新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 3

概要

新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道の地図 もともとは明治時代に竣工したという大倉隧道は、昭和初期に再開された海府道工事により、大きく姿を変えた。
それでも、そこは所詮昭和初期。
現代交通に二車線に満たないその幅員で耐え抜いたが、平成の初めに役目を終え、眠りについた。
まず坑口に立つまでが命がけであるこの場所、封鎖後に人が出入りしたような気配は全くない。

3-1 馬鹿が土の中を進んでいる

新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 27 今のところ立ったまま進めるが、奥のほうでは土砂が高く積まれている場所がある。
前方に明かりが見えることと、距離がそう長くないことで、恐怖はほとんどない。

昭和初期の竣工だが、内部はコンクリートブロックでできている。
半分ほどまで来て、ふと気がついた。
前後の明かりにより意外と内部が明るかったため、進入してもしばらくの間全く気がつかなかった。

「あ、ライト忘れた」






またやってしまった・・・

米山の廃隧道群で数度、シーサイドラインでも一度。
廃隧道を探索しようというのに、その目となるライト一式を自転車のところに置きっぱなしにしてしまったのである。
なぜ私は成長しないのだ。

ここから戻るとなると、あの磯歩きと岩登りをもう一往復することになり、時間的、体力的に相当なロスになる。
戻らなければこのまま明かりなしで進むより他はないのだが・・・
新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 28 私は「Go」の選択肢を選んでしまった。
前に光がなければ決してそんな選択はできないのだが、短いこともあって進むことに決定。

しかし足場は相当悪く、ややくぼんだ場所を照らせないため、そのくぼみの深さが数十センチなのか、数メートルなのかの判別にすら困った。
土砂で封鎖されている以上、まさか突然数メートルの穴が開くとは考えにくいが、どうしてもそのようなくぼみに足を置かねばならないときには、 十分に深さを確認したうえで一歩を踏み出した。


くぼみのみならず、隧道には土砂のほかに鉄材がごろごろしており、これがまた足に絡む蔦のように邪魔をする。
こんな廃隧道を明かりなしで進むのは、自殺行為といわれても反論できない。
新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 29 それでも何とか無事通過できそうだ。写真は出口付近より振り返って撮影。

第一大倉隧道にもあったように、ここも蛍光灯で照らされていたらしく、その設備が今も残る。
また、総じて状態はよく、崩落や漏水の箇所はなかった。
ただし、上記の通りひどい足場に加え、半分より先では土砂が高くなって途中何度も天井に頭をぶつけた。
さらに写真には撮れなかったがコウモリもいる。

3-2 精神の敗北は行き止まりと同義

新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 30 何気にやばい状況だったような気もするが、とにかく貫通には成功した。

第二大倉隧道の出口の先は完全に藪の中。
足元が隧道内部に積まれた土砂の高さとほぼ一致することから、土砂はこの先の路盤にまで積まれたのだろう。
植物の成長できない隧道内部はそのまま残された一方で、青空の下にあるここより先は藪がそこを覆ったのだ。
新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 31 濃密なその藪には何の人の痕跡も認めがたい。
法面の落石防護柵が見えるのみで、足元の藪には踏み分け道すら存在しない。
海側に向かって緩やかに傾斜(土砂崩れの結果)した密な藪は人工芝のスキー場の如くすべり、私を大倉走りの海へと誘う。
新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 32 そしてこれが第二大倉隧道東側坑口だ。
元々土砂がつまれていたところにさらに土砂崩れが発生し、坑口は埋没しかけている。
入り口の坑門はロックシェードに隠されていた上、延伸されていたためによくわからなかったが、 とりあえずこちら側はコンクリートブロックで構成されたそれがよく見えた。
同時期に作られた鹿ノ浦隧道とよく似ている。

現役時代にはやはり狭かったのか、アーチの左側部分だけが集中的に補修されていた。
新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 33 扁額に接近。
東側を向いているために風化を免れたのか、扁額の文字は鮮明だ。
右書きで「大倉隧道」と書かれたその横には「昭和九年二月竣功」と書かれていた。
鹿ノ浦隧道の竣工の二ヶ月前である。
ただ、全国隧道リストではその竣功は昭和7年だったはずだが・・・
どうも、佐渡の海府道における隧道の竣功年については、リストは当てにならない。
新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 31 さて、大倉隧道より先だが・・・
完全に藪に包まれた路盤に一歩踏み出したものの、やはり蜂の恐怖が頭をよぎる。
潅木がないので通行は問題ないだろうが、秋という時期が悪い。
崩れかけた廃隧道より、藪のほうが怖いってのは、一般的には理解されないだろうな。

再び隧道にもぐり、現道から反対側の様子を見ることにした。
新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 34 帰りも当然あの岩場を降りることになる。
廃道と磯がマッチした美しい光景に目を奪われることなく、慎重に現道を目指した。

3-3 汚点

新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 35 現道の大倉トンネルを通り、反対側に到達。
こちら側の旧道へのアクセスは容易で、トンネルの脇から延びる道がそれである。
特に封鎖らしいものもなく、簡単に入ってこられる。
新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 36 舗装はだいぶガレているが、道幅は南片辺トンネル旧道や鹿ノ浦旧道に比べるとそれほど狭くない。 少なくとも、大倉隧道の内部よりは十分広い。

両脇から侵食する植物も、路盤全体を覆うにはまだ相当な時間がかかりそうだ。
新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 37 上の写真のカーブを曲がったところで、第二大倉隧道が貫く岬が見えてきた。
そこをよくみると、岬の先端辺りからゆるやかに高度を上げ、旧道に合流する路盤が確認できた(矢印)。
あれは十中八九、徒歩道時代の道、「大倉走り」の路盤であろう。
明治に放棄されたその道は、岬の西側ではもはや路盤の推定もできないほど風化が進んでいたが、 季節風を遮られる東側ではよく残っている。
新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 38 また、ここからすでに大倉隧道の坑口を確認することができた。
現在位置からはおよそ100メートルほど先にあるが、そこまでの道はことごとく藪と土砂に埋まっている。
まあ、夏場でも進めないことはないと思われ、旧旧道の磯から登攀により旧道に達するようなことをせずとも、 ここから藪を掻き分けて第二大倉隧道に達し、隧道を抜ける勇気があればその先のロックシェードや第一大倉隧道にまで行くことはできるだろう。
新潟県道45号 佐渡一周線 大倉トンネル旧道 大倉隧道 39 大倉隧道をはさんだ旧道のこちら側はなにやら人通りのありそうな気配であったが、それはこの不法投棄のためであった。
なにもかもが美しい島、佐渡に、どうしてこんなものがあるか、私は不思議でならなかった。

旧道はこの不法投棄の山を乗り越え、その先でフェンスによって封鎖されている。
フェンスを境にして人為的に積まれた土砂で埋められているようだが、フェンスには扉がつけられており、 場合によっては開放することもかつては考えていたのかもしれない。
現在はどういうわけかその扉が開放されていたが、元よりフェンスの先の藪に突入するつもりはなかったし、この不法投棄の山に興ざめだ。
ここから隧道の坑口も見え、旧旧道たる大倉走りの路盤も確認できたことでもういいだろう。

釈然としない思いを抱えつつ、旅を続けた。
全線踏破とはいかなかったが、大倉隧道の攻略はこれにて完了。
旧道攻略のために徒歩道時代の旧旧道を駆使するという珍しい攻略になったが、後味の悪さは否めない。
この先の道に期待しよう。

(佐渡一周編その6に続く)
[ 06' 10/1 訪問 ] [ 07' 1/19 作成 ]
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