新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 3

概要

新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道の地図 感動が詰まった戸中隧道。
こんな隧道見たことない。

3-1 感動の(?)遭遇

新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 34 出口より振り返って撮影。
川を挟んだ集落側からは向こう側の光は見えなかった。
そのときは内部で曲がっているか、崩落しているかと思ったが、内部からは一直線に光が見える。
もっとも、その光は出口の光ではなく、谷間の洞窟から入ってくる光なのだ。
その場所へと足を向けよう。
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 30 私が隧道内への再進入を行った横穴の辺りには、このような木片が散乱していた(写真は前回にも示した)。
往時の横穴は板でふさがれていたのだろうか?
廃止後にふさがれた可能性もあるが、少なくとも出入り口の坑口には柱はあっても板で封鎖されたような形跡はなかった。

木材以外にも、錆びきった鎖状の金属片などが見られたが、往時のものなのか、波などで内部にまで運ばれたものなのかは判別できない。
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 35 隧道内から見る横穴。
脱出に利用した"隧道内洞窟"のほかに、横穴は二つある。
どちらも人の行き来は可能だが、少なくとも車では出られない。
"隧道内洞窟"のほうは、適当な設備があれば自動車でも出入りできるだけの規模がある。

横穴を過ぎ、谷のほうへと進んだ。
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 36 この隧道も蝙蝠の住処になっていた。
十数匹はおとなしく寝ているが、数匹ははたはたと周囲を飛び回っている。
隧道内に足跡が全くなかったことから、年のオーダーで人が入ることはなかったと思われる。
彼らにとって、私は久しぶりの来客に違いない。
歓迎されているとは思えないが・・・
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 37 洞窟に到達。
こちらから見ても、その現実離れした光景に、もはや感嘆の声も出ない。
大正7、8年の竣工というスペックだけでももうおなかいっぱいといったところなのに、この隧道内"谷"(往時は隧道内"橋")が存在し、 さらには海岸に向けて開いた横穴から出入り可能というのだから。
佐渡って、すげえよ・・・
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 38 戸中隧道の探索は奥に見える入口から入り、この谷から外に出て、海岸を歩いて"横穴"から再び入ってきたわけだ。
これでとりあえず戸中第一隧道は全区間踏破。
このまま谷の向こう側に戻れればいいのだが、最初にお伝えしたとおり、足元の崖は微妙に深い。
対岸からは右に写る岩を足場にして下に降りることができたが、こちらにはそのような足場がない。
また、飛び降りるには谷底の足元が不安定すぎ、着地に不安が残る。
おとなしく、再進入に利用した横穴→谷→対岸というように戻ることにしよう。

3-2 戸中第二隧道

新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 39 戸中"第一"隧道といったからには、戸中"第二"隧道も存在する。
それは戸中第一隧道へのアプローチに利用した入り江の反対側にあった。
戸中第一隧道の北側坑口からは、戸中第二隧道の入口が見える。
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 40 戸中第二隧道も他の坑口と同じく、柱を立てて車両の往来を防いでいる。
ただ、坑口のすぐ近くが資材置き場になっており、それと関連するのかどうか分からないが、柱の数は他の坑口よりも少ない。
それらの資材とあいまって、坑口付近は非常に歩きにくい。

坑口の頭上、通常は扁額のある位置には、古びた木片が突き刺さっていた。
木製の扁額だったのだろうか・・・
あるいは、隧道に電線が走っていたのは間違いないので、それを吊る設備かもしれない。
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 41 内部に進入。
自転車は例によってテントやらの荷物満載なので担ぎ上げることができず、入り江においてきた。

内部は戸中第一隧道とほとんど変わらない。
豪快な素掘りで、幅員や高さもほぼ同じだ。
当然ながら、竣工年も戸中第一隧道と同じく、大正7、8年である。
ただ、長さに関しては戸中第一隧道が174メートル("隧道内洞窟"を挟んだ両側を含む)なのに対し、この戸中第二隧道はおよそ40メートルしかない。

また、戸中第一隧道で見られた天井の電線を吊ったであろう杭も、戸中第二隧道にはない。
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 42 その代わりに、壁面に一列になってこのような杭が刺さっていた。
電線は天井ではなく、壁に沿って通していたのだろうか?
感電しないのか?
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 43 中ほどより振り返って撮影。
ブルーシートが置いてある(捨ててある?)あたり、戸中第一隧道よりは人の気配を感じるところだ。
足元も落石に加えてゴミが散乱しており、歩きにくいことこの上ない。
中には丸みを帯びた石も散見され、足元の岩塊は必ずしも崩落した岩とは限らないようだ。
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 44 足場が悪く、歩くのには苦労したが、延長40メートルではそれもあっという間である。
わずか1分ほどで反対側の坑口に到達した。

こちらの坑口も柱でふさがれているが、ここの坑口にのみ、立てられた柱と同じ柱が5〜6本、横になって並べられていた。
この坑口の柱の数も坑口全体をふさぐには少ないものだが、横になった柱はそれを補完したとしてもまだ余りある。
戸中第二隧道の入口で外された柱をここにおいているのか・・・?何のために?

ひょっとしたら、縦方向の柱に加え、かつては横方向にも柱で固定されていたのかもしれない。
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 45 戸中第二隧道を抜けた先が、戸中の集落である。
隧道が現役だった頃はこのまままっすぐ集落に向かって道が伸びていた。
現在の県道はこの右側の山を削り、カーブしながら進んでいる。

ご覧の通り、こちらも坑口周辺は資材置き場となっている。
歩きならなんてことはないだろうが、荷物満載の自転車を通そうとなれば、難儀しそうだ。
自転車は入り江に置いてきたことだし、また隧道を通って戻ることにした。

3-3 改良による改悪

新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 46 入り江から現道を通り、戸中集落方向へと進む。
旧道では、南の戸地集落側の隧道が「戸中第一隧道」、北の戸中集落側の隧道が「戸中第二隧道」だが、現道においてそれらの隧道に対応するトンネルは、 それぞれ南が「戸中第二トンネル」、北が「戸中第一トンネル」と、ナンバリングが逆になっており、ややこしい。

短い戸中第一トンネルの出口は、このように崖が迫る急カーブ。
旧道は見通しのよい直線だったというのに、改良を受けた結果、新道たる現道の線形は以前よりも悪くなってしまった。

掘りっ放しの素掘り隧道である戸中隧道であれば、これを導坑にして隧道拡幅という案もあったはず。
それがなされず、わざわざ線形を悪くしてまでも新トンネルを掘削したのは、どうも戸中第一隧道に原因があるような気がする。
というのも、隧道の横腹に風穴が開いたような・・・すなわち海岸にあまりにも近接しすぎており、技術面や保守の観点から、 戸中第一隧道は改良できないと判断されたのではないか。
また、"隧道内洞窟"を境にしてわずかに曲がったその線形は、導坑にもできなかったのかもしれない。
そんな稀有な特徴を持ち、当時はきっと嫌われた隧道だからこそ、逆に今に至るまで生き延びてこれたに違いない。
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道 47 戸中第一トンネルを抜け、振り返って撮影。
こちら側から見ると、なんてことのない素掘り隧道に見える(なんてことのない廃隧道ってのもおかしいが)。
だが決してそれは正しくない。
大正時代に竣工した古き隧道は、この先において、間違いなく一生涯の記憶に残るであろう驚愕の光景を持って私を迎えてくれたのだ。
佐渡外海府に渾名された、"秘境"の二文字は伊達ではない。
隧道内洞窟という光景は私の価値観すらも揺るがした。
廃美を超越したその遺構、そして威光に、佐渡路の真髄を垣間見たのである。
全てをやり遂げたような気さえする。

二日目が始まってから、まだ2時間もたっていないというのに。
現在時刻午前7時40分。


(佐渡一周編その3に続く)
[ 06' 10/1 訪問 ] [ 06' 11/17 作成 ]
前の記事へこれより先の記事はありません
ひろみず http://d-road.sytes.net/ webmaster@d-road.sytes.net
新潟県道45号 佐渡一周線 戸中トンネル旧道 戸中第一・第二隧道123