。
調べたところ、どうも温根別ダムは、雪解け水を貯めた後は再び貯水せず、一年でその水を使い切ってしまうという。
それが毎年完全にダム湖が消滅するほどまでなのかどうかはわからない。
今年の夏は暑かったからな・・・今年は特別なのだろうか。


この場所では、興奮と共に現実的な"ビビり"もあった。
あの管理等からマイクで怒鳴られやしないかと。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 59 ハッシ!!!
ってもう3つめっすよ。
旧道っぽい路盤から右に分岐した先に、橋桁が残っていない橋があった。
橋桁が無いので、どうあがいてもわたれない。
また、もう周囲は提体工事のための工事用道路が縦横に走っており、もはやどこが旧道道なのか判別できなくなっていた。
残っている橋台を見ても、造りが六線橋や5線橋と大きく異なるため、工事用道路と判断して接近しなかった。

実際、提体工事中の空中写真を見ると、あの橋は提体を迂回するために作られた道らしい。
そういった意味ではわずかながら道道に指定された時期もあっただろうが、上の空中写真より少し時期が古い写真では、あの橋より少し提体側に本物の道道の橋が架かっていた形跡がある。
「山村振興都道府県調査報告 士別市(温根別村)」にある橋梁リストと照らし合わせると、その橋は神威橋であったようだ。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 60 すでに旧道道の路盤は不明。工事のために地形が大きく改変されたせいもあるだろう。
なので、あとはこのまま突き進んで天板上に出ることを目指した。
「行けるところまで行く」という当初の目的は、「完全踏破」に変わってしまっていた。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 61 「あの赤い支柱も、満水期にはほとんど水に沈むんだろうな・・・」
「ダムの底はこうなっているのか・・・」
旧道探索に目処がついたことと、引き返す必要がなさそうになった気楽さから、気持ちは完全に観光客。
さすがに泥の深そうな湖底中央部分を避け、天板に向かって緩やかに登る、かつての工事用道路らしい跡をたどった。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 62 振り返って撮影。
温根別ダムのダム湖です。本当です。

4-3 温根別ダム

北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 63 とうとう提体に達してしまった。
典型的なロックフィルダムで、遠目に見たときは、ロックフィルダムならば岩登りで提体をよじ登れるのではと考えていた。
直に登りつめなくても、提体脇の斜面に達することができれば、そこから登りきれるだろう。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 64 とまあそんな心配は杞憂に終わり、湖底から登ってきた工事用道路が天板のすぐ手前まで達していた。
あとはまっすぐ斜面を登りきれば、自転車ごとでも難しいことではない。
思いつきで始まった行動が、数々の感動を得て、今最後の山を登る。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 65 時刻は午後1時20分、温根別ダム提体に到達。これは40分でおよそ4.5kmを探索したことになる。歩いて探索した場所以外、旧道の路盤全体にわたって自転車に乗車可能であったところが大きいだろう。

登った先は小広場になっており、ダム緒元などが刻まれた石碑がおかれていた。
このほかに、望郷の地を記す住民の石碑も現道のそば(神社跡)にあるというが、図らずも現道を通らずにここまで来れてしまったため、私は見ていない。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 66 天板から望むダム湖・・・だったところ。

上で紹介したように、前日に湖底を訪れた方がおり、さらには探索の17日前の様子も紹介されている。■2010年09月08日の記事 | タイヤクラブ永山 ブログ
そこで紹介されるダム湖の水位は、明らかに今よりも5メートルは高い。
ほんの数週間で、その水も消えてしまったらしい・・・

また、満水期に近い6月の様子はこちらのブログ(犬牛別峠越えに挑戦☆ 温根別ダム - 雀の写真館)で紹介されている。
赤い支柱がほとんど沈むようだ。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 67 提体から現道に乗り、下流方向に進む。
見下ろせば、谷底に古びた路盤があるのがわかる。
あれが、提体を越えた先の旧道道だ。
北海道道251号 雨竜旭川線旧道 温根別ダム水没区間 68 提体から少し下流に進むと、旧道の路盤が高度を上げて現道に合流してきた。
おそらく、現役時代の旧道はもっと先まで延びていたはずで、付け替え道路である現在の道道の路盤に埋まってしまったのだろう。
昭和37年の温根別 最後に湖底部分の見取り図を示す(昭和31年発行の地形図)。
提体工事中の空中写真それから少し経ったときの空中写真をあわせて参照してもらえると楽しいと思う。
当時は現役だった六線橋と5線橋が写っている。
いまや恐怖を感じさえする茫漠の大地には、かつては確かに道と人の生活があった。
それが、一年のうちの限られた時間だけ、地上へと姿を現す。
七夕のような一瞬のロマンスに立ち会えた私は、どれほどに幸運だったのだろう。

冬には再び湖は凍りつき、脇を走る道道も閉鎖される。
また空の下に輝く日を待ちながら、伊文の跡地は静かな眠りにつくのだ。
[ 10' 9/25 訪問 ] [ 11' 1/23 作成 ]
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