国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 2

概要

国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群の地図 永豊1号隧道と濃密な時間をすごした後、さらなる大正隧道を求めて道を進む。
ワクワク。

2-1 旧隧道 in 旧旧隧道

国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 22 永豊1号隧道を発見したのは、「隧道あれば旧道あり」の法則に基づいたものだった。
当然、永豊1号隧道に対する旧道(現道基準に言えば旧旧旧道)も疑ってかかるのが探索者のあるべき姿なのである。

隧道入口から海側を向いてみると、そこには確かに道が続いていた痕跡がある。
大平トンネルのパンフレットには旧道を含めた詳細な地形図が描かれており、それにもこの道が描かれていた。
しかしながら、イントロでも述べたように、大正時代以前は山越えの道であり、ここは旧旧旧道ではない。
ここからしばらく進んだ後、絶壁の波間に消えていた。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 23 永豊1号隧道から道の先を見ると、すでに次の隧道が明らかだった。
長い覆道が付属した隧道は昭和38年竣工の汐見隧道である。
そして、覆道が断崖に突っ込むその隣に、真っ黒い窪みがあるのがお分かりいただけるだろうか。
あれこそ、大正時代にできた永豊2号隧道である。
両者はきわめて近接しており、並んでいるというより融合しているといったほうが正しい。

ふたたび深い雪の道を戻り、二代重なった隧道へと急ぐ。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 24 汐見隧道豊浜側坑口。
延長は40メートルと短く、出口も見えている。
この延長には覆道部分も含まれているらしく、地山をかぶった本来の隧道の延長はその数分の一だ。


隧道に入らずにその右を進めば、旧旧道である永豊2号隧道に行ける。
しかし、先ほど遠目から見たところ、覆道には横穴がいくつも開いており、そこから旧旧道にアクセスできそうだった。
わざわざ雪を掻き分けていくこともあるまい。
まずは汐見隧道のほうに入ってみる。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 25 その前に銘版チェック。
うむむ、この銘版はさっき見た大平隧道の大理石製の銘版とは違い、金属製だ。
しかも、扁額は「汐見トンネル」と書かれており、「大平隧道」と書かれた大平隧道のそれとは時代構成が違う。
何より、銘版に書かれた竣工年は1972年、すなわち昭和47年であり、机上調査の数字とは10年近い隔たりがある。
勘のいい方はお分かりかと思うが、これは昭和40年代に改修工事が行われ、隧道の数が7本から4本に減らされるときのものである。
昭和42年のトンネルリストでも延長は40メートルとあることから、改修される前から覆道は設置されていたことが伺える。

よく見るとポータルの意匠も大平隧道とは微妙に異なっており、大平隧道には飾りとはいえ要石があったのに対し、汐見隧道には飾りすらも無くなった。
これもトンネルがどんどん無意匠・シンプル化していった時代の流れを如実に表しているようだ。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 26 中身の劣化具合も大平隧道とはえらい違いだ。
たった10年足らずの差でここまで違うのは、使われたコンクリートの質にもよるのだろう。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 27 分厚い覆道のコンクリートの壁に開けられたいくつもの横穴。
外からは土砂やら雪やらが流入してきているが、ここが旧旧道たる永豊2号隧道への短絡路。
外へ出てみた。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 28 むおっ、素掘り!!

覆道を出た先はそのまま隧道の中へと続いていた。
なかなか経験したことのない位置関係である。


そしてこれまた、大平隧道の旧道たる永豊1号隧道とは様子を異にしていた。
1号はコンクリートや木製の覆工で補強されていたものの、ここは掘りっぱなし。
そして、覆工による断面積の減少を考慮に入れても、両者の断面積は大きく違う。2号の直径は1号より一回り以上大きい。

思うに、大正時代に出来上がった当時の断面積は永豊1号隧道に近いものだったのだろう。
その後、1号隧道が巻き立てによって補強されたの対し、2号隧道は拡幅を受けたものと思われる。
拡幅という改築が行われた証拠は後の机上調査で明らかになる。
それはこの先にある大正隧道の写真によるもので、後に報告しよう。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 29 規模はなかなかに大きく、幅高さ共に5メートルくらいありそうだ。
目立った崩落はないが、入口から出口まで天井を走る一条の亀裂が不安。

資料によれば、永豊2号隧道の延長は21メートルで、大正12年竣工である。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 30 振り返って撮影。

坑口を覆道によって狭められる姿はシュールだ。
よく残ってたな・・・
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 31 反対側の坑口も健在。
やっぱり亀裂が不安。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 32 永豊2号隧道の永豊側坑口から旧道の先を写す。

左に見えるのは汐見隧道が出てきたところに付属する金属製の覆道だ。
コンクリート製、木製、金属製、石製と、バラエティに富んだ道路構造物が連続する。

前方にはまたもや昭和時代の旧隧道と、それに融合した大正時代の素掘り旧旧隧道が見える。
それぞれ、昭和のものがわすり隧道(昭和37年竣工)で、大正のものが永豊3号隧道(大正12年竣工)である。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 33 先へ進む前に、汐見隧道を見てみよう。
古びた金属製の覆道はもうボロボロで、浮き出た錆が痛々しく見えた(そして美しく見えた)。

注目したいのは、こちら側の坑口には飾りとして要石があったことである。
さらに、大平隧道にあった大理石製の銘版もこちらには遺されており、昭和37年竣工と書かれていた。
こちら側の坑口に関しては、改修工事を免れたのだ。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 34 ほへ〜、絵になるねえ・・・
今日日、こんな廃隧道は貴重ですよ。
こと北海道に関してはなおさら。
坑口は密封されるし、覆道は根こそぎ撤去される。
果たしてそれにいくらお金をかけているのか。
使わなくなった道路をどうこうするより、現役道路の除雪頻度を上げるとか融雪剤を撒くとかしたほうが良いでしょう。
使わなくなった道路は「管理していない」道路なんだから、構造物を撤去したかどうかにかかわらず、そこに入って事故れば本人の責任なのだから。
豊浜トンネルの事故後、管理怠慢として訴えられたことが尾を引いているんだね・・・


写真では背中を向けているが、現役当時の標識も健在だった。
この標識は40km/hの速度制限の標識。
これまた貴重である。

2-2 わすり隧道と旧旧隧道

国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 35 廃美な隧道にいつまでも浸っているわけにもいくまい。
つか、この先にもこんな隧道がどっさり待っているはずなのだ。


次の旧道はわすり隧道。
大理石の銘版には昭和37年竣工とある。これも改築を免れて当時からのままの姿だ。
延長は75メートルあり、これまでの隧道の中ではもっとも長い。

わすり隧道の右に見えるのが大正12年竣工という永豊3号隧道だ。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 36 わすり隧道にも入口に短いコンクリートの覆道が付属しており、その横穴から外に出ると、やはりそこが旧旧道へのアプローチ。
永豊3号隧道もやや扁平な素掘り隧道となっていた。

記録による延長は5.5メートルであり、実延長もそれくらいだろう。
この隧道の代わりとして造られたわすり隧道の延長75メートルには到底届かず、出口の先はどうなっているかというと───
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 37 もいっちょ隧道ktkr!

あれが永豊4号隧道だ。
わすり隧道が地中を進むのに対し、永豊隧道群は忠実に海岸線をなぞる。
絶壁の麓の極めて狭い平場にかろうじて道が造られていた。
困ったのはその絶壁からの雪崩により、全体的に海側に向かって傾斜していることだ。
路肩の先は落差10メートルほどの絶壁で海に落ち込んでおり、転倒したりすればそのままドボン。
なにより、路盤が崩落して雪の下が中空(いわゆる雪庇)になっていないか、慎重に確認しながら歩く必要がある。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 38 残雪さえなければなんてことのない道であっても、この時期は危険が多い。
3号隧道と4号隧道の間の明かり区間は10メートルにも満たない短い距離だが、結構緊張した。


4号隧道も無事に貫通している。
記録によれば、延長は28メートルある。
なるほど、ちょっと長いぞ。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 39 内部は多少の落石を除けば、おおむね状態は良い。
永豊1号隧道がちょおっとビビるほどに崩れ去っていたのに対し、2号から先の素掘り隧道は安定している。
1号にのみ覆工で補強されていたように、1号が貫通する地山だけ地質的に不安定な場所のようだ。
2号以降が拡幅工事を請けた際にも、本当は1号も拡幅したかったのだろうが、地質的な問題から拡幅よりも補強という選択がなされたものと想像される。


ただこの4号隧道、低いところでは高さが2メートルくらいしかないように思える。幅員も3メートルはなさそう。
はたして、ここを自動車が通れたのかどうか、はなはだ疑問である。
無理ではないだろうが・・・昭和37年まで、一応国道229号だったんですがね、この隧道も。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 40 永豊4号隧道を抜けると、これまで地面の中を進んでいたわすり隧道が出てきた。
こちらがわにもコンクリート製の覆道が付属しており、開いた横穴から内部に入れそうだ。

さらに、わすり隧道の先にはまた隧道が見えている。
あれこそ、昭和30年代前半の7本の隧道のうち4つを統合したという、鷹の巣隧道である。
この隧道は大平トンネル旧道を代表するような隧道であり、いくつもの謎と、いくつもの有益な情報をもたらした。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 41 鷹の巣隧道はちょっと置いといて、まずは今通ってきた永豊4号隧道と地面から出てきたわすり隧道をよく見よう。

写真は永豊4号隧道を振り返って写したもの。
岸壁に刻まれた狭い道と、その先の狭い素掘り隧道。
かつては当たり前だったこんな光景が、いまや別世界の光景に見えてしまう。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 42 旧旧道は旧道の覆道に接続する。
覆道から中に入り、わすり隧道を写す。

今のトンネル基準で言えばせまっくるしい隧道でも、素掘りの永豊隧道群に比べれば大通りのごとく広々としている。
この隧道ができた昭和37年当時、さぞ輝かしく映ったことだろう。
いまや自分が引導を渡した永豊3号と4号の隧道共々、波間に眠っている。
国道229号 大平トンネル旧旧道 永豊隧道群 43 わすり隧道永豊側坑口。
ここの銘版も大理石製で、扁額には「わすり隧道」、飾りの要石も備わっていた。
こちらのポータルも竣工当時と変わっていない。
汐見隧道、わすり隧道、永豊2〜4号隧道の配置
この路線は旧道と旧旧道の位置関係が複雑なため、汐見隧道とわすり隧道、ならびに永豊2〜4号隧道の配置を示す(ただし、縮尺の関係で模式図にさせていただいた。下の太いラインが旧道を示し、赤い部分が隧道、オレンジ色が覆道を意味する。旧道から上に分かれるラインが旧旧道を示し、赤い部分が隧道を意味する。)。
いくつもの大正隧道や昭和隧道を吸収合併した鷹ノ巣隧道は、これに輪をかけて複雑になる・・・
すでに現道と分かれてから1時間を経過していた。
それでいて探索できた大正隧道は4本しかない。
この先倍以上の数があるというのに、大丈夫かこんなペースで?
つかレポート的にこのペースであと何回になるんだ?(汗


永豊隧道群、残り11/15。
[ 12' 3/23 訪問 ] [ 12' 4/21 作成 ]
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