国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道 2

概要

国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道の地図 何の意味があってか、長岡側一方だけがふさがれた中永隧道。
おかげで通り抜けることはかなわず、しぶしぶ引き返す羽目になった。

後述する集中豪雨が抉り取った生々しい傷跡は今なお癒えず、周辺を走ってきたこの日もその惨状に恐怖しきり。あまりうろうろするのは気が重いのだが・・・

2-1 出雲崎側旧道

国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道 13 隧道内は1.5車線幅であったが、その取り付け道路はおおむね2車線は確保されている。
いや、「確保されていた」と記述すべきか。

平成16年10月に発生した中越地震は山間地に壊滅的な被害を与え、手掘り隧道の聖地、中山隧道を抱える旧山古志村では今なお避難指示が続いている。
この地震によってすっかり影を薄めてしまったのだが、忘れてはならない災害がこの地方を襲った。
地震に先立つこと3ヶ月前、後に「7・13 新潟豪雨」として記録された、史上稀に見る集中豪雨である。
一般資産の被害額は昭和42年に発生した羽越水害の3倍にも達し、道路などの建築被害もこれに匹敵する大災害となった。
その中心域となったのが、出雲崎や長岡を含む、まさにこの地である。
国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道 14 近代的な現役国道であってすら、自然の猛威の前に文字通り崩れ去る。まして一昔前の旧道など、もはやされるがまま。
無傷なところは皆無といってよい。
国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道 15 足元を失った支柱。
首吊り死体のようにぶらぶらと宙に浮かぶ姿は不気味であった。
国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道 16 それでも、ある程度の補修の手は加わっている。

上から落ちてきた土砂は取り除かれ、路肩が崩落していても一応山側に1車線は確保してあり、隧道付近で見かけた何台もの民間車両も、 こういったところを通ってきたらしい。
車のような巨体が通って平気なのだから、100キロにも満たない我々が通過したところでどうということもなかろう。
国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道 17 道自体は細かいカーブが連続するものの、先ほども述べたように2車線は確保され、通行に支障があるほどではない。
この道が国道として見放されたのは、やはり頂にある中永隧道の狭さがネックだったのだろう。

もっとも、雪崩か土砂崩れかわからないが、ひんまがった標識を見ると、この地もそう穏やかではないようだが。
国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道 18 現道との合流地点にはおにぎりがけなげに立っていた。旧道区間に残る唯一のおにぎりである。
国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道 19 現道との合流地点。隧道からここまでは1.5キロほど。
現道は相当に地形を変えたようで、旧道への進入路はもともとの姿ではなさそうだ。

2-2 現道トンネルを抜けて長岡側へ

国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道 20 さて、旧道の頂上部分から探索を始め、ようやく現道に降り立った。

直線的なゆるい登りを1キロほど進むと、現道トンネルである中永トンネル出雲崎側坑口に至る。
2キロ近くもある長大トンネルだが、交通量はそう多くはない。とはいっても、あの旧隧道に耐えられる交通量ではないのは明らか。
国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道 21 長岡側、中永の集落に到達。
狭い旧道が薄暗い木立の中へと続いているが、路面は明らかに泥だらけ。この先の土砂崩れを暗示している。
国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道 22 あちゃー

現道から分岐してまもなく、短い切り通しはすっかり土砂に埋まっていた。
崖上からは土も岩も木々も何もかももみくちゃになって流れ落ちてきている。「傷跡」などではない、これぞまさに土砂崩れ。
「生々しい」。聞きなれたそんな言葉も、この光景を前にして実感。

それでも、この先へと続く道は自然に帰ることを許されないのか、板を並べて徒歩道が作られている。
すのこの様に隙間だらけのその板は踏むたびにぶしゅぶしゅと泥水を噴き出し、足元を汚す。

周囲には測量用の杭が何本も打たれ、いずれここも元の姿に戻るのか。
いや、崩れたこの姿が自然の姿というべきか?
国道352号 中永トンネル旧道 中永隧道 23 車両往来が途絶したその先は完全に放置状態。

このような光景を見ると、いかに道というのが地球にとって不自然なものかを感じてしまう。
特に近代的な道は地球にとって紛れもない「傷」である。
人類にとっては災害である集中豪雨や地震も、裏を返せば地球による自らの治癒行為ではないのか。
土砂崩れと路肩の崩落は、失われた本来の山肌を取り返そうとする修復行為なのかもしれない。
深い谷間に伸びる道はまだまだ続くが、道の状況が改善される気配は、少なくともこの時点で全くない。 そもそも、行き止まりの道の入口で車両往来不能なのだから、道が修復されているはずがないのだ。
いけどもいけども崩れた土砂を自転車を担ぎ上げて進むのみで、おまけに先は行き止まり。当然往復になる。
もはや日は山すそに沈みかけ、崩れた道を這いずり回るのはさすがに無理があった。


「今日はここまで」

その一言を決意するのにためらいがなかったといえば嘘になるが、隧道を抜けられるのならともかく、徒歩ペースで往復となれば確実に日は落ちる。
再来を誓い、JR出雲崎駅へと足を向けたのだった。
この探索からわずか6日後の平成16年10月23日、中越地震が発生し、中越地方は壊滅的な打撃を受けた。
今回の探索地点は震源からやや離れているものの、もともと死に体であったところに追い討ちをかけるように発生した今回の地震により、 その後の探索活動にも大きな支障が生じてしまった。
結局、この地への再来がかなったのは翌年になってからである。
[ 04' 10/17、05' 7/17 訪問 ] [ 05' 11/2 作成 ] [ 06' 1/24 追記 ▼該当箇所にジャンプ ]
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