国道229号 大森大橋と大森トンネル 1

概要

国道229号 大森大橋と大森トンネルの地図 国道229号は北海道小樽市から日本海に沿って積丹(しゃこたん)半島を回り、江差町にいたる一般国道である。
積丹半島の海岸線は切り立った断崖が続き、半島一周道路が全通したのは実に平成になってからであった。
しかし、全通したとはいえ国道は断崖絶壁の下を行くもので、落石や土砂崩れが頻発(あの豊浜トンネル崩落事故もこの国道である)、 さらに悪天候のときは越波のために頻繁に通行止めになるため、現在でも各所でルート変更による改築工事が進められている。

今回紹介する神恵内村大森から神恵内村柵内までの区間は大正9年に準地方費道(本州における県道)入舸岩内線として認定されたが、ここにまともな陸路があったわけではない。
この区間には高さ100メートルを越える断崖が直立し、また険しい山に阻まれ、往来は船によって行われていた。

そこにようやく陸路が開削されたのは戦後になってからである(調査自体は昭和7年に行われていたが、戦争により中断)。
昭和22年から調査が行われ、海岸線を避けて山に入る道が計画された。
昭和24年には工事開始、27年には道道に認可され、いくつかの隧道を経て昭和41年に柵内までの道路が完成した。

戦前の調査を含めて実に24年の歳月をかけて完成した柵内までの道路であったが、雪崩や落石が多発し、結局周辺住民は船に頼らざるを得なかった。
そして完成からたった7年後の昭和48年、自動車道路には不適合な箇所があるとされ、早くも新道の建設が始まったのである。
新道は海岸の断崖にトンネルを穿ち、また海に橋を架けるなど、非常に大掛かりなものになった。
大森大橋はそうした改良工事の中、昭和55年から昭和60年にかけて建設された。

足掛け半世紀にも及ぶ工事の結果、ついに安心して通れる道ができた───誰もがそう思ったことだろう。
しかし、近代的なその道に終止符を打ったものは、きっと誰も想像しなかったものだった。
それはなんと台風

平成16年、その都市の世相を表す漢字一字として「災」の字が選ばれたように、この年は新潟県中越地震を含め、多くの災害が日本各地で荒れ狂った。
このうち北海道に大きな爪あとを残したのが、台風18号である。
猛烈な暴風を伴った台風18号は日本の北の果てである北海道に至ってもなおその勢力を衰えさせず、平成16年9月8日、 決して古くはない大森大橋は異常な暴風と波浪により、橋脚を残して落橋。
全長429メートルあった大森大橋のうち、159メートル区間の橋桁が三つに粉砕されて落下したのである。

その迂回路としては先述の昭和41年に完成した旧道の活用も検討されたが、現役時代から「自動車道路には不適格」とされた道が数十年も放置された後では用を足さず、 柵内から大森方面に行くには、積丹半島を大回りしなければならなくなった。
被災後、24時間体制・休日返上で復旧工事が行われ、3ヵ月後の12月10日、残った橋脚を利用した仮橋が完成し、仮復旧する。


───ここまでが、現地探索以前におおむね私が知りえた情報である。
「仮復旧が3年前のことだから、今では立派な橋に架け替えられているだろうな」
そう思い、落橋という歴史だけが残ったピカピカの"新"大森大橋を見るべく、現地に向かったのであった。

だがしかし!!
そこで見たものは私の想像をはるかに超えた、衝撃の現実・・・ッ!!!

1-1 大森大橋を求めて

国道229号 大森大橋と大森トンネル 1 積丹半島は道外の人間にはあまり有名ではないかもしれないが、前述した断崖絶壁の光景と「積丹ブルー」と呼ばれるほどの真っ青に澄んだ海の色で知られる観光地で、 そこを一周する国道229号は住民の生活道路であると同時に観光路線として重要視されている。
その一方で、断崖に穿たれた隧道群(昭和30〜40年代のものが多い)はいずれも非常に狭く、また崖の直下を通って危険であったため、改良されていないところはないといっていい。
豊浜トンネルをはじめとした崩落・落石事故で多くの死者を出した路線でもあり、廃隧道はことごとく密封されているのみならず、旧道自体が有刺鉄線つきのフェンスで封鎖されていたりする。

・・・佐渡の項でも考察したが、こういった封鎖が景観というこの地にしかない観光資産を潰していることにならないだろうか?
国道229号 大森大橋と大森トンネル 2 大森大橋の探索は南側、すなわち大森集落側から柵内集落側に向けて行った。
写真は大森集落近くで撮ったもの。

写真の右で山に登っていく道がある。
現在は工事のために封鎖されているその道こそが、昭和41年竣工の旧道である。
峻険な海岸線を避けて登っていく山道にはいくつもの隧道があり、それらはいまだ封鎖されずに生き延びているとも聞く。
できればそちらも探索したかったのだが、今私が乗っている自転車にはテントや寝袋が積まれている上、真夏でも防寒具などを満載した"北海道装備"が災いし、 あまりの重さに車止めひとつ担ぎ上げられない状態になっている。
倒木も越えられないこの車重では、廃道探索は不可能と言わざるを得ない。
無念だが、ここの旧道探索はあきらめた。
国道229号 大森大橋と大森トンネル 3 旧道の分岐から700メートルほど先にはトンネルが二つ並んでいた。
どちらのトンネルにも扁額には「大森トンネル」とあり、左が大森大橋と同時期に竣功したもの、右は平成18年に竣功したばかりの新トンネル(便宜上、新大森トンネルと呼称)だ。
旧トンネルとはいっても昭和60年にできたばかりなのだが、すでに新トンネルの竣功に伴って密閉封鎖の準備が始まっているらしく、入り口の看板には 「古いトンネルをふさぐ工事をしています」とあった。
この先に大森大橋があるはずなのだが・・・
国道229号 大森大橋と大森トンネル 4 は?
「トンネル内出入り口」ってどゆこと?

1-2 謎多き新大森トンネル

国道229号 大森大橋と大森トンネル 5 去年できたばかりなだけあってピカピカで内部も明るい。
しかし、銘版には延長766メートルとあった割には長すぎやしないか?
なんだかよくわからないトンネルだ。
国道229号 大森大橋と大森トンネル 6 銘版の延長と実際の延長が異なるのは明らかで、入洞から6分(自転車の速度だと1.5kmくらい)走り続けても、ひたすら地中を進むのみ。
トンネルはまだまだ終わりが見えず、全体で数kmの延長があることは確実だ。

ただ、この場所で内部の雰囲気が変わった。
非常駐車帯のように左側に膨らみ、断面積自体は二倍ほどにまで広がっている。
その一方で、壁面の施工は他と比べるとあまりにもお粗末で、「工事中」臭がプンプン漂う。仮設らしい白色の明かりもまた妙だ。


・・・「二倍の広さの断面積」「工事中のような雰囲気」そして入り口にあった「トンネル内出入り口あり」。

ま、まさかここが・・・っ!?
国道229号 大森大橋と大森トンネル 7 ヤバイ!!!
振り返れば奴がいる!!!

振り返るぞ振り返るぞ、いちにのさんで振り返るからな!
国道229号 大森大橋と大森トンネル 8
おごぼぁああぁっっ!!!!
国道229号 大森大橋と大森トンネル 9 ト、
ト、
トンネル内分岐!!!!

現役の国道229号のトンネルの中で、別のトンネルが分岐している!!
左のオレンジ色のトンネルが今私が通ってきたトンネル、右側のトンネルは青く光っているが、実際には明かりはついておらず、外からの光でこう見えた。
そう、左のトンネルが延々地中を進むのに対し、右のトンネルはすぐに外に通じているらしい。

どこだ?右はいったいどこに出るんだ?距離からして、少なくとも旧大森トンネルではないはずだが?
国道229号 大森大橋と大森トンネル 10 やはり工事中らしく、表にもあった工事の看板がここにも掲げられていたが、思いっきりお盆期間のど真ん中のこの日、周辺に人影は全くない。
それでも封鎖は強固で、自転車では越えられそうにもない。
ことによると長旅になりそうだが、ここは好奇心が勝った。
自転車は分岐地点においておき、柵越えにかかる。

1-3 ギネスもの?

国道229号 大森大橋と大森トンネル 11 柵を越えた先には、廃美とは異なる不思議な光景があった。
どこか現代芸術のような、アーティスティックでメタリックな白と黒の世界。
な、なんなんだここは・・・本当に廃道なのか・・・?

現道との位置関係から察するに、海側に近いところを通っていた旧トンネル(今いるトンネル)に代えて、あの長い新大森トンネルを掘削し、内部で合流させたことは想像できる。
だが、その説でもっとも奇妙な点が、旧トンネルたるこのトンネルがあまりにも新しいことだ。
まるで使われた形跡もないような、あるいは実はこっちが新トンネルなんじゃないかとすら思える、現代的なトンネルなのだ。
国道229号 大森大橋と大森トンネル 12 振り返ると、柵の向こうに国道を行き来する自動車がけたたましい音を伴いながら右へ左へと走っている。
現道を走っていてもすぐに目に付くこの分岐、さらに、モロに工事中の区間ということもあって(実際に封鎖準備などの工事が着手されている様子はない)、あまり長居はしたくない場所だ。

写真では明るく見えるが、実際には明かりの消されたトンネル内は手元もよく見えないほどに暗い。
国道229号 大森大橋と大森トンネル 13 分岐から出口までは緩やかに右にカーブを描きながら、100〜200メートルほど続いている。
つやつや光るその姿、どうみても「老朽化のためルート変更」とは思えない。
国道229号 大森大橋と大森トンネル 14 ・・・なんというか、初めて見る光景だ。
もちろんこの場所に立ったのは初めてなのには違いないのだが・・・なんかこう、「類似した光景を見たことがない」とでもいうか。
「照明や非常通報装置など、トンネルの機能が完璧に備わっているのにもかかわらず、明かりがついていない」 というのが、実に非日常的な感覚を生み出す。
今まで私が訪れた廃隧道のように、設備が朽ち果てた中での闇というのは、ある意味「自然」な光景である。
このトンネルはそれが真逆で、設備が生きているのに明かりがない、それが妙なのだ。
言語では表現しにくいが、一番近い表現は「怖い」かもしれない。
国道229号 大森大橋と大森トンネル 15 出口にあった銘版を見て、私は再び仰天した。

「ウエンチクナイトンネル?おいおい、私が潜ったのは大森トンネルだぞ?」
いやいやそこではない。 2005年3月竣工。 ここだ。

洞内分岐地点にあった「古いトンネルを塞ぐ工事をしています」の看板において示された、「古いトンネル」というのはここ、 わずか2年前にできたばかりのトンネルを指していたのだ。

やはり、このトンネルは老朽化のために放棄されたのではなく、それどころか完成したばかりにもかかわらず、坑口から数百メートルの区間を放棄しようというらしい。
一部区間ではあるとはいえ、完成から放棄までの期間の短さでは、おそらくここより短いところはあるまい・・・その命、わずか2年だ。
国道229号 大森大橋と大森トンネル 16 当然わいてくる疑問、それは「なぜわずか2年で放棄されてしまったのか?」
賢明なる読者諸君はすでに想像されているかもしれない。
しかし、現地の私は事ここに至っても尚、放棄の理由どころか、このトンネルの正体も、この先の道も、何一つ分からずにいた。
めったなことでは事前調査もせず、「とにかく行ってみれば分かるだろう」いつもそんな調子だからだ。

写真はトンネル出口から先、大森集落側を写す。
周辺には工事用の資材や詰め所があり、やがてこれらの資材が私が今通ってきた道を封鎖し、あのトンネル内分岐を跡形もなく消すだろう。
もちろん分岐のみならず、坑口も封鎖されるに違いない。

その、たった2年で使命を終えることになったウエンチクナイトンネルの坑口とは、いったいどのようなものかな。
振り返った。
国道229号 大森大橋と大森トンネル 17
なんすか左の
心臓に悪いよ、この道・・・
[ 07' 8/15 訪問 ] [ 07' 8/31 作成 ]
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