国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 1

概要

国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ!の地図 (このシリーズは国道229号 豊浜トンネル旧道 豊浜山津波と隧道群の続きです。)

数々の謎を孕んだ豊浜トンネルの旧道。
前回に旧道を歩いた結果、明らかになったのはいくつかの旧隧道の現況のみであった(1号残存、2号残存、3号開削消滅、4号開削消滅、5号埋没、6号開削消滅、7号埋没、8号埋没)。
レポートに入る前に、国道の歴史を簡単におさらいしてみよう。

昭和37年: 豊浜3号〜4号隧道間で、豊浜山津波発生。死者行方不明者11名。
直後  : 旧旧道に接続する階段を設置し、徒歩交通を確保(仮復旧)。
時期不明: 旧道の土砂を除去し、旧道の自動車交通を確保(本復旧)。
昭和39年: 「ルートを変更してトンネルを設け」た(乙部町史下巻より。旧豊浜トンネル開通?)
昭和48年: 「同トンネルは後年、さらなる整備のため工事が進められた」(同上)。現在の豊浜トンネルが開通。
昭和50年以降: 旧道周辺が採石場となり、旧隧道が開削される。

最大の謎とは、旧豊浜トンネルの存在である。
昭和39年に開通した旧豊浜トンネルの延長は、町史によれば746メートルであったと記録されている。
旧豊浜トンネルは「後年、さらなる整備のため工事が進められ」、昭和48年に現在の豊浜トンネルとして開通した。
現在のトンネルの延長は1270メートルもあり、そのスペックは単なる旧トンネルの改築では済まされない開きがあることから、現在とは全く異なる場所に坑口が開いていたことが想像される。
しかしながら、旧豊浜トンネルを今の世に伝えるのは町史のたった一文だけであり、旧道を歩いたときには一切痕跡を認められなかった。
自然の崩落に加え、採石場として徹底的に地形を改変された現状では、痕跡を見出すことは難しいかもしれない。

それでも残る一縷の望みは、旧旧道の存在である。
旧旧道は明治時代に端を発するといわれ、昭和26年に海岸に8つもの隧道を穿ち、平坦な道路が完成するまで現役(準地方費道江差岩内線)であった。
そんな旧旧道は、上記のとおり、事故直後の仮復旧時に一部が復活している。
旧豊浜トンネルが、旧旧道側に口をあけていたとしても、不思議なことではあるまい。


溺れる者は藁をも掴む。
手がかりがあるのかないのか、それすらも行ってみなくてはわからないのだ。
行けばわかるさ!

1-1 旧旧道のアプローチ

国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 1 前回のラストで「旧旧道の探索は改めて行うことにした」と書いたが、部分的には旧道探索時に行っている。まずはそのときの様子からお伝えしていこう。


写真は豊浜側の現/旧旧道分岐点。
現在の豊浜トンネルの手前500メートルの地点から、山肌を登っていく。
国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 2 豊浜の集落はその山肌にわずかな平地を切り開き、家を建てたもので、狭い家並みの中を旧旧道は延びていた。
漁村といえど広々としているところが多い北海道では異質に見え、どこか本州らしさを感じる。
勾配は10%を楽に超えるような強烈な登りで、自転車でその狭い道をフラフラと登っていった。


現道からの分岐地点から400メートルほどのところで砂利道に変わり、同時に右には林道が分かれていく。旧旧道は直進だ。
林道が分かれた直後に荒廃することは良くあることだが、見たところ道の様子は順調に延びている。
国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 3 豊浜の集落には平地がほとんどないため、農業を行うには山を登ったこんなところを利用しなければならない。
そこへのアクセス路として、旧旧道もまだ活用されているらしい。
本州では少し山に入ればこういった小規模な農地はいくらでも見られるが、北海道ではそうそうお目にかかるものではない。
道の雰囲気も、里の雰囲気も、どこか落ち着くこんな風景が私は大好きだ。
国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 4 旧旧道は2トンの制限標識のある小さな橋で川を渡っていた。
こりゃもしかして・・・
国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 5 木橋じゃないか!
まさか旧旧道が現役の頃のものではなかろうが、なんでこんなところに味のある木橋があるんだ?
親柱はなく、文字情報は得られない。
ごとごととレトロな音を立てながら、自転車でわたってみる。
国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 6 ただ、残念なことにこの木橋は訪問から半年の間に消滅してしまった。
左の写真は平成23年3月に撮影したもので、味のあった木橋はガードレール付の暗渠に造りかえられている。

あのガタゴト感と、こけたら川に転落しそうな感じが、結構楽しかったんだがなあ・・・
国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 7 川を渡り、旧旧道は再びグネグネと登っていく。
勾配は急だがまだまだそこらの林道レベルで、登っていて楽しい。
きついペダルを踏みしめる足にも自然に勢いがつく。
国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 8 む・・・

この道、地形図にもない分岐が多い。
中には藪に埋もれた道が分岐しているところもあり、それらは本来の旧旧道で、車が通れる部分に関してはそれなりにルートを変更しながら改良を加えられているらしい。
写真の場所では、@左に土の道、A正面に草の道、B右に砂利の道が分かれていた。
線形的にはどれもありえる道である。
旧旧道はどれでしょう?
国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 9 正解は@の土の道でした。
今までの道の続きは、Bの砂利道が正しい。
旧旧道は明らかにランクダウンし、この道の終点がどんな状況なのかを嫌でも想像させる。


すでに現道の高度を優に越え、崖っぷちの見晴らしの良い高台に出てきた。
草木の緑と海の青が入り混じった、爽快な風が周囲を踊っている。
暑さも、この先の道への不安も、いろんなものを忘れさせてくれる。
いい雰囲気だ。
国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 10 崖っぷちから望めば、そこは現道の豊浜トンネルの真上だった。
中央右に写る隧道は豊浜1号隧道だ。
ここから見ると、隧道が貫く岩山を真っ二つに割って現道を通した様子が良くわかる。
中央に現道、右に旧道、左の山肌に旧旧道と、三代にわたる道がここでだけ一堂に会している。
国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 11 山腹に沿ってうねる旧旧道。
高台に出て、勾配もほとんどなくなってきた。
一昔前の道とはまさにこうであったと主張するように、緑と土の道が延びている。
この光景は、明治時代にこの道が生まれたときから、戦後すぐに現役を退いて今に至るまで、そう変わったものではないだろう。
かつて準地方費道江差岩内線を名乗った当時の姿はきっとこんな姿であったに違いない。
国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 12 さらに行くと、山の緩やかな斜面に農地が切り開かれていた。
雰囲気的に私有地っぽい感じがして、今いち居心地は悪い。
作業中らしく、山のほうから人の声も聞こえる。
国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 13 現道の分岐点から1.3km、上の写真にある畑で道路は終了。
黒いソファーが路盤を塞いでおり、旧旧道の存在意義は先の畑までの作業路としてであった。
この先にも明瞭な路盤が続いており、50年前の山津波の現場はここからもう少し行ったところにある。
路盤こそ続いていることはわかるが、ソファーの向こうには激しい藪が見え隠れしており、旧道の藪の海を泳いできた今では、あれ以上の藪を漕ぐ体力が残っていなかった。
畑のほうから人の声もすることだし、この日の探索はここまでとして、また改めて探索を行うこととした。

1-2 ソファーゲートから先へ

国道229号 豊浜トンネル旧旧道 旧豊浜トンネルを探せ! 14 上の探索から半年以上を過ぎた平成23年3月21日。
藪に包まれた旧旧道においては、雪解け直後が最も探索に向いている。
雪は程よく解け、視界も良好だ。
果たして、町史にのみ語られる旧豊浜トンネル坑口が、この明治の道の先に存在するのだろうか───
これからたずねようとする旧旧道は、少なくとも一度、豊浜山津波の発生によって寸断されている。
その後の短い期間、国道の代替手段として、徒歩による連絡によって復活していたことは間違いない。
あわよくば、車道として旧豊浜トンネルが口をあけていた可能性もあるはず・・・
[ 10' 8/14、11' 3/21 訪問 ] [ 12' 2/11 作成 ]
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