国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 1

概要

国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群の地図 国道229号は小樽市から海岸線伝いに江差町まで至る路線で、その長大さもさることながら、多くの断崖絶壁に隔てられた海岸線をいくつものトンネルで通過する路線である。
これまでのレポートでは、豊浜トンネル(乙部町)大森大橋などで紹介した国道で、大平(オオビラ)トンネルはその間にある(ただし、両者とはそれぞれ直線距離で50kmおよび70km以上離れている。)

今回紹介する大平トンネルは島牧郡島牧村にあり、北の豊浜地区と南の永豊(ナガトヨ)地区を結んでいる。
現場の海岸線は国道229号の他のレポートにあるような切り立った岸壁であり、明治時代には山越えすることが一般的であった。
大正11年から12年にかけ、山越えを避けるべく海岸線に多くの隧道が穿たれたが、これは大正8年に準地方費道江差岩内線が制定されたことと関係しそうだ。
1.5kmにも満たない海岸線に存在する大正隧道の数は、なんと15本にも及んだという。
これらは近くの集落の名を取って永豊隧道と命名され、1〜15号まで存在した。

思うに落石などで通行できない時期が相当あったと思われるが、大掛かりな改修工事はごく一部に限られたようで、道路史に再び登場するのは昭和30年代になる。
昭和28年、準地方費道を基にして二級国道小樽江差線に指定されたことがその契機であろう。
国道指定後まもなく一連の大正隧道の改修工事が行われ、いくつかの隧道は覆道で連結するなどして、昭和30年代の後半には公式には7本の隧道とされた。
7本の隧道があった時期はそう長くなく、さらなる改修工事が続いた結果、昭和40年代には4本に減っている。
こうした改修工事もむなしく、落石による通行止めは頻繁に生じ、時には1ヶ月以上も通行不能となることもあったという。
抜本的対策として山側に長大トンネルを設けて現場を迂回することが検討され、平成元年9月、現道である大平トンネル(延長1100メートル)が完成した。


大正時代の隧道(現道の旧旧道)や、昭和30年代の隧道(現道の旧道)はその後どうなったのか?
・・・あるんですよ、それが。
ビックリするカタチで・・・



(執筆に当たり、カントリーロード(リンク切れ)様のレポートならびにトンネルデータベースを参考にさせていただきました。)

1-1 大平隧道

国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 1 今年の冬は長い。
私の住む札幌近辺では雪解け水で路面は濡れており、泥除けのない私の自転車ではとても走れる状態ではない。
そうはいっても、4ヶ月もの冬眠を過ごしてきた身としては一刻も早く自転車で走りたいのである。
3月の北海道でもかろうじて快適に走れるのは海沿いに限られ、こんなところまで自転車を積んだ車でやってきた。
・・・のだが、海沿いでも除雪されていないところはいまだに雪に埋もれており、廃道に自転車を持ち込むことは難しかった。
そのため、探索は全て徒歩となってしまった・・・


レポートは大平トンネルの北口、豊浜地区からはじまる。
写真は旧道に入って振り返って撮ったもので、旧道敷きは駐車場になっている。
このあたりは海水浴場になっており、トイレも完備されて夏にはさぞ賑わうことだろう。
こんな寒々しい時期に訪れていたのは、若干の太公望たちだけであった。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 2 旧道は当時から存在した橋を以って大平川を渡る。
旧隧道群はこの橋の向こうだ。
橋の手前に車両進入禁止の標識があるが、歩行者の通行は禁止されていない。


現在の島牧郡島牧村は、かつてはこの大平川を境にして西を西島牧村、東を東島牧村として分かれており、昭和31年に両村が合併して誕生した。
隧道や一連の旧道が含まれるのは西島牧村である。
合併当時、村役場を東に置くか西に置くかで揉めており、結局それぞれの言い分と共に知事に一任することとなった。
当時、東西を結んでいた旧道といえば、大正時代の隧道や岸壁をそのまま通る危うい道であり、東西どちらに役場があっても、西または東の人間は役場に向かう度に危うい道を通らなければならなかった。
知事に提出した意見書には「むこうに役場を置くと、こんな不都合があります!だからぜひウチのほうに置くようにお願いします!」といった主張がなされているのだが、不思議なことに東西を結ぶ動脈でありながら交通のネックになりそうな旧道に関する言及は一切無い。
私だったら、「向こうに役場があったらこんな危険な道を大勢の人が通行することになる!」とか主張するけどなあ・・・
実際、役場との交通の便が悪いことで分村した例もあるわけだし。

ちなみに、合併に関しての意見書において、旧道の改築を要望している。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 3 橋からまっすぐ山にぶつかった場所にあるのが、大平隧道だ。竣工は昭和35年というなかなかの古株。
当時の旧隧道は徹底的にコンクリ封鎖される中、こんな目立つ場所にある隧道が金網による閉鎖だけですんでいるのは奇跡というよりほかない。
金網にある看板には、立ち入り禁止の文字と共に「島牧村」と書かれていることから、旧道落ち後に村に移管されたのだろう。
平成8年の豊浜トンネル崩落事故以後の過剰なまでの安全対策が始まる以前のことというのも大きい。


イントロで述べたとおり、この旧道には大正時代に由来する旧旧道がある。
果たして旧道たる大平隧道の前の道はどこにあったのか?
その答えはもう少し後に登場してもらうことにしよう。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 4 なにせ現地では旧旧道の存在自体を認識していなかったからだ。
やっぱり、机上調査は後からやったほうが現地での探索が楽しいので。


金網を乗り越え、大平隧道に侵入。
ボロボロになった隧道はさすがに年代ものだ。
なかなかないよ、北海道には。

劣化は激しく、天井がめくれているようなところもあった。
現役時代の照明が天井に残されており、いつ落下してくるかわからない状態は気が気でない。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 5 大平隧道の延長は96メートル。
一直線でもあり、通過はあっという間。
反対側の坑口は封鎖されておらず、またさらに先の隧道もすでに見えている。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 6 反対側には銘版も遺されていた。
石に彫られた銘版はまた味があって良いね。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 7 大平隧道永豊側坑口。
その意匠は国道229号に数ある(あった)昭和30〜40年代の隧道と同じく、台形をしたコンクリートのポータルに、飾りだけのアーチと要石を彫り込んだもの。
明治から続く意匠に富んだポータルが、現代の何の意匠もないシンプルなポータルへと移り変わる過渡期を示しているようで面白い。

1-2 永豊1号隧道

国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 8 さて、隧道あるところに旧道あり。
岸壁に隧道があれば、探すべきはその海側である。
大平隧道から海側を見てみると、道とはいえぬほどの平場がある。
見ようによっては平場ですらないかもしれないが、とにかくそこに進むだけの平地があれば、突き進むのが私のやり方だ。
時折膝まで埋まる深い雪の中をズボズボと進んでいった。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 9
もはっ!!
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 10 ありましたよ・・・
旧旧道が・・・

大平隧道から分かれて歩いたのはほんの数十メートルといったところで、それほど離れていない。
不思議なのは、豊浜側から大平隧道に入るとき、旧旧道たるこの隧道の坑口が全く見当たらなかったことだ。
・・・おそらく、出口は埋没しているのだろう。
実際、洞内に出口の明かりは見えない。


なお、後の机上調査により、この隧道が永豊1号隧道であることが明らかになった。
竣工は大正12年である。
レアです。

その中身といえば・・・
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 11 う〜ん、筋金入りって感じやね・・・

コンクリートブロックで補強されつつも、それはゲロを撒き散らしたかのように汚れている。
足元には粉々になった木片と得体の知れない金属製の何かが散らばっている。
奥のほうでは崩落も起こっているじゃないの。
たまんねえおっかねえ。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 12 ともかく、入れる以上は入る。というか、閉塞地点がどうなっているのかが気になる。

外から入ると、雪目になっていた目にはこの隧道はあまりにも暗かった。
ようやく目が暗闇に順応してくると、閉塞地点はあっさり視界に入る。
しかしそこまでの道が・・・なんだこれは。
異様過ぎる。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 13 まず足元に散らばるオレンジ色の物体。
これは漁具・・・おそらくカニ籠だろう。
これが何十個も放置されていた。
なかなか海らしい廃隧道じゃないか。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 14 コンクリートの覆工は入口から10メートル足らずで終わり、その代わりに現れたのはおおよそ道路トンネルに似つかわしくない覆工だった。
しかも、よく見ると木製である。
木製の覆工なんてほとんど見ることはなく、ましてや何かのパズルのように精緻に組み合わされたアーチには驚愕の一言。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 15 隧道の崩壊を防ぐという役目において、精緻に組み合わされた木製の覆工と、コンクリートや鉄製の覆工で強度に違いがあるのかどうかは知らない。
ただいえるのは、どちらにせよ放っておけばこうなるということだ。

覆工の一部は崩壊し、多量の岩石が隧道内に積もっていた。
こうなると、組み合わされた木片はもはや凶器でしかない。
不安定そうな元覆工やその上にある岩石は、その下を通らねば閉塞地点にたどり着けない私の足を止めかけた。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 16 それでも足を進めて天井を見上げると、そこにはもう覆工の用を成さないものがくっつくだけだった。
むき出しの岩盤が隙間から顔を覗かせており、素掘り隧道と変わらない有様だ。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 17 これだけ手間をかけて(全部手作りの)覆工を作ったわりに、足元はむき出し。
幅員は2メートルくらいで、車が通るにはかなり厳しい隧道である。
そんな隧道でも、昭和28年から昭和35年の新道(大平隧道)切り替えまで、二級国道であったことは間違いない。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 18 「うおっ!」
思わず隧道内で声を上げてしまった。
たどり着いた閉塞部分を見ていたら、変な生き物がその崩落面を横切ったのである。
一瞬立ち止まってこちらをうかがうその姿は、紛れもないタヌキであった。
どうもお邪魔しました。


ちなみに、太平トンネルが口をあける豊浜集落の向こう側には、貉(むじな)川という川がある。
よくよくタヌキと縁がある場所なのか。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 19 閉塞地点は土砂で埋まっている。
天井には異常が見られず、また光が漏れていることから、出口側から土砂を押し込められて封鎖されているようだ。
光が入ってくる穴は小さくはないが、覆工が邪魔してあそこまで到達することは不可能。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 20 振り返って撮影。

延長は50メートル・・・ないかな?
記録によれば、永豊1号隧道の延長は56.5メートルだそうな。
光が漏れている以上、すぐそこが出口なはずだが、現在の延長は記録上のそれよりも短そうだ。
出口側は不自然に造成されたような地形が広がっていることから、その造成工事によって隧道の一部が切り取られたのかもしれない。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 21 出口はたぶんこの写真のどこかにある(左端に写っているのは大平隧道豊浜側坑口)。
一応貫通はしているので、斜面を探せばどこかに穴が開いていることは間違いない。
穴ぼこだらけの旧道の旅は始まったばかり。
はじまったばかりにしてこんな隧道だというから恐れ入る。
私はあといくつの大正隧道に溺れることができるのだろうか?!


永豊隧道群、残り14/15。
[ 12' 3/23 訪問 ] [ 12' 4/5 作成 ]
これより前の記事はありません次の記事へ
ひろみず http://d-road.sytes.net/ webmaster@d-road.sytes.net
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群12345