新潟県道78号 大潟高柳線 未通区間と尾神隧道 2

概要

新潟県道78号 大潟高柳線 未通区間と尾神隧道の地図 うねる隧道を抜け、きつい日差しの中何とか峠を越した。
川谷側とその先、挫折の先に見た板山不動尊をお伝えする。

2-1 尾神隧道以東

新潟県道78号 大潟高柳線 未通区間と尾神隧道 21 隧道より東側、川谷集落側は尾神側よりも道は良く、隧道を抜けた直後から狭いなりにも舗装が始まる。
ほとんどの地図でこの区間も未通とされているが、デリネータも設置されており、未通と呼ぶのはいささか憚られる。
新潟県道78号 大潟高柳線 未通区間と尾神隧道 22 その先はコンクリートのゴツゴツした舗装なども見られるが、このような棚田が見られるようになると農道としての往来が多くなる。

このあたりで通常の区間に復帰するが、こちら側にも特に通行止めや大型車進入禁止といった看板はなく、まかり間違って進入した一般車が、 あの隧道の先の惨状に絶句するようなこともありそうだが。
Uターンどころか、切り返すスペースもまともにないので、入ったからには突っ切るしかない。 自動車での突破は不可能ではないが、あまりお勧めできない。
また、離合可能な場所も一切なく、車両往来は皆無であるとはいえ、ひとたび鉢合わせたとき、 今まで紹介してきた道をバックで進めるくらいの腕は持っていて欲しい。

2-2 板山不動尊

この日の計画では、川谷集落内の県道78号と13号の合流地点から13号をいったん北上し、国道353号を南下する予定であった。 しかし、猛暑と予想外にキツイ登りの連続で気力、体力、そして時間を大幅にロスした私は、このまま78号を南下することにした。

川谷集落から小さな峠を越えると道は下りとなったが、ジリジリと照りつける日差しにペットボトルの水の消費も激しく、 熱中症の黄色信号が点滅し始める。
さらに、旅の格好をしているとよく声をかけられるのだが、日陰で休憩中ならともかく、 焼けた鉄板の上にいるような日差しの中での立ち話は・・・うう・・・


とにかく、一刻も早く水の補給をしなければ、命に関わりそうな気配であった。
地図を見ると、この先に板山不動尊という寺の記号がある。経験上、寺や神社、そして墓地には水道があることが多く、 ひとまずここを目指すことにする。
新潟県道78号 大潟高柳線 未通区間と尾神隧道 23 地図上からはうかがえなかったのだが、板山不動尊はそれなりに観光客向けというか、駐車場やトイレ、水道も完備されていた。
そして、なんとうれしいことに湧き水まであるではないか。
周りの空気は30℃を越える暑さであったが、あふれ出る水は冷蔵庫で冷やしたかのごとくキンキンに冷えており、 浴びれば体中を活性化させるEnergyが駆け巡った。

信仰心に乏しい私であるが、この湧き水で命が救われたとあれば、お礼はせねばなるまい。不動尊を探してあたりを探索してみる。


湧き水の横には登り階段があり、最初はそちらへと足を向けたが、その先はほとんど打ち捨てられたような公園のような広場であった。 うろうろしてみてもそれらしいものは見当たらない。

結局正解は湧き水から左、トイレの裏手を流れる川へと降りた先にあった。
観光客向けとするならば、もう少し案内板を徹底して欲しいものである。
新潟県道78号 大潟高柳線 未通区間と尾神隧道 24 川面には苔むした石垣や杉の大木が並び、厚い信仰の歴史を実感させる。

古道然とした細い道をてくてくと歩いていくと、なにやら見えてきた・・・洞窟・・・?
新潟県道78号 大潟高柳線 未通区間と尾神隧道 25
こっ、これは・・・!
新潟県道78号 大潟高柳線 未通区間と尾神隧道 26 周囲は切り立った崖に覆われ、滝つぼのように直径50メートルほどの窪地となったその中心に、それはあった。
地割れのような低い洞窟の奥には数百もの石仏が並び、中央には本尊の社。

杉の木陰と傍を流れる清涼な川はこの日の猛烈な暑さをも振り払い、辺りには冷厳なる空気が流れる。
否、きっとこの厳かな空気はそんな物理的な物差しでは計れまい。 巨大な岩塊に今にも押しつぶされそうなほんのわずかな空間に、これほどの石造群がずらりと並び、何もかもが圧倒的な力を感じさせる。
まして、このような危うい隙間に幾星霜の長きにわたり鎮座する御仏に、その法力をも信じずにはいられない。

これは・・・すごい・・・

ただただ感嘆の言が漏れるばかりである。
写真ではその迫力をお伝えしきれないのが残念だ。
新潟県道78号 大潟高柳線 未通区間と尾神隧道 27 すぐ横には滝が落ち、おそらくこの滝が長い年月をかけてこの空間と洞窟を形作ったのだろう。
この滝で行を修めた僧も数知れないという。

不動尊の由来はこう伝えられている。
正中元(1324)年、諸国を行脚していた白鳳という行者がここから南にある小さな池のほとりを通ると、水面に金色に輝く不動明王が現れ、 この岩屋に自分を安置するように言った。
行者は御神体を捧持して岩屋に安置し、岩屋が半月に似ていることから「月の岩屋」と名づけ、 自らも近くに寺を建立して不動尊をお守りした。さらに、童子の像を彫って不動尊とともに祀り、これが周囲の石仏群のはじめとなる。
やがて寺の周辺には集落が形成されていったが、元和3(1617)年に起こった土砂崩れにより、寺と集落は壊滅。
わずかに難を免れた2戸が現在の板山集落に移り住み、その後盗難の憂き目もあったが、板山の集落民を中心にこの地を長く守り伝えてきた。


私もこの道中の安全を祈り、この地を後にした。
目指すは、国道253号は儀明峠トンネル旧道、儀明峠である。
洞窟に鎮座する荘厳なる不動尊。自然と頭をたれるような、厳かな空気が漂う。
だがそれは決して圧迫感を与えるものではなく、何か神聖な、離れたくないような気にさせるものだった。

私のような隧道マニアのみならず、付近を訪れた際にはぜひ見て欲しい。これは一見の価値がある。
[ 05' 6/25 訪問 ] [ 05' 11/2 作成 ]
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