新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 2

概要

新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道の地図 入口前で思わぬ出会いを経験しつつ進入した鹿ノ浦隧道。
正直、コンクリートを吹き付けられた内部には昭和一桁の風情は感じられなかった。

2-1 昭和の痕跡

新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 16 鹿ノ浦隧道西側坑口。

やや奥まった場所にある抗門はなかなか迫力がある。
昭和一桁の竣工だけあって、抗門の重厚さも見事だ。
それだけに、中途半端な封鎖が惜しい。
新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 17 扁額には右書きで「鹿ノ浦隧道」と彫られているが、長年の風雪によってその凹凸は判別不可能の一歩手前まで来ている。
なにしろ、西に向いた斜面の中腹という、日本海の季節風が直撃するような場所にあるのだから、これも致し方ない。
文字の左側のスペースには竣工年などが記載されていたと思われるが、こちらは全く判別不能であった。

ポータルの石組みもだいぶ痛みが進んでおり、たとえこの隧道が十分な幅員があって放棄されなかったとしても、 原型をとどめた状態で供用されることはなかったであろう。

2-2 荘厳なる白の橋の横で、静かに死にゆくかつての道

新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 18 現道が長大な橋で小さな湾を丸ごと越えているのに対し、旧道は崖にへばりついて進む。
この道が放棄された最大の理由は当然鹿ノ浦隧道の狭さにあるが、旧道自体が拡幅も難しいようなところにあるのだ。


坑口前の足元は割と新しいような細かい砂利が敷き詰められていた。
しかし、すぐ先で道は荒れ果てている様子。
わずか数年前までは現役であり、当然舗装もされていた道が、今は見る影もない。
新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 19 舗装は軒並みはがされ、足元は砂利のような土のような・・・
廃道化させるための土砂を盛ったような様子はないが、砂利道はそれだけであっという間に自然に還ることを、私は知っている。
廃道歴3年にして、すでに道には雑草が覆い始めた。
まだ通行に障害が出るほどではないが、舗装を剥がすという事実から見て、隧道と同じく、この旧道区間にももはや人の手が加えられることはあるまい。
新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 20 佐渡地域振興局地域整備部にある現役時代の写真を見てみると、この区間の狭さが痛感できる。
現役時代には安全のためにガードレールなどもあったわけだが、今ではそれらもことごとくなくなっていた。
わずかに人工物らしいものが確認できるのは、崖を封じ込めた法面と路肩だけだ。
その路肩もすでに安定性に欠いている。
この亀裂では、あと一冬も乗り越えられないだろう。
道の崩壊は現在進行形で続いている。
新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 21 そんな旧道と対極にあるような存在の、現道。
白亜に輝くそれは美しくもあるが、どうしても無機質感を感じてしまう。
「秘境」佐渡外海府という地に、この橋は似つかわしくない。

2-3 最後の使命を全うせよ、そしてお前は自由だ

新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 22 湾をまたぐ現道の橋が265メートルもあるのだから、当然その旧道もそれ以上の距離がある。
自転車に乗りなれてくると、この距離でも歩くのはダルい。
鹿ノ浦隧道進入時に人と出会ってしまったので、あまり目立つような行動は控えようと自転車を置いてきてしまったわけだが(MTB担いで、 封鎖された廃隧道に入っていくなんて、正気の沙汰じゃないでしょ?)、今にしてみれば後悔している。
新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 23 隧道から現道との合流地点に向かって歩いているわけだが、進むにつれて雑草の濃さが増してきた。
隧道周辺には真新しい砂利が敷かれていたことから見て、おそらく坑口の封鎖はごく最近のことと思われる。
その作業の関係で、坑口周辺はまだ自然に還りきっていなかったのだろう。

佐渡一周編その1で書いたとおり、この探索の前日には、 某廃道で熾烈な藪に溺れているところを蜂に襲われるという苦い経験をしたばかり。
軽く藪恐怖症になっており、この程度の藪にも正直緊張していた。
秋の廃道は、いろいろと恐ろしいものがいっぱいなのだ。
新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 24 振り返って撮影。

現道のトンネルの坑口上部に、少し拓かれた鞍部があるような気がする。
ひょっとしたら、かつての徒歩道時代、「四十二曲り」といわれた場所なのかもしれない。
新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 25 道は藪ってみたり、消えてみたり。
人の手によって造られたこの道に最後に与えられた使命が、自然の姿に帰ることである。
現道が落橋でもせぬ限り、もはやここに目を向けられることはない。

今のところたとえ自動車でも入ってこれる道だが、すでにここは人の手を離れた。
崖の中腹に刻まれたこの道が、このまま無事な姿でいられる時間は長くはない。
昭和の初めに生まれた道が、消えようとしている。
新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 26 それなりに蜂の恐怖に怯えながらの旧道散歩であったが、もうすぐだ。
その崖の向こうには現道が走っているはずだが、交通量の僅少なこの時期では車の音もない。
新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 27 上の写真のカーブを曲がった先で、舗装が復活。
何とか二車線を確保しているようだが、廃された旧道区間は1.5車線程度であった。
路線バスも通る道であり、現役時代の苦労は想像するまでもない。
新潟県道45号 佐渡一周線 鹿ノ浦トンネル旧道 鹿ノ浦隧道 28 しばらく二車線の舗装路をいくと、現道に合流した。
数度にわたって付け替え工事を行ったらしく、これまた妙な線形をしていた。
しかしながら、その進入路もすでに藪とデリネータによって封鎖されており、もう車道としての役目は終わったことを痛感させる。
その光景に聞こえた声は、車道としての断末魔か、それとも廃道としての産声か。

69年の歴史に幕を閉じた鹿ノ浦隧道と、前後の旧道、そして現道すらも、静かだった。
そういえば、旧道の鹿ノ浦隧道に入るとき、坑口にいた人には「トンネルの中を見て帰って来ます」と伝えた。
もうずいぶん歩いているが、ひょっとして滑落して死んだのかと思われているかも?
自転車も置いてきたことだし、さっさと戻ってさらに北を目指すとしよう。


(佐渡一周編4に続く)
[ 06' 10/1 訪問 ] [ 06' 11/30 作成 ]
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