角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 2

概要

角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画の地図 どう見ても人為的な破壊が激しい、隧道をふさぐ柵。
相棒とともにこれを越えられるか?

2-1 柵の向こう側

角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 14 隧道はこの岩場をくりぬいている。岩の名前は鳶ヶ鼻というそうだ。
名の由来はよく分からないが、鼻のように突き出たところといったところか。こういった岬の名前はよく見かける。
その鼻に穿たれた隧道は、さしずめ「鼻の穴」。

先にも述べたとおり、ここ角海浜はほとんど農業が成り立たなかった地であった。
その収入源は女は薬の行商、そして男は出稼ぎ、それも大工としての出稼ぎがほとんどであったという。
"鳶"ヶ鼻の名称も、ひょっとしたらこれと関係があるのかもしれない。
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 15 隧道は海面から高さ数メートルのところにあるが、海面ギリギリのところに、確かにこの岩を巻くようにして道の痕跡が見られた。
以前来たときはそのような道はなかったように思え、潮の干満で現れたり沈んだりするのかもしれない。
もちろん、自動車が通れるものではないし、一部は海につかっており、濡れずに進むことは不可能だ。
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 16 さて、隧道に目を向けよう。
とりあえず柵を乗り越える前に、カメラを突っ込んで撮影。
奇妙なことに、これだけ狭い隧道に立派な歩道が備わっている。
歩道はおそらく後補のものだろうが、集落と集落を結ぶような隧道ならまだしも、ほとんど歩行者のない隧道にデリネータまでついた歩道があるのは違和感を禁じえない。
一車線というには広く、かといって二車線には狭い隧道で、対向車が来ないように意図的に一車線に狭めたのかもしれない。
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 13 上の写真をとり終えた後、いよいよ柵の乗り越えにかかった。
梯子は十分に安定しており、自転車とともにガッシガッシと登っていっても不安はない。
しかし、上部の蔦のようにうねる鉄柱が自転車に引っかかり、これを突破するのは難儀した。
図らずもネズミ返しのように曲げられた鉄柱がハンドルに絡み、スポークに挟まり、行く手をふさぐ。
自転車に気をとられていると、不規則に曲げられた横板におもいっきり頭をぶつけてしまい、なんかもう苦労というか腹が立ってくる始末。
幸い自転車用のヘルメットをしていたのでダメージはなかったが、精神的には大きな痛手である。
人ひとり分の幅しかない柵の上部は自転車片手に乗り越えることはできず、知恵の輪のように絡まった鉄柱を何とか解き、 担ぎ上げた自転車を放り投げるようにして先に通すことにした。やれやれ。
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 17 自転車さえ通ってしまえば、人が乗り越える分には問題なし。
一年来の念願かなって、ついに相棒とともに隧道内に到達した。

ちなみに、一連の隧道の写真をとる前、数人の釣り人が隧道の内部から柵を乗り越えてくる途中だった。
まさか、こんな奇妙な隧道で柵の乗り越えに順番待ちをすることになるとは思わなかった。
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 18 ほぼ中間点より振り返って撮影。
破壊著しい門構えを見るに、管理も行き届いていないのかと思えるが、実際には往来は結構あるようだ。
釣り人の往来には事欠かないだろうし、この先にある河川施設の管理用道路でもある以上、あの門が開放され、自動車が通うこともあるはずだ。
また、前回述べたとおり、この先には水路隧道が計3本も穿たれており、最も新しいのはほんの数年前に竣工したばかりである。
資材をつんだ大型トラックなども相当数行きかったに違いない。
対向車さえなければ、十分な幅と高さがある。
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 19 隧道はおよそ50メートルほどであろうか。長くはない。

門構えはめちゃくちゃであるが、中身はしっかりしており、崩落や漏水の類はない。
決して廃隧道などではなく、管理用としてどうしても必要な現役隧道である。強固な門により立ち入りが困難になる可能性はなくはないが、閉塞などということは今後もないはずだ。

さあ、いよいよ反対側坑口が近い。
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 20 やってきました隧道南口。

北口にあった扁額跡もなく、無論銘板も存在しない。
構造的には北口とそう変わるところはないが、こちらには門がない。
まあ、行き止まりの南側から人が入ってくることは「普通は」ないのだから、必要ないか。
扁額も飾り気も何もない「ただ人を通すのみ」という姿に、工事用道路としての宿命を感じるのは単に私がそう予想しているからか。

もしも原子力発電所の建設されていれば、良くても立ち入り禁止、最悪地形改変とともに消滅していたかもしれない。
そう考えると、ここに立てたのも多くの偶然の結果なのか。

2-2 水路隧道へ

角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 21 隧道を抜けた先の道はやはり荒れ気味であった。
隧道以前の二車線幅の道路とは違い、幅員は完全に一車線にまで狭まっている。
角海浜隧道が昭和初期に竣工したとすれば、その隧道を抜けた先、この辺りの道もその頃できたに違いない。
この道が当時の幅そのものだとすれば、集落跡では二車線であったのは、その後拡幅工事があったことを裏付ける。

落石防護ネットや路肩の補強はあるものの、どこから噴出したか泥が堆積し、その上には釣り人の足跡が無数についていた。
車の轍はなく、あの門が開放されて管理車両がここを通ったのもずいぶん前のようだ。
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 22 振り返って撮影。

絶壁が迫るこの地では、とても自動車で山越えは無理そうだ。
隧道だけが自動車を通しえた。
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 23 隧道を抜けたところはまるでプライベートビーチのような小さな砂浜になっている。
まるっきり施設のない海水浴場であるが、ここで静かに泳げたらさぞ気持ちよかろう。
もっとも、手持ちの地図には角海浜集落跡に海水浴場のマークがつけられており、この辺りまで普通に人は来ていると思われる。

ちなみに、この砂浜のあたりの字を「本村(もむら)」という。
その名の通り、口伝によれば角海浜の集落がもともとあった場所らしい。
この地も例の「マクリダシ」によってほとんどが海に沈み、隧道を抜けた現在の(といってももうないが)場所に移ったと伝えられている。
実際に、この地の沖合いの海底に井戸の跡があったり、崖から墓石が出てきたりしており、口伝の信憑性は高いようだ。
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 24 道は狭いながらも一車線は確保し、ガードレールやカーブミラーも設置されている。

写真上部には三段に分けて切り取られた法面が写っているが、これはどう見ても昭和初期とは言いがたい施工振りである。
カーブの外側にわずかな平場が見られ(たような気がする・・・ちょっとあいまい)、当時の見通しが悪くきついカーブを解消するために内側を削ったのだろう。
おそらく、新樋曽山隧道(昭和41年竣工)の工事の際の出来事であったと考えられる。
崩落したのを修復しただけかもしれないけどね。
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 25 切り取り地点を過ぎると、隧道や低規格の道路とは明らかに時代が違う建造物が目に入る。
地形図にも描かれた巨大な堤防と、それに付設する水門のような建物は平成になってから完成した新々樋曽山隧道のものだ。
古めかしい隧道や余りにも深い歴史をもつ角海浜集落跡から見ると、まるでタイムスリップしたような気分になる。

施設に接近していくと、堀のように低くなった箇所に「グッ」と来るものが・・・
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画 26
おっおっおっおっおっ
まるで霊峰弥彦山を邪魔者扱いするように、足元にはいくつもの水路隧道が穿たれている。
水路じゃあ、ちょっと侵入は無理か。
[ 05' 7/17 訪問 ] [ 05' 12/9 作成 ]
前の記事へ次の記事へ
ひろみず http://d-road.sytes.net/ webmaster@d-road.sytes.net
角海浜隧道 消えかけた隧道と消えた計画1234