国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 3

概要

国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群の地図 男はロマンを求める。
ロマンがあれば、見えないものも見えてくる!!
見える・・・ああ、旧豊浜トンネルの坑口が・・・っ!!

3-1 旧豊浜トンネルの正体とは

旧豊浜トンネル推定1
埋没した坑口は図のとおり、地すべり地帯の北の端付近にあった。
坑口はやや北に向いており、線形的に考えて、隧道は南に向かい、現在の豊浜トンネルの南側坑口と接続していたものと考えられる。
二つの坑口をつなぐように旧豊浜トンネルの経路を考えると、次の図のようになる。
旧豊浜トンネル推定2
細部はいい加減だが、坑口同士を"自然に"つなごうとすると、こうなる。
だが、このように結ぶと、旧豊浜トンネルの延長は600メートルを少し超えるくらいとなり、町史における「延長746メートル」には誤差を考えても遠く及ばない。
というわけで、無理やりこの延長に当てはまるように経路を考えてみた。
次の図を見てほしい。
旧豊浜トンネル推定3
無茶というな!

あなどるなかれ、このように結んでみると、地図上では延長760メートル程度となり、ほぼ史書のとおりとなるのである。
そしてこれはまさに現豊浜トンネルの横坑的な存在となる。
現豊浜トンネルに直交して接続する地点は現豊浜トンネルの中間地点に近く、延長1270メートルもある現豊浜トンネルに横坑を穿つのならば、まさにこの位置がベストなはずだ。
すなわち、旧豊浜トンネルの設計段階から現在の豊浜トンネルを完成形と見越して掘削され、横坑と南側坑口で暫定的に開通させ、続いて北側坑口を完成させた後に、横坑を封鎖したのだろう。

一応、スジは通ってる・・・よな?

3-2 豊浜トンネル折戸側旧旧道

国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 33 地すべり地帯の旧旧道はほとんど痕跡がなくなってしまい、ここから北に向かって路盤をたどることが難しくなってしまった。
そのため、旧道に降りて現豊浜トンネルを抜けて北に向かい、北側から旧旧道をたどることにした。
瓦礫峠を越えて北に向かうという選択肢はありませんでした。


ちなみに旧道を戻りながら新たな発見を求めて探索したりしたが、やはり先ほどの埋没坑口のような痕跡は見当たらなかった。
国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 34 やってきました旧旧道の折戸側入り口。■現在地
うっかりして現道の分岐点の写真を取り忘れており、ここは分岐から少し行った所。ここまでは私道なのか、砂利道で現役である。


山の北側斜面を登っていくことになり、その登り口から早速残雪に覆われていた。
この日は自転車ではないものの、この雪は後々まで私を苦しめることになる。
国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 35 山並みに向かって九十九折で突き進む道。
すでに用途廃止されて久しいらしく、藪が一面を覆っている。
国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 36 一方で、何か測量をしている痕跡があり、ところどころにビニールテープでマーキングされていた。
こんな雪の道にも人が入っており、いくつもの足跡が山の斜面に向かっている。
ただ、足跡が向かう先は旧旧道ではない。
本来の道路はここを右に曲がっている。
国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 37 まっしろ・・・

あんなにあった足跡を見送ると、この冬には人も動物も入っていないであろう雪の路盤になった。
靴は短靴で水はしみる。
今年の初探索は水没こそしなかったものの、「足がずぶ濡れ」という点ではここ数年と同じ傾向だな・・・
国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 38 振り返って撮影。
海から急激に高度を上げるこの場所は津波の避難場所に指定されているらしく、標識には高さ23メートルとかいてあった。
探索日は東北の大震災から10日後であり、あのときの光景が思い起こされる。
・・・10日前に、この場所に人が来たような形跡はないのだけれども───
国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 39 道の痕跡自体は明確で、雪が解けたところには車の轍も残っていた。
わずかに乾燥した地面を求めて歩く。
靴の中はとっくに"雪びたし"であり、そんな行為も意味はない。
国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 40 残雪の深さは結構なもので、時折脛まで埋まってしまうほどだ。
崖っぷちを進むときなどは雪庇になっていないかどうかよく確認して歩いた。
実際のところ、路肩の崩落や覆いかぶさる土砂崩れはほとんどなく、雪さえなければ歩くのに支障はない。

3-3 歴史に残らぬ山津波

国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 41 旧旧道の入り口から約15分。
折戸集落から登ってきた電線が合流した。
旧旧道の用途はこいつの保線だろうか。
だとするとこの先は───
国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 42 逝ってました。

どこかで見たような光景である。
そうだ、豊浜側からアプローチして、地すべり地帯で道を見失った光景と同じなんだ。
・・・すなわち、この先の旧旧道探索はほぼ絶望的ということである。
国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 43 道の痕跡は全く無く、足元には縦横無尽に亀裂が走っている。
ここにも、山津波と呼ばれた地すべりが発生していたのである。
亀裂はかなり深く、深さ2メートルくらいあるものも見られた。
この場所はちょうど瓦礫峠の上あたりであり、峠を中心とした一帯が土砂に埋まっていたのは、この地すべりが原因だったようだ。
国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群 44 この場所にも測量をしているような形跡があり、このあたりの地質調査でも行っているのだろう。
犠牲者を出して歴史に記録された豊浜山津波に加え、その現場の北にあるこの場所でも大規模な地すべりが発生している。
この状況から見ても、この一体は常に崩壊が進んでいる地形といえる。

仮に旧豊浜トンネルが上の想像図どおりのルーティングをしていたとしたら、こんな地すべり危険地帯を通っていたことになる。
「旧豊浜トンネルは本来の豊浜トンネルの横坑に一時的に開通したものである」という仮説もむべなるかな。
旧道は通してはいけない場所であったのだから。
豊浜トンネル旧旧道探索範囲 豊浜側と折戸側のそれぞれの地すべりによって道は消失しており、中間部分(旧旧道の白い部分)の探索は行えなかった。
そういった意味では旧旧道の探索は完遂したとは言えないものの、そもそもの探索の目的であった旧豊浜トンネル坑口については、自分なりの答えが得られたんじゃなかろうか。
それが史実の坑口と一致するかどうかは、また別の話なのだ。
あの坑口疑定地・・・
掘っちゃだめスか?
だめスよね・・・
[ 10' 8/14 訪問 ] [ 12' 3/22 作成 ]
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