国道253号 儀明峠トンネル旧道 儀明峠 3

概要

国道253号 儀明峠トンネル旧道 儀明峠の地図 数々の不運に見舞われながらも、激藪に埋もれた道を突破、ついに峠へと達した。
峠の先は儀明へと下る道。峠に農地が広がっていることから、この先は現役のようだ。
この道の締めくくりには、それにふさわしい石碑が建っている。

3-1 儀明峠

国道253号 儀明峠トンネル旧道 儀明峠 29 峠は平坦で、「コレ!」といった感じは乏しいのだが、今立っている地点が儀明峠だ。
峠は旧大島村(現上越市)と旧松代町(現十日町市)の境にあたるが、それを示すものは無い。 まあ、事実上袋小路の国道旧道であれば必要ないだろう。
忘れていたが、旧道にはそれを示すものは法面施工くらいで、看板の類は一切残されていない。

車道開通は昭和に入ってからだが、徒歩道としての峠の歴史は古く、日本海の塩を運ぶ道として古来より重要な道であった。
とはいえ、峠越えの難所でもあり、頂上には薬師如来像が安置され、旅人は道中の安全を祈願したという。
古い地図ではこの付近に社殿の地図記号があるが、現在の地形図には載っておらず、どこかへ移設されたのかもしれない。 移設されたとすれば、薬師像直下で湧き出たという大山温泉の近くだろうか?
国道253号 儀明峠トンネル旧道 儀明峠 30 峠の向こうはコンクリートの舗装でグネグネと下っていく。
眼下には峠名の由来となった儀明の集落と、美しい棚田が見えてくる。
本当に、この周辺は美田が多い。 先の中越地震で山古志村の棚田が壊滅したと聞くが、日本の原風景はまだまだ生きていた。
国道253号 儀明峠トンネル旧道 儀明峠 31 その棚田の間を縫うようにして切り開かれた旧道。今では完全に農道だ。
国道253号 儀明峠トンネル旧道 儀明峠 32 大平側の旧道口に比べ、儀明の集落は100メートルも高い位置にある。そのため、峠の前後で距離はかなり異なり、 峠から儀明までは路面状況の良さもあって、あっという間に現道に合流する。
儀明側の現道との合流地点は線形的に疑問が残るが、古地図でもここで合流していたように記されている。
国道253号 儀明峠トンネル旧道 儀明峠 33 合流地点からやや進むと、今通ってきた峠越えの開削に尽力した、小堺翁の碑が静かにそびえる。
裏面にはその功績を讃える碑文が刻まれ、儀明と沿線集落の車道にかける想いが伝わってくるようである。
私自身も翁への敬意と感謝の意を込め、以下にその全文を掲載する。


    碑文

国道二五三号線は 元県道十日町
直江津港線であったが 昭和二十八年
主要地方道となった 儀明大平間
約七粁は車も通れない道路であったので、
小堺元一郎翁は二級国道昇格 竝に
改良に全力を尽され 関係部落有志と
一致協力して 積極的の運動を
推進し遂いに 初期の目的を達成
するに至りました 翁の功績を
永く讃える為め茲に記念碑を建てる

        昭和四十七年七月
山間に取り残された集落にとって、車道の開通はまさに死活問題であったことだろう。
その道が車道として生きた期間はわずか20年余りではあったが、そこにはきっと、 小堺翁と周辺住民の願いが詰まっているに違いなかった。
[ 05' 6/25 訪問 ] [ 05' 11/2 作成 ]
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