北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 2

概要


道は荒れていても、MTBにはなんのその。オフロードの快適な道だ。
それだけに、頼むから引き返すような事態にだけはならないでほしい。
ここから引き返すと、オコタンペ湖から標高にして400メートルほど下ってきたのを今度は登らなくてはならないのだから。

2-1 改良・・・工事?

北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 16 落石防護ネットによりかろうじて保たれる道。
粉々に砕けた岩塊が今にも突き破らんとしている。
このような状態は四年前から放置が続いている。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 17 廃れつつも通りやすく、現役時代の名残を随所で見られる、いい感じの道だ。
この道が開通すれば、札幌市と支笏湖西南方面が大幅に短縮されるが、大規模な改良工事が必要となるだろう。
ただ、両者をつなぐ交通需要はそれほど多くないと思われ(支笏湖西南に大都市はない)、少なくともこの道が今後現役の道として生まれ変わることはなさそうだ。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 18 開通どころか、この道は行政により「死刑執行」が成されている可能性がある。
この標柱には、落石防護網工 288m2 構造物撤去という一文が見て取れた。
これだけでは「落石防護網288平方メートルを設置して、(別の)構造物を撤去した」のか「落石防護網288平方メートルにおよぶ構造物を撤去した」のかはっきりしないが、 いずれにせよ何らかの道路構造物を撤去したのは確からしい。
これが交換でないのだとすれば、工事の目的は「道を保護する」のではなく、むしろ逆に「道を自然に帰す」ことであることが推察される。
ひょっとして、人為的な廃道化工事を行っているのだろうか?

2-2 抹殺

北海道道78号支笏湖線 比較1
同じ場所で四年前と現在を比較してみた(左が四年前、右が現在)。
四年前には小さかった草丈が、もうすぐ標識全体を覆いそうなほどに伸びている。
北海道道78号支笏湖線 比較2
四年前と現在の5キロポスト。
草に覆われそうになりながらも屹立していた標識は根元からひん曲がり、ねじれ、ずり落ちている。


今はまだ残されている標識たちも、廃道化という宿命とあれば、いずれ消えるだろう。
そうでなくとも、おそらくかつてのように一般人の目に触れることは二度とないのだろう。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 19 あれはなんだ?

今いるのは橋の上で、上流方向には旧橋の橋脚らしきコンクリートの塊が突き立っている。
が、橋脚にしては両岸の地形は道路を許すようなものではない。
さらに謎なことに、橋台のような別のコンクリート塊は橋脚の天板から数メートルほど高い位置にあり、一本の橋としては不自然だ。
わからん。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 20 白看!!じゃないわな。
長い年月の末に、"燃え尽きてしまった"真っ白な警告標識。



この標識より少し行ったところで、今度は私の顔色が青白くなった。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 21
うぶぅ
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 22 標識が数十年をかけて真っ白くなったのに対し、人間の顔色が変わるなんてほんの数秒でいい。

入口のゲートから約2.4km。
これまでちょぼちょぼとあった土砂崩れは、文字通りの意味で山場を迎えてしまった。

四年前にはなかったぞこんなの〜
イントロで書いたように、ここで引き返しては、オコタンペ湖展望台から下ってきた400メートルを登り続けることになる。
ただでさえ、支笏湖の外輪山を越えるのに標高600メートルほどを登ってきており、正直言って戻るのは嫌過ぎる。
となりゃあ、自転車抱えていくっきゃないっしょや!
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 23 の前に偵察。
自転車を"麓"に置いて単身登り始めたが、ここはただ登るのにすら苦労した。
昨日起こったような真新しい崩落は安定しておらず、粉々に砕けた岩塊は、足を乗せるだけでガラガラと転がり落ちていく。まるで蟻地獄のように登れない。
私が発生させた落石が麓に置いた自転車にも直撃し始めたため、一度降りて自転車を崩落現場から遠ざけたほどだ(自分自身が崩落現場から遠ざかるべきとか言わない)。

登りきってからは一緒に落ちてきた木々を支えにして動くことが出来たが、これは自転車が一緒だと邪魔をしそうだ。
積もった高さは5メートルもなく延長も10メートルほどで、自転車ごとでも何とかなるだろう。


せっかく越えた土砂崩れを戻り、自転車を軽くするためにサイドバッグを取り外し、担ぎ上げて斜面に張り付いた。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 24 普通に歩いても足元が崩れるような足場では、自転車という荷物を持っていてはなおさらだ。
一歩を置くごとに足は沈み、踏み出した以上にずりずりと下がっていく。
落ちないようにと下手に大きめの石に足を乗せれば、その石ごと転落しかねない。
足で地面を掴むような思いで斜面を登りきり、現実逃避で湖面を撮影。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 25 ただ、本当に苦労したのはここからで、予想通り崩落土に混ざった木々が自転車に引っかかって進みにくい。
自転車を支持して置けるような空間はほとんどなく、手を離せば日本で二番目の水深を誇る支笏湖の中に自転車が沈むことになる。
無論、担ぎ上げた自転車が枝に引っかかるなどして自分が転倒すれば、私も沈む。


反対側の斜面は瓦礫よりも折り重なった倒木が多く、なおのこと進みにくくなっていた。
なので、最終的には斜面半ばから向こう側に放り投げてしまった。スマン相棒。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 26 またも戻って今度はサイドバッグを抱えて往復。
偵察も含めて2.5往復もしてようやく突破だ。
通るたびに斜面は崩れていき、あと数十往復もすれば再び大規模な崩落を引き起こすかもしれない。


荒廃が続く道で起こった崩落は、もう元に戻ることはあるまい。
これを果たして、道路としての致命の一撃と見るか、自然回帰への最初の一歩と見るか。

2-3 抹消

北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 27 苦労して崩落現場を越えても、さらにこの先でそれを上回る規模の崩落がないとも限らない。
ここで引き返せば、さっきの崩落&山登りというダブルパンチに襲われるわけで、何が何でも向こう側の国道にまでたどり着きたい。
なんて考えていると、おいおい、原付が止まってるじゃあないか。
ということは向こう側の道路とここまでは無事であるということだ。
無事でなかったら・・・行方不明になったこの原付の運転手のことを警察に通報しなくてはならないな。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 28 確かに致命的な崩落はないが、道の荒廃度という点では崩落現場手前とほとんど変わりはない。
今いる場所も、10年以内には徒歩以外お断りの道になるだろう。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 29 路盤中央から草が消えるのは橋の上だけ。
この橋は丹鳴橋(ニナル橋)といい、親柱には昭和36年竣工とあった。
出口側で接続する国道276号は昭和35年に湖畔林道として開削されたところに由来し、これにあわせて道道の開削も行われたようだ。
道道指定は昭和45年であるから、オコタンキャンプ場(通行止め区間の入口)を境にして、北と南で数年の歴史の差があるようである。
現在残されている他の橋はすべて昭和50年代半ばの竣工であり、先ほど見た謎の橋脚はやはり昭和35〜45年頃の旧橋のものである可能性が高い。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 30 橋を過ぎるとなぜか自動車が止まっていたりして、道の様子も一般の林道クラスにまで改善された。

そして崩落地点から3km、出口のゲートである。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 31 ゲートにはこれを迂回するように幅2メートルほどの道がつけられており、このために自動車でも通ることができるようになっていた。
入口側と違って、この付近に残された標識はそれほど多くない。

近くにはまたもキャンプ場があって、舗装路も復活する。
国道からのアクセスが良く、オコタンのキャンプ場よりも賑わっていた。
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期? 32 国道との接続地点にあった青看は、やはり塗りつぶされている。
まるで戦後の教科書のごとく、「そこに道を造ったことは間違いでした」とでもいいたげに・・・
一般的に旧道は地図に長いこと載ることはなく、すぐに現役の道の方に色が塗り替えられるものだ。ゆえに人々の記憶から消えるのも早い。
一方でこの道は「道そのものの放棄」という通常はあまり見られない事態のためか、いまだに現役、もしくは単に通行止めと表記している地図が多い(ネットの地図からは消えているものもある)。
自然に帰りつつあるといっても、もうしばらく人との関わりは続きそうである。
[ 08' 9/21 訪問 ] [ 08' 11/3 作成 ]
前の記事へこれより先の記事はありません
ひろみず http://d-road.sytes.net/ webmaster@d-road.sytes.net
北海道道78号 支笏湖線 万年通行止め区間の最期?12