続・松代町の雪中隧道 to the deeper 1

概要

松代町の雪中隧道の続きです。前回のレポートをご覧でない方は、そちらからご覧ください。)

「炭坑跡」の看板と衝撃の洞内分岐でメロメロにされた私は、帰宅後に早速図書館に飛び、雪中隧道に関する資料を求めた。
その中で「松代町史」によると、
・・・このような雪崩危険地区の通行人のために、田沢・犬沢炭坑の間に幅員一・八b、高さ二・二〇b、 長さ二二一bの雪中トンネルが昭和三十二年から三十五年の四年連続の工事で完成し・・・
とある。
なるほど、延長からしても、資料のトンネルが私が探索した雪中隧道であることに違いあるまい。
しかし、自分の目を疑ったのはこの文に続く次の一行だった。
第二雪中トンネル三九四bが翌三十六年から三十八年までにできた。
第二?
そんなもん、どこにあったんだ?と。
手始めに古い地形図をまさぐってみるも、第二雪中隧道どころか第一のほうですら地図に記載されていない。
答えの分からない第二隧道に関しては、「わかんないけどどっかにあったんだろうな」ぐらいに思うより他はなく、 スルーしつつ第一雪中隧道のレポートを執筆していたのであった。


そんな中で最終回のレポートを書くに当たり、地形図を眺めていたところ、ふと気づいた。
「雪崩危険地帯は第一雪中隧道だけではとてもカバーしきれていないんじゃないか・・・?(下地図参照)」
第二雪中隧道が必要とされたくらいだから、これは当然といえば当然ではある。
重要なのは、これによって第二雪中隧道がどの辺にあるかが想像されたことだ。
試みに最危険地帯を地中で迂回するような線を引いてみると、ぴったり400メートル。資料にある第二隧道の延長と一致するのである。
さらに最終回のレポートにあったとおり、坑道のような洞内分岐は、若干左にカーブしていた。まるで川に沿って進むように。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper

・・・もしや、坑道と思われたあの洞内分岐とは・・・第二雪中隧道なのでは?
その予想が頭をよぎった翌々日には、私はすでに現地にいた。

1-1 雪中隧道、本領発揮!!

第二雪中隧道への地図
今回は隧道調査に目的を絞り、現場に程近いほくほく線まつだい駅まで電車を乗り継ぎまくって達した後、隧道へは徒歩で行くことにした。
駅から隧道までは2.5kmくらいで、歩けない距離ではない。

また、探索を急いだのはそろそろ雪の季節となるからだった。
もともと冬期は歩くのも危険なために隧道が造られたくらいなのだから、雪が積もってしまった後に坑口を探して斜面をウロウロ、なんてことは自殺行為に等しい。
積雪の前に行かねばならない。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 1 手遅れでした!
降りしきる雪はすでに10cm以上つもっている。
この日は海側の犀潟からほくほく線に乗ってきたのだが、犀潟にはまるっきり雪などなく(参考に、同日夕方の長岡駅)、 「自転車で来れば良かったかなあ」なんて思っていたにもかかわらず、列車が松代に近づくにつれて見る見る雪化粧を施していく沿線に、 私の顔色も見る見る白くなっていったものである。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 2 まあ、この程度の積雪ならば、何メートルも積もるという新潟山中の積雪からすればまだまだ序の口。
それに、隧道内部に入ってしまえば、先人の偉業のおかげで少なくとも雪崩の危険からは回避される(別の危険が・・・)。

除雪されていない雪の歩道を歩くことちょうど30分、旧国道との分岐地点についた。
奥に見えるトンネルは田沢トンネルで、前回見たところの反対側ということになる。

旧道はここで左に分かれる。
第二雪中隧道が予想通りの位置にあるとすれば、その片方の坑口はこの旧道のどこかにあるはずだ。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 3 足跡ひとつない雪の旧道へと進入。
湿った重い雪に足首まで埋もれながら、ズボズボと掻き分けるように進む。
足元はあっという間にずぶ濡れになったが、動いているのでさほど冷えはない。
現道から近いにもかかわらず、すべての音は雪に吸収され、風も穏やかなこの日の旧道は驚くほど静かだ。


一応雪の凹凸として車の轍が確認でき、少なくとも雪のない時期は、廃道とまではいかないらしい。
もっとも、この先に集落があるわけでもないし、旧道の反対側は前回お伝えしたような救い様のない廃道であることには違いがない。
地形図で見ると、この先に耕地があるらしく、そことの往来によってかろうじて生きながらえた道だ。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 4 案の定沿道には小規模な水田が見られた。
そこまでの道は概ね地形的に厳しいものではなく、特に雪崩の恐怖を感じるところではない。
しかし、前方の道は急峻な崖の下を行っている。
・・・つーかすでにその路面を真っ白い塊りが塞いでいるじゃないかよ。
確かに、ここより先の道は40年も前に冬期交通が放棄されたのもうなずける。

「冬期の危険を避ける」という目的で造られた雪中隧道ならば、あの危険地帯よりも手前に坑口があるはずだが・・・?
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 5 耕地を過ぎると、道の様相が変わる。
とかいっても雪に覆われていてはよく分からないわけだが、それまで足元には舗装の感触があったのに対し、いつの間にやら雪の下は深い泥に覆われるようになってきたのだ。
真っ白な雪に勢いよく足を乗せると、ヌプリという嫌な感触とともにくるぶしまで泥に埋まったりもした。
そこら中に冬枯れした植物の残骸が散見され、どうやら旧道から耕地までの200メートルより先は、旧道の反対側で見たような極悪廃道と成り果てているらしい。
ここより先は夏期通行止めである。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 6 夏期通行止めの道はほんの十数メートルといったところ。
それより先は上で見たような「徒歩も危険な雪崩の巣」となってしまい、本気の冬期通行止めゾーンだ。
すなわち予想が正しければ、第二雪中隧道はこの辺で地中にもぐり、危険地帯を避けて旧道の反対側に出たはず。
また、雪に埋もれないように現在の路盤よりも少し高いところに口をあけているものと思われる。


地形図や延長からの類推と、現地の地形から判断して、私の脳内コンピュータは「ココに坑口あり!」との結論を弾き出した。
どうすか、今見ぬ往年の第二雪中隧道さんよ。当たってますか?
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 7
「当たりです」

1-2 第二雪中隧道 田沢側坑口

続・松代町の雪中隧道 to the deeper 8 Unbelievable...
見つけちゃったよ・・・喜ばしいことなのに、一気に高まったこの恐怖心は何なんだよ・・・


坑口は思いっきり予想通りのところにあっちゃった。
「ここより先はあぶねーな」と思って真横を見たら、そこが坑口の目の前だった。なんという不意打ち。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 9 雪中隧道は道(旧国道)に対して直角に口を開いており、それも不意打ちとなった理由のひとつだ。
第一雪中隧道がそうであったように、また予想通り、坑口は旧国道の路盤から2メートルほど高いところにある。

幸い土砂等で完全埋没とまでは至っていないが、下3分の1くらいはすでに埋もれていた。
さらに、坑口には鉄格子がはめ込まれ、埋もれた土砂とのコンビネーションでここからの侵入は不可能。
ということは、第二雪中隧道の真の姿を明らかにするためには、やっぱり第一雪中隧道の分岐から侵入するより他はなさそうだ。

・・・っていうかこの坑口の先は本当に第一雪中隧道内部につながっているんだろうな?
一番重要なその答えを得るには、大きな問題があった。この鉄格子の向こうに。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 10 閉塞してますやん。崩れてますやん。

一様に錆び付いたガラクタの向こうでは、天井まで灰色の土砂で埋め尽くされていた。
第一雪中隧道と規模・外見共に同様のコンクリートブロックの覆工が少し続いた後で、それは起こっている。
これが果たして人為的に埋められたのか、崩落で塞がったのかはよく分からない。
しかし、天井まできれいに詰まっている様子から、ちょうどあの辺りでコンクリートから素掘りとなっていて、その素掘り区間で大規模な崩落があったように見える。
崩落土にしては山の角度が垂直に近いのは、コンクリート覆工に"引っかかった"ためとも考えられる。

いずれにせよ、仮に第一雪中隧道内部の分岐が第二雪中隧道に続いているとして、ここに通じたとしても、閉塞の向こう側からそれを確認することは無理だ。
・・・だからといって行かないわけにも、いかないんだろうなあ。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 11 鉄格子の錆び具合や内部にある自転車等の腐食具合からして、現国道が開通(昭和49年頃)してからあまり時間を置かずに封鎖されたような気がする。

壁にはほとんど消えかけた悪戯書きが残っていた。赤いハートマークに矢でも刺さっているような絵だ。
現役当時、あるいは廃止直後くらいには、肝試しの場にでもなったのだろうか。


鉄格子と閉塞により、こちらからは坑口より先へは進めない。
旧道は冬期には危険なことだし、現道のトンネルを抜けて向こう側に行くことにした。

1-3 冬のアドバンテージ

続・松代町の雪中隧道 to the deeper 12 田沢トンネルを抜け、同名の田沢橋から旧道方向を望む。
旧国道は川の右側にへばりついている路盤がそうだ。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 13 前回、第一雪中隧道の田沢側坑口へアプローチしたときと同様に、田沢橋の袂から旧道に入った。
そう、今回は前回藪に埋もれて全く姿のなかった田沢側坑口から内部へと入ることを目論んでいる。
前のように犬伏側坑口から進入しようとすると、大きく遠回りすることになってしまうからだ。

およそ一ヶ月前には自転車では進入不能なほどの濃密な藪に包まれていた旧国道の路盤も、ほとんどの植物は枯れ果て、ずいぶん歩きやすくなっていた。
とはいえ、重い登山リュックを背負い、ズボズボと雪に埋まりながら、さらに所々の泥と深い水溜りにより、決して快適とは言いがたい。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 14 第一雪中隧道の坑口擬定地(前回の出口)より旧国道の先を望む。
現道からここまでの150メートルも、かつては第一雪中隧道で迂回していた区間であり、急斜面の足元を行くその道は、あまり長居したくない場所であった。
歩きながら、「早く廃隧道に入りてえ・・・」なんて思えたのは、おそらく後にも先にもこの一回きりだろう。

前回引き返しを余儀なくされた激藪の旧道はすっかり雪に覆われ、運が良ければこのまま向こうまでいけるかもしれない。
・・・が、それは下手をすればこの地中にある廃隧道に入っていくことよりも危険なことだ。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 15 目論見どおり、藪の消えた斜面には、暗い穴ぼこが口をあけているのを確認できた。
間違いない、一ヶ月前は身の丈を越す藪に覆われて全く姿が見えなかった、第一雪中隧道の出口だ。

第二雪中隧道(かもしれない)への分岐は、この坑口に足を踏み入れたすぐ先にある。
昨日の出口は今日の入口。
いざ!
寒々しい雪の旧道と、完全な闇が支配する廃隧道。
この場所に、希望の持てるものなど何一つありはしない。
あるとすれば、闇の果てにある「好奇心の充足」という麻薬だけ。
もっとも、それすらも、まだ手に入れられるかどうかは分からないのである。

隧道と思って入ったところが、坑道だったりしたら・・・
[ 07' 11/23 訪問 ] [ 07' 12/2 作成 ]
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