国道37号 クリヤ隧道旧道 2

概要

国道37号 クリヤ隧道旧道の地図 激藪と崩落に埋まった旧国道37号線。
自然の野山となんら変わらなくなるまでに荒廃の進んだ道だったが、確かにそこに刻み込まれた想いは顕在である。
潅木を引きちぎり、さらに進む。

2-1 何もかもが敵

国道37号 クリヤ隧道旧道 16 路肩を守る石垣であるが、肝心の路盤は完全に土砂に埋まっている。
写真左下に写っている大きな石が路肩の石垣。
道の痕跡などどこにもない。
国道37号 クリヤ隧道旧道 17 その先もただただ傾いた斜面が続くのみだ。

いくら放棄から40年も過ぎた旧国道とはいえ、あまりにもこの光景はひどい。
藪や潅木に覆われ、往来が困難になるどころではない。
右の山肌から崩れた土砂が路盤を徹底的に埋め尽くし、平坦な部分はどこにもないのだ。

このような惨状は、礼文華の地質にあることはいうまでもない。
脆い地層が重なるこの一帯では、峻険な地形に加えて崩落しやすいこの軟弱地盤が、徒歩の往来すら見限らせた原因にもなっている。
国道37号 クリヤ隧道旧道 18 上から岩石が降り積もったようなところでは岩の隙間から潅木が伸び、ようやく平坦な部分があったと思えば、笹地獄。
なんてところだここは・・・

ぱっと見この部分は崩落を免れた場所のようにも見えるが、実際には路盤右側は土砂に覆われ、本来の道幅は狭められている。
国道37号 クリヤ隧道旧道 19 あわわわわわわ・・・

うっかり掴みそうになったその木は、長さ2cmほどもある頑丈な棘で覆われていた。
幸い冬用の分厚い皮手袋をしていたため、怪我をするようなことはなかったが、軍手程度なら軽く貫通するだろう。
この棘は相当力を込めないと折れないほどに強力であり、気付かずに握り締めた場合、しばらくその手は使い物にならなくなること間違いなし。

2-2 ここがただの山とは違う、その理由

国道37号 クリヤ隧道旧道 20 本格的な廃道が始まってから100メートル強は進んだ。旧道全体としてはまだ半分ほどだ。
文字通り自分も相棒もズタズタになりながら進んでいると、ようやく藪も土砂もない場所が現れた。
ほんの10メートルほどの休憩ポイントだが、徒歩でも進めないような道が延々と続くこの旧道では、この場所がオアシスに思えた。

まあ、忘れちゃいけない"アイツ"の恐怖は、春山に身をおく限り、どこにいようとも拭いきれないものだが・・・。

そして、土砂に埋まらなかったこの場所には、写真右側の蔦の裏に貴重な道路構造物が存在した。
国道37号 クリヤ隧道旧道 21
再び石垣!!!!!
国道37号 クリヤ隧道旧道 22 崩落がないとはいえ、上から覆いかぶさる植物が邪魔で、写真がわかりにくいことをお詫びする。

岩塊がゴロゴロする区間を通過してきたが、この石垣は間違いなく人為的に積まれたものだ。
記録によると、この道が最初に開削されたのは寛政11年(西暦1799年)の津軽藩によるものまで遡ることができる。
数年にわたる開削工事により幅9尺(3メートル弱)の道が完成し、これで一応の往来が可能となったという。
その後、道路の管理者が変わるたびに荒廃と改修が繰り返されており、この石垣がいつの時代のものなのかははっきりしない。
ただ、特筆すべきなのは昭和6年、大凶作により困窮した農家を救済するために、豊浦〜虻田町境の道路改修工事が行われていることである。
前回路肩に見られたコンクリート付きの石垣は、そのときのものだろう。
だとすれば、コンクリートのないこの法面の石垣はそれよりも古いものかもしれない。
明治2年には北海道を訪れた高僧を迎えるために、周辺の山道の改修が行われた記録があるが、そのときのものだろうか?
国道37号 クリヤ隧道旧道 23 地形に沿って伸びる道は少し先で弓なりに左にカーブしていく。
そこではこのように石垣がよく見えた。
ただし、上の写真とは違い、これは路肩だ。
「えっ、右から迫る土砂をせき止めた法面じゃないの?」と思った方、違います。
路盤がどれだけ土砂に埋まっているか、山肌と一体化しているか、お分かりいただけると思う。

路肩と法面の石垣により、ようやく本来の道幅が見えてきた。
それはおおよそ3メートルほどのようで、江戸時代の道幅と大差ないといえる。
拡幅もできぬほど、このあたりの地形は厳しい。
国道37号 クリヤ隧道旧道 24 崩落につぐ崩落、そしてその隙間を埋めるような笹薮。
息つく間もない地獄の廃道はまだまだ伸びる。

写真では穏やかそうにも見えるが、それは私が足を止められる場所で写真を撮っているからであり、行程の99%は自転車を担ぎ、 そして放り投げるという戦いを繰り返している。
また、場所によっては本来の路盤を進めずに、崩落土砂の山側に迂回を強いられるようなところもある。

ただ、上から襲ってくる土砂の量は絶望的なものがあるが、足元が崩れたところはなく、引き返しを余儀なくされるようなところはない。
これというのも、先人達が築いた路肩の石垣の効果なのだろう。
国道37号 クリヤ隧道旧道 25 さすがに40年も前の国道となれば、標識の類は期待できない。
その一方で、部分的に見え隠れする法面の古い石垣には感動する。
上の写真にある石垣よりもはっきりとその姿を見せたこの石垣は、高さは2メートルくらいあるだろうか。
やはり路肩の石垣に比べると非常に乱雑に詰まれており、よくこれで土砂を支えられるものだと関心。

自転車が邪魔だとか何とか言っているが、馬すらロクに通れなかったかつての礼文華山道に比べれば、このような石垣で保護されている分マシなのかもしれない。
国道37号 クリヤ隧道旧道 26 そろそろ現道の自動車の音も聞こえるようになってきた。
ここは崩落も落ち着き、従来の路盤が最もよく残っている。

考えて見れば、今までの区間は紛れもなく「一級国道」であったはずだが・・・
そういう意味ではたいそうな道であるはずだが、感傷に浸っていられる余裕はなかった。


そして、最後の最後に、その極め付けが現れる。

2-3 ラスボス

国道37号 クリヤ隧道旧道 27 あれ?
国道37号 クリヤ隧道旧道 28
やっべー・・・
国道37号 クリヤ隧道旧道 29 もう現国道は目と鼻の先。
クリヤ隧道を抜けてきた車の音は途切れる事無く響き渡り、腰につけた私の熊鈴の音をもかき消すようだ。
だが、生還を目前にして、この道最大の難所が立ちはだかってしまった。
というか道ねーし。
国道37号 クリヤ隧道旧道 30 これは崩落というより、地滑りってやつでは・・・?
上のほうとか、あれ、地表がごっそり抜け落ちた跡なんじゃ・・・?

およそ45度まで傾いた斜度はもとより、何より困ったのはそこが枯れた葦のような植物で覆われていることだ。
斜度だけでいえば、これ以前にもこのようなところはあったかもしれない。
だが、そのようなところは潅木が生い茂り、自転車が邪魔になるが手がかりが豊富であり、滑落するような危険は感じられなかった。
だがここは、100メートル下の海まで一直線に続く、天然のグラススキー場・・・


えーい、だからといっていまさらあの激藪地獄に戻りたくない!
大体現道はもうすぐそこだ、行ってやる!
国道37号 クリヤ隧道旧道 31 ぬおおおおおお!!!!

やべえ!まともに立てない!
わずかな手がかりを伝って歩かなければならないが、そこにいても写真を撮っている暇もない!
それでも何とかカメラを構えれば、そうしている間に私も自転車もずりずりと滑っていく!
それどころか、山側に置いた相棒が滑り落ち、その体重を以って私の足元をすくわんとしているではないか!
さっき放り投げまくった復讐のつもりなのか!?
国道37号 クリヤ隧道旧道 32 とにかく足元が危うすぎる。
谷底に向かってびっしりと敷き詰められた植物の残骸は、全く体重を支えてくれない。
当然、完全にその支えを失ってしまえば、崖下にまっ逆さま。
数メートル間隔でわずかに生えた潅木を手がかりに、文字通り斜面に張り付いて進んだ。
さらにその植物は私を滑落させようとするだけでなく、地面と植物の間の数十センチの隙間が落とし穴としても機能した。
つまり、植物のすぐ下が地面だと思って足を踏み込むと、ズボッと突き抜けてしまうのだ。
そこでうろたえれば、そのまま足をとられて転倒→滑落するだろう。

とにかく一歩に時間をかけた。
慎重に次の一歩の置き所を見極め、たとえ落とし穴にはまろうとも、どこかで自重を支えられるように手がかりを見つけておく。
両手両足をフルに使用し、腕に、脚に、自分と相棒の命をかけた。


現道のロックシェード、あそこに到達すれば、生きて帰れる・・・
国道37号 クリヤ隧道旧道 33 突破!

こちら側はもう旧道の入口などどこにも存在しなかった。
無理に侵入しようとすれば、道自体を見失う可能性がある。
なにしろ、ここから30メートルにわたり、道の痕跡もないただの地滑り斜面、おまけにその先も山と道の区別もない地獄の廃道なのだから。

2-4 クリヤ隧道内部

国道37号 クリヤ隧道旧道 34 最後に、トンネルの中を通ってみた。
旧道はロックシェードに接続するが、上で述べたようにこちらからのアクセスは一切ない。
トンネルの豊浦側坑口は旧道との分岐点のすぐ横に存在する。
国道37号 クリヤ隧道旧道 35 古びた隧道の中に黄色く輝くナトリウムランプが美しい。

歩道は狭く、交通量も多いこの隧道は正直言って自転車には向かない。
だが、激しく険しい旧道を突破したものにとっては、そんな場所もどこか穏やかで温かく感じてしまった。
少なくとも、歩道を歩いている限り、命を奪われるようなことはない。
動けば滑落の危険を冒し、止まればヒグマに喰われる危険を冒す旧道とは雲泥の差ではないか。
ナンタラカンタラという心霊がどうのとか、あまりにも小さい話だ。
国道37号 クリヤ隧道旧道 36 自転車での往来をお勧めしないもうひとつの理由に、歩道に積もった落石がある。
見上げてみると、つなぎ目?から小規模な崩落が起きている(いいのか?)。
特にロードやスリックMTBのように安定性の悪い自転車の場合、石ころひとつでバランスを失うこともありえる。
転倒すれば、運が悪ければそのまま車に轢かれかねないので、通行の際には注意して欲しい。

だからといって旧道を通るなんてことはしないように。
かつて人々の往来を苦しめた礼文華山道のひとつ、クリヤ隧道旧道は、今でもその往来を拒んでいた。
昭和35年竣工のトンネルは決して私のようなサイクリストに優しいトンネルとは言いがたいが、それでも、往来を拒むことはない。
「少しでも安全に往来できるように」
そう願われて造られた旧道の石垣。
そこへ込められた先人達の想いは、クリヤ隧道にも受け継がれている気がした。
[ 06' 5/3 訪問 ] [ 06' 5/19 作成 ]
前の記事へこれより先の記事はありません
ひろみず http://d-road.sytes.net/ webmaster@d-road.sytes.net
国道37号 クリヤ隧道旧道12