新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 1

概要

新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道の地図佐渡一周編その3からの続き)


あまりの険しさに、大正時代に進められた道路(海府道=現在の県道)開削工事も後回しにされた鹿ノ浦の区間。
その道は昭和になってようやく手をつけられ、昭和9年の鹿ノ浦隧道の竣工をもって開通した。
もっとも、相川町から進められた海府道の工事が町境まで達したのは昭和40年代のことである。


鹿ノ浦隧道から北に2.3kmほどのところに、南片辺という集落がある。
隧道とこの集落の間もまた難所であり、山越えをしていた徒歩道時代は「四十二曲り」と呼ばれ、恐れられた。
その場所に車も通れるような道ができたのは、鹿ノ浦隧道の竣工と同じく、昭和の初めだ。
かつての山越えの道は廃され、新たに海岸を行く道が造られた。

しかしながら、昭和初期の道は海岸段丘の絶壁の足元を行くものであり、狭く、また落石が多発する危険地帯であった。
そんな道でもつい最近まで供用されていたのだが、平成16年11月、全長1911メートルという佐渡一長い「南片辺トンネル」が開通したことにより、旧道落ちした。
現在ではすでに通行止めとなっており、マピオンの地図からも抹消された。
いずれは消え行く定めの道である。

1-1 南片辺トンネル

新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 1 鹿ノ浦隧道を抜けると、小さな浜辺に出る。
ここが「鹿ノ浦」の地である。
隧道にて難所を克服したが、この先の南片辺集落への道はまだ険しいものだった。
鹿ノ浦は三方を険しい山に囲まれたところであるが、海府道の整備により容易にたどり着けるようになり、現在ではそんなわずかな平地に水田が広がっている。

海抜数十メートルのところにあった鹿ノ浦隧道から、ほぼ海面の高さまで降りてきた。
現道はこの先で件の南片辺トンネルに吸い込まれていくが、旧道はそれを巻くように海岸を進んでいく。
新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 2 南片辺トンネル南口。
さすがにほんの2年前に完成したトンネルだけあって、歩道まで十分な幅のまま続いている。
トンネルはこの先2km近くも地中を行く佐渡一長いもので、中には待避所なども設けられているという。

交通量皆無のこの道ならば、こんな長大トンネルでもさほど苦ではないが、今私が目指すのはこのトンネルではない。

1-2 旧道へ

新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 3 坑口に向かってすぐ左側に、旧道への分岐がある。
しばらくは農道としても活用されているらしく、狭いなりにも人の手ははいっているようだ。
また、現役時代の白線もまだ見える。

分岐からすぐに右に分かれて山に入る道があるが、この道の正体は不明。
ひょっとしたら、かつての四十二曲り時代の道に由来するかもしれない。
右端に写る古びた石塚が歴史を感じさせる。
新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 4 ボロボロのガードレールを横目に眺めながらのんびり進んでいると、すぐに封鎖が。
1メートル四方もある巨大なコンクリートブロックが四つ、道をふさいでいた。
それらは巨大な看板と鉄パイプで結ばれ、ここもまた二度と封鎖が解かれることがないことを暗示する。
鹿ノ浦隧道を含め、大正時代の工事で後回しにされたこの一帯は、平成になっていずれも完全に放棄されたことになる。

ブロックの左側はちょっと自転車では抜けられなさそうだったが、右側には何とか隙間がある。
サイドバッグを両側につけて幅広になった自転車を通すのは困難であったが、何とかブロックを抜けた。
新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 5 放棄後たった2年しか経過していないが、両脇の植物は路面を隠さんとする勢いだ。
ここは舗装がはがされていないため、足元が藪に埋まることは当分はないだろうが。
それよりも、急峻な絶壁の足元にあるこの道は、やがて土砂崩れの中に埋まることであろう。

1-3 自然を売りにした地が、自然を捨てる意義とは

新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 6 尖閣湾や平根崎の波蝕甌穴群ほどではないが、沿道には迫力ある奇岩が連続する。
豪快な岩場は迫り来るように屹立し、透き通った海の色は摩周の湖面すら凌駕する。
かつて観光バスがここを通っていた頃は、絵画の如き美しい光景が車窓に広がっていたはずだ。
今ではそんな光景を捨て、真っ暗なトンネルの中を2kmも進むのだから、この道を捨てたことは観光地佐渡として果たして適切な選択であったのだろうか。
旅とはその場所に到達することが目的ではなく、その過程も楽しめるものである。
沿道の景色を全て暗闇に閉ざし、わけも分からないまま目的地に達することの、いったいどこが楽しいのだ。
新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 7 まあ、この道が近代交通にとって文字通りネックになっていたことは認めざるを得ない。
幅は1.2車線程度しかなく、バスの離合どころか、自動車と自転車でもすれ違うのは困難だ。
垂直に切り立った崖からひっきりなしに起こる落石はいつ落石防護ネットを突き破ってくるか分からない。
拡幅も容易ではないこの辺りでは、昭和初期に開通した当時の面影を残しているといえそうだ。
新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 8 標識の類はあまりない(現役時代からなかったように思える)が、カーブミラーなどが一部残っている。
ただ、それも記憶にある限りこの一箇所だけだった。
新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 9 最初の封鎖から600メートルほどで、二回目の封鎖が現れた。
今度の看板は向こうを向いて立っており、封鎖に挟まれたこれまでの区間が廃道化されることを決定されたことになる。

この封鎖はなかなか強力で、右も左も自転車を通すほどの隙間がない。
しょうがないので、自転車withテント&寝袋を力の限り担ぎ上げ、ブロックを乗り越えることにした。
肩が外れるかと思った。
新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 10 封鎖を境に、二車線の道になる。
崖の足元をいく狭い道では、管理も難しいのだろう。
管理できないとなれば、市道などとして開放することができないのも無理はない。
あの美しい光景を楽しむためには、今後自己責任で行かねばならない。
新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 11 封鎖付近でも、とりあえずその光景は楽しむことができる。
しかしながら、行き止まりになってしまった旧県道に、わざわざ観光客(私のような奇人を除く)が足を運ぶことはなかろう。
惜しい。

1-4 佐渡の魅力

新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 12 旧道は枯れた植物に覆われて・・・ではなく、これは稲藁だ。
誰も通ることのなくなった封鎖場所付近は稲藁の乾燥場になっていた。
新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 13 あまり意識されなかったが、道は鹿ノ浦の浜から徐々に高度を上げ、海岸段丘の上、水面から30メートルほどの高さに出ていた。
この足元の絶壁はもう海岸を行くこともできないほどに急峻なのだ。

外海府全体でそうだが、海岸段丘の上の台地は多くが水田になっている。
ガードレールに掛けられているのは刈り取ったばかりの稲。
刈り取った稲の乾燥には最近ではほとんどが機械が用いられるが、 佐渡ではハサと呼ばれる木で組んだ網目状の棚に掛けて自然乾燥する光景がよく見られた。
本土ではほとんど見られなくなった光景であるが、佐渡にはそれが当たり前のように生きている。
掛ける場所も、ハサに限らずガードレールや橋の欄干など、掛けられるところなら何でも、といった感じだった。
のどか過ぎる光景に、思わず笑顔がこぼれる。

先ほど断崖絶壁の足元で緊張したかと思えば、100メートル進んだだけでこんな光景に変化するのだ。
めまぐるしく移り変わる景色は、旅の疲れすらも忘れさせる。
飽きないところだ。

1-5 現実へ下る

新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 14 段丘上を進む区間は800メートル足らず。
この北にある南片辺の集落は海岸にあり、再び道は海面に戻るべく、下り始めた。

下りの道は当然断崖に張り付きながら、徐々に高度を下げていく。
これまた豪快に崖を削ったようなところであり、迫力満点。
一応二車線になっているが、どう見てもその一車線は一般に見られる幅より狭い。
大型車の離合はほとんどできなかったことだろう。
新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 15 見下ろす海の色がどうしようもないほどに美しい。
いや、海ばかりではない。
海も、岩も、山も、里も、佐渡の地は全てが美しい。
新潟県道45号 佐渡一周線 南片辺トンネル旧道 16 下りきったところで現道に合流する。
自動車は美しくない現道のトンネルに吸い込まれるのみ。
一方で、美しい海岸の景色に続く旧道も、もうしばらくすれば閉ざされる。
そして、真に自然に帰る。
現道を迂回するほんの数kmの旧道には、佐渡の魅力が見事なまでに凝縮されていた。
だがそれも、やがて普通には見ることすら叶わないものとなる。
自然と現代交通は、決して融和できないものなのだろうか。
[ 06' 10/1 訪問 ] [ 06' 12/29 作成 ]
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