国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 1

概要

まずは左の写真を見てほしい。
左に分かれる海沿いの旧道が、右の長大トンネル(幌満トンネル)による新道でバイパスされた、分かりやすい分岐である。



が、この写真には"ウラ"がある。
ありがちな分岐をのほほんと眺めていると、新道と旧道の間に、もう一個あった。



「なぜあんなところに・・・」
多くの旧道に注目してきた人間ほど、そんな感想を抱くだろう。
見る限り、この路線は
1.トンネル(隧道)2.崖を回りこむ道路3.トンネル
という変遷らしく、普通なら1と2が逆だ。
なにやらややこしい改良をされてきたこの道、由来を調べてみれば、やはりややこしいことになっていた。




国道336号は菱形をした北海道の下側をなぞる、延長156.5kmの一般国道である。
菱形の下端である襟裳岬をはさんだ区間は日高山脈が直接海に落ち込んで断崖絶壁を形成しており、海岸道路を建設するにあたっては大変な苦労があった。
今回紹介する区間も、海岸線は断崖絶壁が続く場所で、以前は様似山道という山越えの道で迂回していた部分である。

幌満トンネルが存在する冬島〜幌満間には、元来道というものは無く、あるとすれば山中の踏み分け道か、凪のときにかろうじて通すような海沿いの道だけだった。
寛政11年(西暦1799年)、東蝦夷地を直轄領とした幕府は有事の備えとして陸路の開削を緊急の課題とし、真っ先に開削を始めたのがこの場所だった。
その結果として当年のうちに完成したのが前述の様似山道である。
時代が明治になると、様似山道は苫小牧から根室に至る根室街道あるいは国道南海岸線43号の一部に含まれるようにもなった。

山道は遠回りで屈曲・勾配もひどく、凪のときは海岸伝いに行くことも多かった。
海沿いの道も岩場を上り下りしたり、波が引くのを見極めて駆け抜ける命がけの道であったため、明治24年には本格的な改修工事が着手される。
北海道庁の道路開削方針にのっとり、通行を妨げる岩場を切りくずし、あるいは隧道を穿ち、橋をかけたりして、荒天時でもなんとか通行を確保できるような海岸道路が出来上がったのである。
が、この道も通れるのは人か馬程度で馬車は通行不能、時化ればすぐに修理を要するような道であった。

道庁の道路整備計画はさらに進み、明治40年には新道開削の調査も行われた。
しかし、このときの調査では「開削はほとんど不可能」と結論されてしまう。
周辺自治体では日高国道期成会を設立して開削運動を続け、道庁の道路整備計画も軌道に乗ってきた昭和2年、各所に隧道や永久橋を造り、ようやく馬車にも耐える海岸道が出来上がった。
現道からも目立つ幌満隧道はこのとき出来たものである。

当初道道(地方費道)だった隧道も昭和27年には二級国道236号に指定され、一時期には確かに国道の名を冠していた。
しかし、昭和42年、波浪による破壊や多発する落石により莫大な維持費がかかるこの道の大改修が施され、幌満隧道もこのときに放棄されてしまう。
古い隧道の代わりといえば、オープンカットするか内陸側に大きめのトンネルを掘るのが定石だが、ここでは何を思ったか、より海側に橋を架けた
よくある海側を埋め立てて路盤とすることもなく、ただ単純に長大な橋を架けたのである。

長大とはいっても隧道を迂回する程度の長さであって、付近の絶壁から遠ざかるような、いわゆる海上橋とは異にするもので、橋を渡った先は相変わらず絶壁の下を通っていた。
そのために道は今一度の改良を要し、平成9年、内陸側に幌満トンネルを建設し、かつては難所として知られた道も、まるでそれを意識することなく通行できるようになった。



───とまあ、海岸道路としては初代(明治24年〜)、二代目(昭和2年〜)、三代目(昭和42年〜)、四代目(平成9年)、と路線の変遷があり、 路線名も、根室街道(明治15年頃)、国道南海岸線43号(年代不明)、地方費道帯広浦河線(大正9年〜)、二級国道236号(昭和27年〜)、一般国道236号(昭和40年〜)、一般国道336号(昭和57年〜)、と移ろってきた。
レポートでは幌満トンネル(四代目の道)の旧道たる、二代目と三代目の道を紹介する。
そしてちょっとだけ、初代の道も・・・

1-1 異色の配置


この日は浦河方向から車で走ってきた。
旅の本来の目的は旧道探索ではなく、道東方面を自転車で回るつもりで、そこまでのアクセスとして車を使っただけの話。
ただ、数年前にはここを自転車で通ったことがあり、そのときは諸事情により素通りしてしまったこの物件を探索すべく、運転しつつも目を血走らせていたのは間違いない。
脇見運転はやめよう。
国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 1 探索は幌満集落側から。

右は平成9年に完成した幌満トンネルへと続く新道だ。
トンネルの手前には同時に竣工した幌満橋があり、幌満川を渡っている。

左にはそれまで使われた旧道があり、この写真では分かりにくいが、こちらにも同名の橋が架かっている。
旧幌満橋は昭和42年竣工で、幌満川に初めて橋が架けられてから3代目にあたる。

旧道も特に封鎖されてはいないものの、「関係者以外駐車禁止」などと看板が掲げられており、入っていきにくいオーラは感じられる(このために車の駐車場所に苦労した)。
国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 2 で、上で紹介したとおり、旧道(3代目の道;昭和42年)と現道(4代目の道;平成9年)の間には、旧旧道(2代目の道;昭和2年)がある。
目に付くのは川と崖に挟まれた狭い場所に走る路盤と、それに連結する橋台、そして、宙に浮いた素掘り隧道だ。


・・・小船に乗って作業をしている漁師らしき人影も・・・・・・・いや、それは見なかったことにする。


旧道は置いといて、廃隧道を擁する旧旧道のほうから見ていこう。

1-2 様似山道入り口

国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 3 旧旧道にあったらしい橋は無くなっており、旧旧道の路盤にこちら側から近づくには、現道からアプローチする必要がある。
たいした距離ではないくせにわざわざ車から引っ張り出した自転車に乗り、現道の幌満橋を渡って接近。


河原を含めた幌満川の河口は広く、現道の橋の上からでは隧道までまだ100メートル以上の距離がある。
遠目に見えるその隧道の名は幌満隧道という。
様似町史などでは隧道周辺の道路の完成は昭和2年といわれるが、隧道リストでは大正12年竣工という記載もある。
いずれにせよ、大正から昭和にかけて造られた古い素掘り隧道だ。

現地では反対側の光は見えなかったが、写真を拡大するとかすかに内部に光が見えていた。
国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 4 およよ、なにこの親切設計。


現道の幌満トンネルの坑口直前に、ご親切にも旧道に降りられるように階段が作られていた。
左手には立て札も見える。
国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 5 すわ、越後七浦シーサイドライン並みの崩壊遊歩道か?

立て札には消えかけた文字で様似山道と題された説明書きがあった。
そこには上で述べたような様似山道の来歴と、海岸道路が昭和2年に完成したこと、様似山道は一時期廃道となったが、現在では文化財として保存がなされていることが書かれていた。
たしかに、このまま現道の幌満橋の下をくぐり、山のほうに向かう細道があり、いわばここは山道の入り口というわけだ。
国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 6 かたや、山道に背を向けて海のほうへと足を向けてみれば、あっという間にkonozamaですよ。
保存される山越え道路と、放棄される海沿い道路の、文化財としての価値の違いって、なんなんですかねえ。


奥に写っている橋は旧幌満橋。

1-3 旧旧幌満橋

国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 7 旧道落ちしてから40年以上を経過していても、様似山道の入り口が近くにあるとあって多少は人の出入りもあるようだ。
昭和初期のオリジナルらしい路肩の車止め(駒止め)も、頑丈だ。
国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 8 現道からも目に付くかつての橋の跡。
二本の親柱と橋台が残っているが、親柱はだいぶ崩壊が進んでいるうえ、銘版も失われており、現地では由来不明。

文献的には、昭和2年に架橋されたコンクリート製の幌満橋(2代目。初代は木造で大正11年架橋)の跡である。
昭和42年に新道(といっても現在はすでに旧道落ちした3代目幌満橋。写真奥)に切り替えられた。
したがって、橋および周辺の2代目道路は昭和27年指定の国道236号として生きた時代はあるものの、昭和57年の路線番号変更以前に放棄されており、「国道336号旧道」という言い方は語弊がある。
併走する現道は336号だが、橋ならびに隧道は番号変更以前の「国道236号旧道」と呼ぶのが本来である。
旧旧幌満橋(様似町史(様似町史編さん委員会;1992)463ページより)
いまや姿なき2代目幌満橋は、様似町史に在りし日の写真が載っている。
写真には「旧幌満橋」との記載があるが、おそらく写真の幌満橋は現役時代のものである。

撤去されたのがいつごろのことなのかは分からないが、昭和52年の空中写真や昭和56年の地形図にはまだその姿が見える。
思うに、平成9年に現道が出来上がる頃まで残っていたのかもしれない。
国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 9 旧道は2代目幌満橋を渡った後、左に直角にカーブを切って幌満隧道に向かう。
比較的広い路盤には右手に聳え立つ岩壁から落ちてきた岩塊こそゴロゴロしているものの、比較的往時の姿を留めている方だ。
路肩の駒止めや石垣も昭和初期の竣工当時の物が良い状態で残っている。

危うい垂直の岩壁、石垣の路肩と駒止め、そして放棄された暗い素掘り隧道。
それらを覆う柔らかな緑と海の青が、絵になる光景を作っている。
向こうに見える3代目幌満橋が絵的にはちょっと邪魔だが、それも旧道落ちしたものと思えば、濃縮された廃美といえるだろう。
これでもしも3代目が落橋でもしていれば、それはもう凄い光景が・・・じゅるり


ちなみに3代目もいまやほとんど用途を失っており、明日から保守管理がされなくなってもおかしくない状態(後でレポートする)。

1-4 念仏だって唱えたくなりますよ

国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 10 岩壁に立てかけられた倒木・・・ではない。
あの三本の柱は、どうも支保工の心積もりらしい。
あれで支えられるのかね・・・

足元には上から降ってきた落石がうずたかく積もるような場所もある。


昭和初期に幌満隧道が誕生するよりもずっと前、どこを見ても絶壁のこの付近から、崖の上にまで登る道路があったという(様似山道とは別の道)。
一歩踏み外せば命が無い道で、通行人は念仏を唱えながら通ったといい、念仏坂と呼ばれていた。
その登り口は一つ上の写真の右側の崖らしいが・・・その後の道路工事による地形改変を考慮に入れても、顔が引きつる。
国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 11 ほぼ往時のままの構造を保っていた路肩と路盤も、隧道に近づく=海に近づくにつれて崩壊が見えてくる。

なにしろ隧道直前の路盤は完全になくなっているわけで・・・さて入れるもんかね。
国道336号 幌満トンネル旧旧道 幌満隧道 12
えと、
どっちの隧道だったっけ?
右は大正12年の幌満隧道であって・・・
正面は海蝕洞・・・ではないっぽいよ、これ。
[ 09' 8/24 訪問 ] [ 09' 9/13 作成 ]
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