国道289号 点線国道八十里越 [中編] 4

概要

国道289号 点線国道八十里越 [中編]の地図 一度山を降り、ふもとの集落で一泊。
二日目には木の根峠を探索した後、前日および二週間前に到達できなかった鞍掛峠を目指す。
地図上に赤で示した小松横手〜鞍掛峠が今回のメインだ。

4-1 第二日目 五味沢林道終点を出発

国道289号 点線国道八十里越 [中編] 61 林道終点の広場には先客がいた。
こんなところまで自転車で来るなんて・・・って私もそうだった。
人影はなく、MTBに乗った先客は自転車をここに置き、単身でこの先に進んだらしい。
前日に比べて時間は十分にあるが、私もそうすることにした。・・・自転車を担ぎ上げるのは疲れるんだもん。
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 62 およ?
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 63 野ウサギ!しかもデカっ!
道幅が50cmくらいで、それと比較してウサギの体長はそれ以上ある。一瞬ウサギなのかどうか判断しかねたくらいにデカイ。
野ウサギってあんなでかかったのか・・・初めて見たわ。

こっちに気づいているのかいないのか、70〜80メートルの距離を隔てて身じろぎもせずにじっとしている。
しばらく対峙した後、路肩の藪に消えていった。
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 64 野ウサギに見送られ、サクサクと進んで再び小松横手についた(振り返って撮影)。
曇天だった前日とは打って変わって、夏の強い日差しが照りつける。
しかし、標高1000メートル近いこの場所ではそれほど暑さを感じない。
アツいのは道だ、古道だ、点線国道だ。
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 65 小休憩の後、鞍掛峠を目指して歩き出す。
小松横手から鞍掛峠までは初めて通る区間だ。
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 66 小松横手の前後区間が、この国道289号、八十里越えのハイライトといえるだろう(振り返って撮影)。
山肌を削って作られた危うい路盤がゆえに、ひらける眺望はすこぶる良い。


私が求める廃美とは、自然と人工物が融合した姿である。
この道は廃道どころかれっきとした国道だ。
その一方で、何百年という人間の歴史が刻まれた古道が自然とうまく調和したこの姿は、私の美学に通ずる。
美しい・・・
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 67 同じく振り返って撮影。
この景色は、長岡から脱出した藩士やその家族たちが見ていた景色とそう変わらないだろう。
その敗走劇はまさに悲惨なものであったと伝えられている。
米沢藩の記録「越後戦争日記」にはこうある。
長岡の落人は、老人小児の手を引いて、泪(な)く泪く山路に差懸り、緑の黒髪紅花の顔はせ、今こそはやつれ果けん。
血の涙袖をうるおす夕時雨、しくるる袖は紅ひに秋の木の葉にあらぬとも、
紅葉しぬらん血に落ち涙の雨ははらえ共天より下る夕立の雨を覆ふる笠もなく、わらんじ切れて素足にて落行人の姿をは、
此世の地獄と思われける。
(八十里越(国道二八九号)編集委員会/編、「八十里越(国道二八九号)」より)
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 68 また、河井継之助を主人公に、越後長岡藩と維新政府軍との戦いを描いた司馬遼太郎の歴史小説「峠」においては、 銃弾を受けた河井がこの道を通っていく様を次のように表現している。
継之助の担架は、八十里越を越えてゆく。
左足はすでに腐敗し、臭気を放った。それにしてもこの峠の長大さは、どうであろう。樹海は眼下にあり、道は天空に連なってゆく。
  八十里こしぬけ武士の越す峠

4-2 鞍掛峠

国道289号 点線国道八十里越 [中編] 69 峠に近づくと、再び周囲は樹林地帯となる。
それでも道の様相は非常に穏やかなままで、峠の長岡側(前編を参照)や木の根峠までの道のりと比べるのもおこがましいほどだ。
小さな沢渡りは何度もあるが、土砂が崩れていたり藪に没するようなところはほとんどない。
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 70 林道終点から2.5km、約一時間半で、ついに標高965メートルの鞍掛峠に到達。
この日の二週間前、峠の向こう側で手が届きそうな位置にまで到達しながら、無念の敗退を余儀なくされたその場所に、やっと立つことができるのだ。
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 71 峠では、どうやら先ほど林道終点で見た自転車の主が休憩中のようだった。
お互い自転車乗りがこんな深い山中で出会うことは想定外であり、雑談を交えながら周辺を探索する。


写真は峠を振り返って撮影。
深い切り通しは木の根峠のそれよりもずっと大規模だ。
鞍掛峠は明治時代の改修によって多少位置が変更されており、江戸時代のそれは今よりもほんの少し東の位置にあったようである。
ただ、現地では当時の痕跡は全く見つからなかった。
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 72 北越戦争時、峠付近は敗走する長岡兵と追撃する新政府軍との戦いの場にもなった。
現在でも、時折当時の銃弾などが発掘されることがあるそうだ。
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 73 峠には山神の祠も安置され、歴史を感じさせる。
木の根峠のそれよりは新しいもののように見える。
明治時代のルート変更の際に作られたものだろうか?
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 74 「左 吉ヶ平」と案内された道標もある。
この道標に従えば、以前の最終到達地点までいけることになっているが・・・
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 75 そんな道はねえ!と言わざるを得ない。
よ〜〜〜〜〜く見ると、なんとなく人一人分の踏み跡が藪の中に見え隠れするような気がする。
向こう側から来れば峠という目立つ道しるべがあるからいいが、こちらから下っていこうとすると、ほとんど勘を頼りに進むことになりそうだ。
五味沢林道からの登山者はほとんどがここで引き返しているようで、ここから先は人通りのほとんどない、荒れ果てた道である(前編参照)。
国道289号 点線国道八十里越 [中編] 76 これにて八十里越えに存在する二つの峠を制覇できたことになる。
赴きある古道と点線国道の峠は自転車抜きでも感慨深いものがあった。

現在この地中で進められている新国道が開通すれば、点線国道としての地位は失われるだろう。
それでも、願わくば、峠のこの美しい古道がいつまでもあり続けてほしいものだ。
未探索となった木の根峠より会津側の区間は登山道としては何とか生きているらしい。
しかし、距離は長大で、自転車でそこを走破する自信はない。

林道で自転車を拾い上げた私は、後ろ髪を引かれる思いをしつつも、八十里越えの道を後にした。
いつか、未探索区間を後編としてお届けできることを夢見ながら。
[ 07' 7/7 訪問 ] [ 08' 9/25 作成 ]
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