国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 1

概要

国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネルの地図
国道291号は群馬県前橋市から新潟県柏崎市に至る一般国道である。
新潟県へは点線国道"清水峠"(事実上廃道)にて入り、中越は小千谷市まではほぼ国道17号に併走する。
また、途中には全国の隧道マニアの聖地、中山隧道も備えるなど、何かと(その手の人間には)衆目を集める国道といえる。

小千谷入りした291号は17号と別れ、小千谷市から西に位置する柏崎を目指していく。
旧桜町トンネルはその小千谷市と旧小国町(平成の合併により現長岡市)の間に存在する。
現在でこそ小千谷〜柏崎間の交通はこの国道291号がすべてを担っているものの、徒歩道時代はやや北方にあった薬師峠を越えていくのがメインであり、 そちらのルートは「高田街道」と呼ばれるものであった。
桜町トンネル(新旧含む)のすぐ近くにある峠は「桐沢峠」といい、こちらも昔ながらの峠道ではあるが、 もっぱら小千谷〜小国間の地方往来程度の道であったという。

そんな道が国道としての地位を築くための第一歩は、明治21年の車道開通に遡る。
小千谷市を通過する目抜き通りといえば、やはり関東往来であった三国街道、すなわち国道17号といえるが、それはおいておくとして、 小千谷市域の道が改修されたのは明治中頃〜終盤にかけてである。
このとき、どういうわけかかつての高田街道薬師峠は改修されず、小千谷市の西にそびえる関田山脈を越える車道としては、桐沢峠の近くが選ばれた。
小千谷ではこの道を「小国線」と呼び、昭和6年頃までは県道として指定を受けていたようだ。
昭和9年の地形図からは町村道とされているが、これは現在で言うところの一般地方道のようなものであるかもしれない。
やがて昭和30年には県道513号柏崎小千谷線としての指定を受け、さらに昭和38年には主要地方道としての地位も得た。
その後、昭和57年に国道291号となり、現在に至るまで多くの車両を捌いている。

さて、そんな中にある旧桜町トンネルであるが、実は正確な竣工年は調べられなかった。
山形の廃道様の全国隧道リスト(昭和42年)には存在せず、 またこの頃の地形図には隧道はない。
一方で、昭和48年の地形図にはトンネルの存在を確認できることから、昭和42〜48年の竣工であろう。
なお、竣工と同時にトンネル前後の道の大幅な線形変更も行われているが、この変更は昭和44年の地形図でも確認できる。
44年の地図は隧道の範囲を含んでいないために間接的な証拠ではあるが、これらの事実をまとめると、昭和43年前後の竣工といえよう。
おそらく、昭和38年の主要地方道指定を受けての改良と見られる。
わりと最近に作られた隧道であるため、その正式名称も「桜町隧道」ではなく、「桜町トンネル」である(後述)。
なお、現道にある新トンネル(平成12年竣工)も同名の「桜町トンネル」であり、ややこしい。
ここでは旧トンネルを「旧桜町トンネル」、新トンネルを「新桜町トンネル」と呼称することにする。


「小千谷市」と聞けば、新潟になじみのない他県の方でも、聞き覚えのある地名かもしれない。
そう、あの中越地震で最も被害を受けた地域のひとつである。
そんな場所の廃トンネル───気を引き締めていかねば・・・

1-1 不安

アプローチには鉄道を利用した。
途中、長岡駅から小千谷駅に向かう際にも、車窓には豪快に崩れたままの山肌が何箇所も見られた。
また、その間にある長いトンネルの頭上はあの日、母子が車ごと土砂崩れに巻き込まれるという痛ましい事故が起こった現場でもある。
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 1 JR上越線小千谷駅で輪行をとき、そのまま駅前通である国道291号を進む。
現在時刻は午前7:30分、朝が早いせいか、どの店もシャッターを下ろし、活気というものは感じられない。

この日の天気予報は曇りで、雨は降らないとされていたが、ちょうどアーケードが尽きる頃で土砂降りの雨となった。
天気予報を信じて雨具を持ってこなかった私は進めなくなってしまい、出発早々アーケードの中でいきなり足踏みである。
アーケードにはところどころにベンチが置かれており、20分ほどそこでボーっとした挙句、空模様が落ち着いてきたところで再び走り出した。
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 2 目指す桜町隧道はまだまだはるか先にあるのだが、旧道の分岐は小千谷の市街地にある。
写真はすでに旧国道に入ったところだ。
この界隈を桜町といい、隧道の名称はここから取ったものだろう。
沿道には寂れたパチンコ店などがあり、かつて国道の客を当てにして開業した店にとっては、国道の付け替えというのも死活問題である。
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 3 桜町の家並みが途切れる頃、関越自動車道の下をくぐる。
ここにはこのような看板があり、この先通行止めを示している。
新桜町トンネルの開通が比較的最近であるせいか、まだ間違えてこちらの道に進入してくるものも多いのだろう。
実際、私の手持ちの地図でも、旧道を通って柏崎方面に抜けられるように書かれている。
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 4 さらに進むと森林公園の横を過ぎるのだが、そこでまた標識の嵐。
ここには先ほどと同様、柏崎方面へは抜けられないことのほかに、土砂災害が発生しているだとか、全面通行止めだとかの看板があった。

トップページの地図を見ていただくと、 山がちで旧道も多いはずの中越地方内陸部がすっぽり抜け落ちていることがお分かりいただけるだろう。
これはもちろん、先の中越地震の余波を不安視しての結果である。
そろそろ静穏を取り戻した頃だろうかと今日の探索に相成ったわけだが、やはり放棄された道、隧道への不安は拭えない。
最悪、隧道の崩落、閉塞すらも予感していた。
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 5 ただ、ここから峠の隧道直前までは温泉施設や作業所がいくつか存在し、少なくともそこまでの道は確保されているらしい。
このように最近に補修・舗装がなされたところもいくつか見られた。
これらの補修も、地震後に行われたものだろう。

1-2 疑惑の道

国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 6 途中、ちょっと気になった分岐。左に折れていくのが旧道で、直進の道は・・・?
例によって事前調査はほとんどなく、旧道である旧桜町トンネルが存在することはともかくとして、旧旧道の存在が気になっていた。

誰が言ったか、「峠のトンネルに旧道あり」。

旧桜町トンネルにも、旧道となる峠越えの道があったのではないかと考えていたのだ。
もちろん、古き桐沢峠は地図から確認できるが、これは徒歩規格。
車道での峠越えを見てみると、地形図にはそれらしき車道が確認できたが、 決め手がない。
さらに、峠の小千谷側はともかく、峠を越えた小国側はどう見ても徒歩道であり、旧道らしくない。

そんなわけで現地では怪しい分岐地点で写真を撮るまでにとどめたのだが、実際この予想は大当たり。
イントロで述べたように、この地の車道開削は明治21年であり、旧桜町トンネルの開通は昭和43年前後である。
おまけに昭和30年には県道の指定を受けているわけで、旧トンネル開通までの車道は間違いなく存在した。
そしてその分岐が、予想通りこの場所である。
小千谷側は概ね現在の地形図に残る車道が旧旧道であるが、それに接続する小国側の歩道はもちろんそれではなく、現在の地図からは消えた道らしい。
詳しくはいずれ現地調査により明らかにするつもりだ。
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 7 やっつけ仕事っていうかなんというか・・・

地震により路肩が崩落したのだろうが、元の線形に戻さずに、そのまま斜面に沿って道をつけなおしてある。
現役国道なら考えられない施工だ。
これもまあ、その現役国道すらもズタズタにされ、そちらに手を回さねばならないためだろう。

この斜面の下にはいくつもの池があり、その中には小千谷名物の錦鯉が泳いでいた。
この崩落の直接的な被害者は、彼らなのかも知れない。

1-3 贅沢な廃道

国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 8 カーブが多く、車ならスピードが出せない道であるが、もともと自転車で峠の隧道に向かって登っている私にはスピードなど最初から出せない。
国道17号三国峠で新潟入りした車両が柏崎を目指すのなら、やはり291号に乗っていくと思われる。
そういった車両にとっては、このような山岳路は歓迎されない。
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 9 ふもとにあった看板の通り、沿道には作業所らしき現役の建物や温泉施設がある。
温泉施設に関しては旧道からかなり離れたところにあるようで、分岐も分かりにくい。
今後の営業に関しておせっかいながら不安視してしまうのだが・・・
よほどの"秘湯"なのだろうか?

国道として現役だったのが昭和57年から平成12年までと長きに渡ったためか、道の改良は十分に行われており、勾配も多少、道幅も十分だ。
ちなみに、手持ちのツーリングマップルからはこの旧道は消えているが、地形図では現在も国道色に塗られている。
往来する車両は皆無であるが、まだ国道としては現役なのかもしれない。
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 10 すべての施設を通過しても、おおよそ廃道らしさというのは全く現れない。
まあ旧道落ちしてから6年程度ではこんなものか。

40km/hの速度制限標識やカーブミラーなどは多く残されているが、おにぎりはどこにもなかった。
いくら現役の旧道とはいっても、流石に朽ちた標識を作りかえるようなことはしないらしい。
こうして長い年月をかけて、道は徐々に徐々に熟成されてゆく。
標識として運命を終えた彼も、新しい廃道のオブジェとして転生するのだ。
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 11 先ほど私を足止めした早朝の夕立も実はまだ開け切っていない。
おまけに自身のタイヤが跳ね上げる路面の水で顔面も背中も泥だらけ。
正直、ふもとのアーケードの中で雨宿りをしていたとき、今日の探索をあきらめようかとも思ってしまった。

霧だか雲だかよくわからない空に向かって道を登っていく。
そろそろ稜線が近くなってきており、目指すトンネルが近いことが予感された。

1-4 漆黒の闇に光を求めて

国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 12 いた。


カーブを曲がった先に、そいつがいた。
なんというか、ちょっと不気味。
いやかなり。
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 13 地震の影響を考えての不安からか、なんだか近づくのをためらった。
隧道を認識しながらそこへ近づくという行為がどうも苦手で・・・その間に恐怖が増幅されてしまうというか。
放棄されてからたかだか6年程度では内部崩落など通常ありえないわけだが、中越地震で現役の新幹線のトンネルすら崩落したことを考えると、ね。
私だって崩落隧道など入りたくないわけで。

とにかく、トンネルへのアプローチ。
さまざまな構造物が現役さながらに遺されているが、どれも役目を終え、捨てられたもの。
赤や黄色で注意を促す標識群に対し、闇の口をあける隧道は文字通り異色の存在だ。
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 14 坑口に接近してみる。
幸い(?)坑口は密閉されていないようで、内部侵入は可能のようだ。

坑口前には函状のコンクリートブロックが並べられ、車両の進入を防いでいる。
少なくともこちら側の入口に関しては、二度と開放するつもりはなさげだ。
ブロックには立ち入り禁止を示す標識と、このトンネルが平成13年に閉鎖されたことの説明文が掲げられていた。
立ち入り禁止はともかく、閉鎖されたことを示す説明文というのは、なんかクるものがある。

が・・・ここまできても向こう側の光が見えない。
地震後の内部がどうなっているのか情報がなく、これはやはり崩落なのか?

さらに近づいた。
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル 15 明かりだ!

この瞬間、私は心底ほっとした。
夜の山中でさまよい、人里に下りて明かりを見たときはこんな気持ちだろう。

向こう側の明かりが見える、すなわち貫通しているということ。
必ずしもそれは内部の無事を示すものではないが、とにかく通過はできそうだ。

・・・よし。
ほっとしたのもつかの間、本番はこれから。
本当に気を抜けるのは、内部探索を完了してからだ。
[ 06' 7/8 訪問 ] [ 06' 7/21 作成 ]
これより前の記事はありません次の記事へ
ひろみず http://d-road.sytes.net/ webmaster@d-road.sytes.net
国道291号 桜町トンネル旧道 旧桜町トンネル12