続・松代町の雪中隧道 to the deeper 4

概要

各種の遺構と特徴的な内部構造により、楽しいことは楽しい。
常に付きまとう死の臭いを忘れさせるほどに・・・

4-1 隧道が、腐ってゆく

続・松代町の雪中隧道 to the deeper 46 水没した出口から洞内を望む。
この先で道は丁字路となり、右は第一雪中隧道に続き、左は目指す第二雪中隧道田沢側坑口に続いていると思われる。

当初は分岐の出口からいったん外へ出て、周辺の状況を確認することも考えたが、外はやはり雪崩の危険もあるし、 越えようと思えば越えられるとはいえ封鎖されていることもあり、外へ出ることは控えた。
隧道を通らずにこの坑口を外から見ようとするならば、旧国道の激藪地帯を抜けてくる必要がある。
夏場に到達するのはきついだろう。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 47 光溢れる外の世界に別れを告げ、再び暗闇へと足を向けた。

丁字路を左に曲がると、見たところ穏やかな道が続いているように見えた。
ただ───
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 48 音がする。
水が落ちる音・・・いつも洞内に響いていた水滴が落ちる音ではなく、ザーザーと、かなり大きな音で・・・
基本的に静寂に包まれた隧道に、そんな音は激しく不釣合いであり、不気味でもある。
とても嫌な予感がした。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 49
ギャース!(その2)
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 50 「どしゃ降り」の正体はここだった。
天井からは激しい雨のごとくざばざばと水滴が落ちてくる。
そしてあろうことか、ちょうどこの場所にあったらしい支保工はその激しい漏水のせいで見るも無残に腐り果て、崩れ落ち、 滅茶苦茶になって足元にその骸を晒していた。
足元を埋め尽くす木片はどれもこれも全く原形を留めておらず、ちょっと踏めばぐにょぐにょした異様な感触が伝わってくる。

腐った坑木のみならず、足元には崩れ落ちた岩石がごろごろしている。
嫌過ぎる場所だ。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 51 それでも何とかどしゃ降りゾーンを突破し、振り返って撮影(だと思う。ちょっと記憶が曖昧)。何か臭ってきそうな生々しい場所であった。
また、現実的な恐怖としては、あまりにも激しい漏水のために、カメラを構えると確実に水滴が直撃するため、カメラが逝ってしまわないかということが不安であった。
そのため、このどしゃ降りゾーン内ではほとんど写真を撮れなかった。

今でこそこんな有様でも、40年前には整然と並んだ支保工が多くの人々を通していたのだろう。
その暗くとも理路整然とした美しい光景を知っている人が、こんな腐敗し、崩れ落ちた隧道をどう見るだろうか。

4-2 滅び行く雪の中の暗い道

続・松代町の雪中隧道 to the deeper 52 これ以降、隧道に平静が訪れることはなかった。
ひたすらに剥離した天井が足元を覆いつくし、漏水と混じって凄まじいばかりの泥濘となっている。
いつの間にか、人間らしい足跡は一切なくなっていた。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 53 も、もうこのくらいじゃ驚かないぜっ

左側を走る電線は地面に落ち、支保工らしき材木はクタクタになって横たわっている。
右側から迫り来る土砂はほとんど道を塞いでおり、例によってズブズブと足が埋まりながら乗り越えにかかった。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 54 崩落現場を振り返って撮影。
第二雪中隧道は完全に素掘りのままで、支保工以外に補強されているところはなかった。
しかし、ここに来て初めて、コンクリート覆工が現れた。
崩壊の程度を見ても、横穴を境にして表情が一変したことから、地質的に危ういのだろう。

なんとなくアーチ部分が変形しているような気がしないでもない。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 55 覆工部分だけは、さすがに足元は落ち着いている。
足元を覆うのは、落石ではなく砂。
踏むともちろん明瞭な足跡を刻む。
嫌なのは、他に何一つ足跡がないこと・・・
100年物の廃隧道、JR信越本線旧線・米山第八号隧道ですら、最深部まで足跡があったというのに。
地図にも載っていないうえ、そもそも第一雪中隧道と第二雪中隧道内の崩落を乗り越えてこなければならないこんな場所にまで来るような好き者はいないというのか。

・・・一体何十年ぶりの人間だろう。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 56 覆工は第一雪中隧道と同じく、ほんの数メートルのみでその後はまた素掘りだ(振り返って撮影)。
相変わらず崩壊は激しく、さらに水が溜まってしまっている。

4-3 Dead End

続・松代町の雪中隧道 to the deeper 57 ところで───
正直、私はまたここで引き返しを考えてしまった。
目の前に、立ちふさがるものを見つけてしまったから・・・
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 58 も お い や あ゛あ゛あ゛っ

もう滅茶苦茶ですわこの隧道。
数年前の中越地震の影響か、ひどい落盤が何箇所も続く。
ここは最初の崩落箇所よりも土砂量が多く、危うくコンクリートの覆工を塞ぎそうであった。


ちなみに左上の黒い塊は鈴なりの蝙蝠達。
頼むからおとなしくしていてくれよ。
いろいろな恐怖にもめげず、前を目指して土砂に張り付いた。
例によって、足元の土砂にはズブズブと足が沈んでいく。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 59 登りきって、妙なことに気づいた。

「前に、道がない?!」

進むべき道は、なかった。
ただ無機質な岩石があるだけだった。
この大崩落で埋没したかとも疑ったが、前方の土砂の高さは私の身長以下であり、その程度で道が塞がるはずがない。
一瞬、本来隧道内ではありえないはずの「行き止まり」という恐怖がよぎった。
坑道───という、すでに無いだろうと思っていた可能性が、再び脳裏に浮かぶ。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 60 しかし、そうではなかった。
周囲を見てみると、道は、左に、直角に曲がっていた(写真は右側を写した、と思う)。
地中を進むことを放棄したような道・・・これは、そろそろアレなのか・・・?
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閉 塞 確 認 !!
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 62 隧道進入からちょうど20分。
ついに、最終閉塞地点に到達。
少々分かりにくいと思うが、直角に曲がった数メートル先で崩落により完全に閉塞している。
方角的には出口を向いていることになり、この崩落が田沢集落側坑口で見た閉塞の裏側なのかもしれない。
一切光は漏れておらず、また坑道らしき分岐の近くにクランク状の線形があったことから、必ずしもここがそうであるとは断定しかねる。
しかし、時間的にそろそろ到達しても良い頃なのと、ここまで時々剥離しながらも洞内の左側に絶えず併走してきた電線が見えなくなったことから、 本来ならここは光溢れる地上への出口であったと想像される。


いくら電灯が設置されていたとはいえ、その大部分は暗闇に沈んでいたであろう第二雪中隧道。
40年前の今頃、生活のために利用した人々も、少なからぬ恐怖があったに違いない。
はるばる十日町から物資を運び、第一雪中隧道と第二雪中隧道をあわせて600メートルにも及ぶ暗闇を歩き抜いて、 ようやく太陽の下へ、人々の待つ町並みへと解放されたはずの坑口である。
脆い岩塊に埋まった周辺に、当時の痕跡はどこにも無かった。

4-4 足跡

続・松代町の雪中隧道 to the deeper 63 帰りの足取りは速かった。
数枚の写真を撮りつつ、また例の恐怖ゾーンを何度かかいくぐり、行きに要した時間の半分(10分)で坑口に到達。
この時間のほうが閉塞地点までの距離を比較的に正確に表していそうで、だとすると10分で進む距離となればやはり400メートルくらいとなり、 あの閉塞がほぼ出口に一致する。

途中の横穴から外へ出ることも考えたが、はっきりいって廃隧道より外のほうが恐ろしかった(雪崩が)ので、素直に来た道を戻った。
続・松代町の雪中隧道 to the deeper 64 事が前後になるが、第二雪中隧道最深部近くの砂地についた私の足跡を記念撮影してきた。
行きと帰りの、たった一往復分の足跡。
中越地震によって激しく揺さぶられ、安定性を欠いたこの雪中隧道は現在進行形で崩壊が進んでいる。
ここに別の足跡がつくことは、もう無いかもしれない。
闇の呼び声に導かれ、文献の中で語られるのみであった第二雪中隧道を、私は確かに見ることができた。
内部に残る数多くの遺構は、40年前の人々の生活の声を聞かせてくれた。
朽ち果て、崩れ去った内部は、あるいは「時間」という声を聞かせてくれたのかもしれない。

深々と降りしきる雪の中、帰り支度を整えながら、そんなことを考えていた。
[ 07' 11/23 訪問 ] [ 08' 1/11 作成 ]
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