国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 1

概要

国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠の地図
このところ雪中隧道を中心に松代町にスポットを当てているが、今回もまたこの町が舞台になる。
松代町の東の端、かつては松代町と十日町市の境となっていた、国道253号薬師トンネル旧道、薬師峠だ。


国道253号は新潟県上越市を起点としてほぼ真東に進み、松代、十日町を経て旧六日町の国道17号(291号と重複)まで延びる67.8kmの一般国道である。
上越市東部や十日町市、六日町の山岳地帯・豪雪地帯を突き進む路線で、かつては長期間の冬期通行止めを余儀なくされた道でもある。
現在の国道は、松代町には儀明峠を越えて入り、沿道に雪中隧道を見ながら町内を横断し、薬師トンネルを抜けて十日町へと出て行く。

国道として指定されたのは高度経済成長の時代に入ってからであるが、歴史的経緯は相当古い時代にまで遡ることが出来る。
国道の前身となった道は中世から「松之山街道」と呼ばれた道で、日本海沿いの北国街道と関東往来に重要な三国街道とを結ぶ役目を持っていた。
現在の国道253号はこの松之山街道に沿う形で存在している。

近代に至り、全国で人の動きが活発になってくると、新潟と関東地方を結ぶ道の重要性はさらに高まり、遠回りな三国峠越えの道(現在の国道17号)に代わり、 明治18年、三国峠よりも東側に新たに清水峠を越える新道ができた(現在の国道291号)。
おそらくこれと連動しての出来事であろう、翌明治19年に松之山街道は「県道大島線」として議決された。
もちろん、馬車の通れない当時の街道をそのまま使うわけではなく、その年から新たな道路開削工事が始まり、工事費四万八七九八円を以って明治21年に松代町地内の工事が完了した。
その後、大正9年には「十日町直江津港線」と改称され、昭和30年には「主要地方道直江津十日町線」に指定される。
順調に道として"昇進"していく一方で、この頃の本路線は十日町市との重要な連絡路でありながら、 ほとんどが未舗装で冬期交通は絶望的な状態であり、雪中隧道が建設される遠因ともなった。

主要地方道に指定されてから5年後には早くも国道昇格運動が始まり、その結果として昭和40年には念願かなって一般国道253号線として認定されるに至った。
国道に指定されても、豪雪地域の山岳地帯では各所で雪崩の危険が付きまとい、それらがすべて解消されるのは相当時代が下ってのことである。


今回紹介する薬師峠も、そんな冬期の交通を確保するため、峠下にトンネルが掘削された結果生じた旧道のひとつだ。

明治に生まれ、いまやうち捨てられたその峠道の現在は・・・たぶん、今までのレポートの中で、"廃道"という言葉が最もしっくりくる道だった。
少なくとも、自転車を担ぎこんで進もうとする意味では・・・

1-1 つかの間の旧道サイクリング

国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 1 今回のスタート地点も、JR飯山線十日町駅。
探索は11月であるが、ちょうど一ヶ月前にもここからスタートし、第一雪中隧道の探索を行ったのだった。
山がちなこの地域では、冬の交通を確保すべく、数々の改良工事が施されている。
当然、興味を引く旧道がいくつも存在する。
国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 2 前回の道程と同じく、十日町市街から国道253号に乗り、山の中へと進んでいく(写真は10月のもの)。

十日町側から見て、薬師トンネルまでにあるトンネルは吉田、鐙坂、名ヶ山と、三つ存在する。
吉田トンネル(平成10年竣工)の旧道は市道として現役、鐙坂トンネル(昭和57年竣工)の旧道がこの写真で、電線の保守用途があるらしく、ほぼ現役である。
国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 3 名ヶ山トンネル十日町市側坑口で撮影(これも10月のもの)。
坑口は右奥にあり、左に曲がっていくのがかつての道らしい。

旧道の入口は整備され、なにやら真新しい建物が建っている。
看板には「十日町市斎場」とあった。
国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 4 ・・・道路自体は封鎖されているわけではないので、人気がないことを確認して進入。
名ヶ山トンネルは昭和60年竣工で、状況によっては筋金入りの廃道になっていてもおかしくない。
看板に「この先災害発生のため通り抜け出来ません」と朱書きされた一文がより一層の恐怖をあおったものの、結局向こう側まで自動車でも楽に通行できる道であった。
沿道に水田があり、このために農道として活用されているらしい。


ここまでの道は準備運動にもならない平凡な道。
問題の薬師トンネルとその旧道は、名ヶ山トンネルを抜けたすぐ先に待っている。

1-2 30年前の長大トンネル

国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 5 (ここから本探索時の写真)
名ヶ山トンネルの旧道を進んでいくと、やがてトンネル松代町側坑口の上部をかすめ、反対側へと出られた。
足元に延びる二車線の道が国道で、写真に写っているトンネルが問題の薬師トンネルだ。

旧道はこのまま目の前の集落(名ヶ山集落)に向かっていくことになるが、その前にトンネルの様子を見ておこう。
右に写るスロープを降りた先、十字路になった旧道と新道の合流地点は・・・
名ヶ山トンネルと薬師トンネルの間
「クレイジーすぎる!」
名ヶ山トンネルと薬師トンネルの間は、100メートルも無い。
両トンネルともまずいことに入口が曲がっており、中の様子が見えない=車の接近が全く分からない。
ほとんど音を頼りに渡るより他はないのである。

なお、この合流地点が十字路になっているのは、それぞれ左折専用なっているためだ。
それでも危なすぎ。
国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 6 今回攻略することになる薬師峠は、この薬師トンネルによって葬られた道。
よほど峠の道が危険だったのか、竣工は昭和53年で、一連のトンネルの中ではもっとも古い。
だが、今回問題なのは古いことではなかった。
次に示す銘版を見て欲しい。
国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 7 なげえ・・・

その延長は2,305メートルもありやがった。
ひょっとして竣工当時には、一般国道としては全国でもトップクラスの延長だったんじゃないか?

1-3 薬師峠

国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 8 旧道は現在の国道と平面交差することなく、名ヶ山の集落を抜けてひたすらに峠を目指す。
十日町からいくつものトンネルがあったが、それらはいずれも雪崩危険地帯を避けて地中に穿たれたものであり、尾根を越えるものはひとつしてない。
唯一、薬師トンネルだけが、峠下を進んでいる。
したがって、ここまでずっと登り坂だ。
傾斜はさほどでもなく、十日町駅からの距離もそれほど遠くないので、ひいひい言うようなところは今のところない。
国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 9 薬師トンネルの坑口から約1.6kmは県道として現役だ。
その県道は峠直前で旧国道と分かれ、左に折れていく。
県道にはしっかりデリネータが並んでいるのに対し、右側の旧国道はもはや一車線も確保できないような狭い道になってしまった。

もっとも、この県道もまともな道ではなく、平成15年発行の地図には「通行不能」と書かれ、ここよりも手前には自動車通行止めの看板が立っていたりする。
国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 10 それまで道を保証していてくれた県道が分かれてから100メートルも行かずに、標高365メートルの薬師峠に到達。
平成の大合併以前は、この峠が松代町と十日町市の境界になっていた。
現役時代にはそれを示す標識などもあったかもしれないが、周辺にはそれらしいものは全くなく、旧道落ちして早々に取り払われたのだろう。

なお、ここはかつての松之山街道とは異なり、明治時代に新たに開削された部分だ。
街道は尾根を伝うように進んでいた。

県道と分かれてからも、短いながらも沿道には農地が存在し、道としては問題がなかった。
しかし、峠の直前から路面には落ち葉が堆積し始め、道の脇にはぽよぽよと雑草が茂ってきた。
・・・嫌な予兆だ。
国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 11 やっぱり〜(泣)

峠を越えて右にカーブを切った直後、小規模な土砂崩れによって道のほとんどが塞がれた挙句、その先に待っていたのは終わりの見えない薮の道。
この様子だと・・・麓まで続いているだろう、この薮は。

ここから現道との合流地点までは、まだ2.5kmくらいある。
その間分岐なども一切なく、途中でエスケープは絶望的だ。
国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 12 今はまだ乗車しても進めるが、この薮はもう完全廃道に到達できるレベルなのは匂いで分かる。
路面はすっかり土砂と薮に覆い隠されてはいるが、水の流れに現れた部分を覗いてみると、確かにこの場所も舗装されていたらしい。
放棄されたバイクすらももう埋もれかけていた。
国道253号 薬師トンネル旧道 薬師峠 13 です、壁。
下り始めて50メートルも進んでないうちに、ついに自転車をはじく壁にぶち当たった。
ここから先はもう二度と乗車可能なところはないだろう。
時刻は午前10時前。
わずか2.5kmに3時間以上をかけた、戦いの幕開けだ。
明治時代に県道として開削され、昭和の頃には国道として活躍すること10数年。
廃道として過ごした時間も30年近い。
道としてのかつての姿を取り戻すべく、突破を試みる。
[ 07' 11/17 訪問 ] [ 08' 1/30 作成 ]
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