国道289号 点線国道八十里越 [前編] 1

概要

国道289号 点線国道八十里越 [前編]の地図
地図上の車道終点の手前1.5km地点。
新潟県側最後の工事地点である9号トンネルの工事現場より先は、今までの工事用道路とは明らかに違う、ヤバイ状態になってしまった。
まだ全体の四分の一にも満たないというのに、果たして自転車でいけるのだろうか?

1-1 明かされた林道の正体

国道289号 点線国道八十里越 [前編] 22 「聞いてないよ〜」

いまや聞かれなくなったそんな流行語が頭の中でこだまする。
だってあと数キロは車道のつもりでいたんだからさ。

しかし、工事用道路としての使命がない区間では、車道として存在する意義などないのは当然であって。
ともすれば、工事終了後は全区間に亘ってこうなってしまうことも考えられる。
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 23 一応登山道としての往来はあるらしく、両脇には背丈並みの雑草が生い茂るが、何とか足元の道は鮮明だ。
ゲート前に数台の自動車が駐車していたことからしても、古道八十里越のアプローチとして、比較的利用頻度は高い。
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 24 それでもかつてはここが立派な車道であったことは、苔生したコンクリート製の擁壁が物語っている。
「旧車道の廃道」であることは間違いなく、とあれば私の領域とも言えるのだが・・・この先車道としては行き止まりであることを考えると、脇に抱えた自転車が憎い。
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 25 国道としてはこのまま稜線を越えて福島県入りするわけだが、その元となった林道は山腹半ばで行き止まりである。
林道は昭和33年、"三条と只見を結ぶ自動車道"の一環として開削されたわけで、おそらく構想としてはさらに延伸して県境を越えることも考えられていたはずだ。
それが途中までしか延びていないのは、必ずしも「途中で挫折した」わけではない。
なぜなら、その林道の終点にはかつて、丸倉鉱山という鉱山があったからだ。
丸倉鉱山についての詳しい情報はほとんどなく、いつからいつまで操業していたのかもはっきりしないが、林道開削の理由のひとつに、この丸倉鉱山の資源活用が挙げられている。
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 26 車道としての体裁をとどめるのは比較的勾配が抑えられているという一点のみ。
道はほとんど藪に覆われ、いたるところに発生した土砂崩れ・路肩の崩落は徒歩の往来すら危ういものにする。
道幅30cmのがけっぷちを、自転車を担ぎ上げながら越えてゆく。
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 27 しかし、こんなガチンコ登山道になんと橋が残っていた。
かつてここがまぎれもない車道であったことを示す数少ない物証のひとつだ。

道は自然に還る一歩手前だっただけに、こんな橋が原形を留めていたことがむしろ不自然に思えた。
橋の向こう側と橋の上の対比を見てほしい。

1-2 酷道

国道289号 点線国道八十里越 [前編] 28 廃道と決定的に違うのは、自転車の往来を妨げるような潅木がないことだが、土砂崩れや崩落で狭まった道はやはり進みにくい。
足元には鮮明な一条の踏み跡があるとはいえ、自転車を横に従えて通れるほど広くはなく、自転車か自分は藪の中を無理やり進む羽目になる。
朝露に濡れた植物のためにまるで雨に打たれたかのようにぐっしょりだ。


ああそうそう、ひとつ忘れてた。
こんな成りしてるけどここ、現役の国道291号だった。
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 29 事実上の点線国道(地図上じゃまだまだ車道)に入ってから約30分、距離はちょうど1kmで、二つ目の橋に到達。
これまた車道規格で、地形図に描かれた車道が確かにそうであることを証明している。
しかしこれ、昭和33年竣工にしてはちょっと新しくはないか?
欄干代わりにある支柱は錆びまくってこそいるものの、先ほど工事用道路区間で見た昭和30年竣工の岩菅橋とはずいぶん様子が異なる。
親柱がないのでなんともいえないが、後年に架け替えられたもののではないだろうか?
つくりからすると、昭和50年前後か?
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 30 相変わらず車道としてはひどい道になってしまったが、徒歩道としてならばそう問題のあるところではない。
自転車に乗れないのは主に路面に石や木の根が存在するため、技術がなければ転倒する危険があるためである。
また、たまーに道の状態が良くなって乗車できたりするのだが、それで調子に乗っていると突然目の前から道が消えたりするので要注意。
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 31 三度橋に遭遇。
二つ目の橋からここまでは比較的道は良い(もちろん登山道として)。
しかしこの三つ目の橋は今までの橋で最も危うい。
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 32 半分崩れてますな。

取り付け部分が抉り取られ、橋げたの基礎部分が丸見えになっている。
同様の症状が対岸側にもあり、いつ落橋するかも分からない有様だ。
さらにこの橋、他の橋に比べて水面からの高さが高く、迂回は非常に難しい。
ここが落ちたら、点線国道が本当の廃道になるかもしれない。

1-3 登山国道の始まり

国道289号 点線国道八十里越 [前編] 33 三つ目の橋を渡った直後、それまで何とか旧車道をトレースしていた踏み跡が突如として方向を変え、脇の斜面に突っこんでいく。
写真では分かりにくいかもしれないが、かなりの急斜面であり、明らかに車道を放棄し、別のものを目指している。
ここが、車道の終点。本当の意味での"登山国道"が、ここから始まる。


国道として車道の終点はこの場所なのだが、かつての塩野淵林道はもう少し先まで延びている。
すなわち、ここは国道と林道の分岐点ということになるのだが、国道が登山道として続く一方、林道に関しては全く痕跡がない。
地図上で林道が延びて行く先に目を向けてみたものの、そこはまったき緑の中であり、そこに道、さらにその先の鉱山を示すようなものは何もなかった。
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 34 工事用道路としての宿命が終了した時点からひどい道であった"国道"はますますひどくなり、もはや自転車には跨ることすらできなくなった。
真新しい標柱がここが廃道ではないことを誇示するかのように突き刺さっていても、体裁は単なる登山道に過ぎない。
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 35 その一方で、まるで歴史ある古道のような佇まいを見せる箇所には目を見張る。
車道区間に関しては、昭和33年竣工の塩野淵林道に由来することは明らかであるが、その林道と分かれたこの登山道区間がどのような歴史を持っているのかははっきりしない。
イントロで述べたように、古来より利用されていた八十里越は大谷集落を経由しておらず、今私がいる場所は、たとえば河井継之助が通ったいわゆる八十里越の区間には含まれていない。
しかし、周辺の旧鉱山は江戸時代から採掘が行われていたようであり、林道終点にあった丸倉鉱山もそうである可能性もある。
ひょっとしたら、塩野淵林道が開削される以前の丸倉鉱山への道は大谷から登ってくる道ではなく、この先の八十里越本道から降りてくる、この道であったのかもしれない。
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 36 登山道といっても路面の崩落や土砂崩れによって道が塞がれているところは少なくない。
ここなど路盤が10cmも残っておらず、もはや足を置く場所すらなくなってしまった。
一度、自転車を肩に抱えながら、斜面から延びる木の枝をつかみながら進もうとしたが、あろうことか足元の土が崩れ、滑落してしまった。
脇は小さな川が流れていたが、幸いにして高さがないために大事には至らなかったものの、 「歩いている途中に足元が崩れる」というのはなかなかに恐怖なもので、一度は踏破をあきらめ、引き返しかけたりもした。
しかし、谷が浅いことを利用し、一度自転車を川に放り投げ、自身も降りてから自転車を担ぎ上げることで、何とか通過に成功する。

ここは谷が浅かったからそうやって突破ができたが、もしも谷が深ければ、本当に引き返さざるを得ないだろう。
そしてそんな状況が、この先にないとも限らないのである。
不安だ・・・
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 37 そして果てしもなく遠い・・・
ようやく見えた鞍部、あれこそが八十里越に二つある峠のうちの最初のひとつ、鞍掛峠だ。

しかし、標高約1000メートルの鞍掛峠が見えても、ここではまだまだ全体の三分の一も来ていない。
その間に越えた土砂崩れ、路盤崩落、川渡りの数は数知れない。
それらに加え、倒木が至る所で道を塞ぎ、行程の半分くらいは自転車を肩に担いでいる。
ただでさえテントや寝袋で重くなったリュックに加えて自転車の重みが加算され、総重量は30kg近くなるものを担いで足場の悪いところを越えていく。
私の右肩はすでに耐え難い痛みを発していた。
国道289号 点線国道八十里越 [前編] 38 たとえば景色が良いとか、廃美を感じさせる逸品があるとか、そういったものがあればまだこの"苦行"も救われるだろう。
しかし、周囲は緑に囲まれたままでまるで視界は効かなく、かつて河井が通った道とも違う。
あるのはただ登山道だけど現役の国道289号というたった一つのステータスに過ぎない。
変化のない道だけに、肉体と精神の両方を疲労させる。

1-4 合流

国道289号 点線国道八十里越 [前編] 39 そんな飽きの来やすい道であったが、ようやく山場を迎えた。
ふもとのゲートからは約3時間、事実上の登山国道となった地点からはちょうど2時間で、右からやってきた同じく登山道と合流したのだ。
その右からやってきた登山道こそ、旧来からの古道、八十里越である。
吉ヶ平から続いてきた八十里越の道が、空堀と呼ばれるこの場所でついに合流する。
ここから、長岡藩士や河井継之助らと共にする旅が始まるのである。
本来登山道に興味のない私も、点線国道とあれば別。
おまけに、その場所には旧来の古街道と河井継之助というあまりにも濃厚な歴史が刻まれているのだ。
肩の痛みは、いつのまにか忘れていた。
[ 06' 11/19、07' 6/24 訪問 ] [ 07' 7/29 作成 ]
前の記事へ次の記事へ
ひろみず http://d-road.sytes.net/ webmaster@d-road.sytes.net
国道289号 点線国道八十里越 [前編]012