国道333号 北見峠旧道 囚人道路 3

概要

国道333号 北見峠旧道 囚人道路の地図
廃道探索に必要なものとは───
このサイトでもことあるごとに述べてきた気がするが、ひとえにそれは「気力」である。
おもしろい、行ってみたい、そんな気持ちが全ての原動力。
飽きたと思った瞬間が、探索の終点となることもしばしばあるのだ。

3-1 衰え

国道333号 北見峠旧道 囚人道路 34 そんなわけで峠までの登りで最後に撮った写真がこれ。
実際には前回最後の写真の笹原はなんとか越えて振り返って撮影したものであり、本当に気持ちを折ったのは「匍匐前進でしか進めない笹」だった。
こんなのが峠までのあと2km以上続くのだとしたら、さすがにやってられまへん。
国道333号 北見峠旧道 囚人道路 35 で、計画変更。
自転車を置いてきた峠まで歩くことは止め、峠まで現道を車で登り、そこから降りていくことにする。
ふもとの新旧合流地点まで踏破するつもりはなく、「気持ちが折れない範囲」まで進み、引き返すことにした。


・・・昔はこんな激藪に自転車持ち込んで3時間も担ぎ歩いたというのにねえ。
再び訪れることになったこの掘割も、本来ならば一回きりの登場のはずだった。

3-2 峠からのアプローチ

国道333号 北見峠旧道 囚人道路 36 本来は歩いて到達するはずだった北見峠に、車で到着。
歩いて到達すれば、置いてあった自転車に乗って現道を下るはずだったが、その機会もないまま、自転車は車に押し込まれてしまった。


峠にはレストハウスやお土産屋が並んで・・・いたようだ。
第1回で紹介したとおり、現在では別の国道、450号が峠下を長大トンネル(自動車専用)でぶち抜いており、わざわざ峠まで来る者はほとんどいない。
人の流れを奪われた峠の土産物屋は、数年前に閉鎖されてしまったと聞く。

徒歩や自転車で上川と白滝を行き来するなら、この峠はどうしても越えなくてはならない。
峠の距離は長大で、自らの脚で山を登ってきた人間にとって、この峠の茶屋的存在は小さいものではなかったはずだ。
いまや、峠の頂上でそのような旅人を迎えてくれるものはなくなってしまった。
国道333号 北見峠旧道 囚人道路 37 峠には道路開削に当たって犠牲となった人(工事の際には囚人のみならず、栄養不良から看守にも死者が出た)への慰霊碑がある。
周辺の観光案内の看板もあわせ、残念なことに手入れは行き届いていない。
国道333号 北見峠旧道 囚人道路 38 旧道は峠で現道に合流するが、新旧分岐地点は峠の駐車場に埋まってしまい、旧道の路盤に立つには駐車場から降りていかなければならない。
駐車場から見下ろすと、2〜3メートルほど斜面の下に行く筋かに延びる平場が見られた。
だいぶ地形が改変されており、正確な合流地点ははっきりしないが、麓に続く路盤はただひとつであって迷うことはない。
国道333号 北見峠旧道 囚人道路 39 駐車場脇の斜面を降り、旧道を麓のほうに向かって歩き始めた。
なにやら通信設備か導水設備かが路盤に埋まっているらしく、その補修もあって思ったより整備されている。
自転車でも問題なく進めるだろう。
国道333号 北見峠旧道 囚人道路 40 振り返って撮影。
奥のほうで道を塞いでいるのは峠の駐車場で、新旧合流地点はこの下に埋まっている。

かつて、網走集治監の囚徒によって網走から進められた道路工事は、この北見峠で終結を見た。
峠より旭川側は別の集治監の囚人たちの手によって進められ、両者は峠で出会い、開通を成したのである。
旭川側にも過酷な労働環境があったと想像されるが、詳しい事情は不明。
国道333号 北見峠旧道 囚人道路 41 峠付近の旧道が麓と決定的に違うのは、笹が刈られていることだ。
一応藪が路盤を埋め尽くしている以上、廃道には変わりなかろうが、おそらく1年以内にばっさり刈り取ったような形跡がある。
国道333号 北見峠旧道 囚人道路 42 比較的現道に近いところを併走するせいか、これと関連しているような施設も散見された。
また、そこかしこで道が分岐しており、正体不明の土管があったりするなど、林道のように多少の活用はあるらしい。
国道333号 北見峠旧道 囚人道路 43 あ〜、笹が路肩によけてるよ〜
なんて快適なんだ〜
国道333号 北見峠旧道 囚人道路 44 この笹なんて、刈られたらしいのにまだ青い。
人手が入っているのにもかかわらず、峠付近では藪っていたのはなぜだろう?

登りにあった歴史的遺構や苦労もなく、これまた単調に下っていく。
国道333号 北見峠旧道 囚人道路 45 刈られているかと思えば、道の真ん中から生えた木はそのまんま。
自動車では通れない、かといって徒歩ならここまで笹を刈る必要もない。
どうなっとんじゃ。
国道333号 北見峠旧道 囚人道路 46 とにもかくにも刈られている以上、歩きやすいことは確かだ。
ものの20分ほどで、1.5kmほどを歩いてしまい、登りの最終到達地点近くまでやってきた。
実際、このまま最終到達地点まで行けるのでは、などという期待も出てきたくらいだ。

が、その最終到達地点のわずか600メートルほど手前で、これまで路盤から排除されていた笹が道を塞ぐようになってきた。
国道333号 北見峠旧道 囚人道路 47 まあ、この辺が潮時かな。

いくら笹が侵出してきたとはいえ、匍匐前進でなければ進めなかったような登りの状況とは異なり、進んでいくことはそれほど困難ではなさそうだ。
ただまあ、踏破することが目的ではないし、やがて引き返さざるを得ない状況に陥ることは明白であったため、刈り払いの程度が減ったこの場所で帰還することにした。
北見峠旧道
結局、未探索となったのはほんの600メートルに過ぎなかった。
要は、登りでもう少し頑張って600メートル先まで進んでいけば、その先は難なく峠まで行けたということになる。
登りで引き返したのは、物理的な問題よりも心理的な問題が大きかった。
あるいは最初から峠から降りきることを目的としていれば、疲労してくる後半に見所があるという点で、踏破できたかもしれない。
この辺の駆け引きはなかなか難しいものがある。
未探索区間を残しはしたものの、有名でありながら明らかでなかった旧道の状況は、ほぼお伝えできたものと思われる。

一方で、道として完走しきれなかったことは、その道を作り上げることに魂を捧げ、そして今なおこの地に眠る彼らの思いに報いたものではなかったのかもしれない。
たとえ廃道と呼ばれようと、人が通ることができさえすれば、それは歴然とした道であることには変わりないのだから。
[ 10' 10/23 訪問 ] [ 11' 4/30 作成 ]
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