国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 2

概要

国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道の地図
開くはずがない回廊への扉は開かれた。
その先に、近代的な長大トンネルの横坑が口をあけているのだろうか?

2-1 銀河の回廊へ

国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 17 回るはずがないと思っていたドアノブはいとも簡単に回り、何の抵抗も無くスーッと押し開いた。
まさかの展開に戸惑っていたのは開けた本人。ちゃんと鍵穴も付いていたから・・・
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 18 電気点いてる!!
幅1メートルほどの狭い回廊は、擦りガラスからの淡い光に加え、天井に吊り下げられた真新しい蛍光灯で煌々と照らされていた。
もちろん、その電源はこの先にある銀河トンネル横坑に連動しているのだろう。
「事実上の廃道区間真っ只中に、灯りのついた建造物がある」というのはあまり経験の無いことで、物凄い罪悪感に駆られた。
電気が点いているってことはあからさまに現役施設であることを突きつけることだ。
そういうのはちょっと・・・
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 19 「ああっ、でももうちょっとだけ・・・この先を見たいだけなんだよ・・・」

外は初夏の日差しで20℃を超えている。
密閉された温室のようなこの回廊の中も、理性を奪うには十分なほどに暑くなっている。
ボーっとした頭のままフラフラと足を進めると、上の写真の突き当たりでクランク状に曲がっていた。
目の前の壁には横坑側壁をなす弓状の構造が見える。
横坑も、コンクリートで密閉されているようだ。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 20 わざわざこんな回廊を造っている以上、横坑に出入りする入り口が無いわけがない。
案の定、回廊の終点には鋼鉄製の扉が据え付けられていた。
その上にも、入り口を照らす蛍光灯が輝いている。
夜に外を通ったら、事実上の廃道を蛍光灯の光が淡く照らす光景が見られるのだろうか・・・


ここまで来たからにはもはや止まらない。
恐る恐る冷たいドアノブに手をかけた。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 21 ・・・開かない!
まあそりゃそうだよね、入り口のドアが開いただけでも奇跡だもんね・・・


きっちり鍵のかかったこの扉は、結局開かなかった。耳をつけても、何の音も聞こえない。
回を跨いで引っ張った割には残念な結果でごめんなさい・・

2-2 探索活動の表と裏

国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 22 回廊を出て、層雲峡温泉側を撮影。左に写る天を衝く巨壁が天城岩。
前回も述べたが、このあたりは落石が多く、回廊を造ったのはロックシェードのつもりらしい。
それに接続する昭和時代のコンクリート製の天城岩覆道にも、土砂が積もって雑木林に成り果てている。
さらに、よく見ると左の柵や路面も微妙に波打っていた。

これらの構造物も、遊歩道としての使命が本当に費えてしまえば、永くは生きられなさそうだ。
大崩落によって3名の命を飲み込んだ天城岩が、舌なめずりをしながらこちらを見ている。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 23 横坑と隣接した沢を橋で渡る。
橋の名は近くにある岩からとって天柱橋だ。

その先には二つ目の覆道、天柱峰覆道と味わいのある古ぼけた二枚の看板。
左の看板には「トンネル内 消火器 非常電話」、右には「神削覆道 小函トンネル」とある。
右の看板が示す物は目の前の天柱峰覆道に連続して存在する構造物だ。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 24 接近。
覆道の奥は暗く、先の構造は見えてこない。


・・・というか、廃道探索にしては珍しく、この先や周辺に注意を向けるのではなく、足元に注意を向けていた。
否、ゲートを越えてちょっと行ってから何度もそれを見ていたが、意図的に無視していたのだった。
あまりにもリアルな死を感じさせるから・・・
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 25 怖い。
ここに来るまでに、実はもう、一つや二つではない数の、鹿の死体が転がっていた。
中には生々しいものもあり、とてもじゃないが写真には収められなかった。

廃道や廃隧道を探索するというのは少なからず恐怖を伴うものだ。
それはどことなく笑みがこぼれる様な恐怖であり、熱くなれる恐怖である。
一方で、この遊歩道で目にしたこれらから感ずる恐怖は、顔を歪める様な冷めた恐怖。
こういった恐怖は、出来れば感じたくないものである。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 26 そんな願いもむなしく、この先においても幾度かお目にかかることになってしまった。
廃道なり廃墟なり、探索活動を通して触れるものというのは必ずしも廃美や生還の喜びだけではなく、汚いものや、時に本物の死体であったりすることも肝に銘じておかなければならない。


その数の多さから、現実的な恐怖としてはヒグマの保存食置き場にでもなっているのではないかというものがあった。
もはや中ほどまで来てしまい、引くも進むも危険なことには変わりない。・・・なら、進んだ上での危険を選択しよう。

2-3 小函トンネル

国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 27 銘版によれば、天柱峰覆道の竣工は昭和61年、延長は246メートルである。
その終点は冷たいコンクリートの壁に終わる。
ここが、昭和54年から平成7年まで使われた、小函トンネル(延長1134メートル)の層雲峡温泉側坑口である。
平成7年に完成した銀河トンネルは、小函トンネルの内部から分岐させたものであるため、反対側の坑口は現役で使われている。
分岐箇所はここから600メートル以上も先であり、それだけの空間が闇の中に閉ざされていることになる。
ワクワクする光景だが、もはやそれを見る機会は永遠に来ない。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 28 そしてこの坑口の右側にも旧道が延びている。
今までの部分は平成7年に銀河トンネルの完成を以って旧道落ちした部分で、この先が昭和54年に小函トンネルの完成を以って旧道落ちした部分となる。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 29 イントロで述べたとおり、いずれの旧道区間も遊歩道として開放されていた。
参考にした上川町史第3巻には、
(銀河の滝から小函を経て、この先にある)既存の大函休憩所までの延長約4kmが遊歩道で結ばれ、ゆったりと自然を満喫できるようになった。
とあるが、実際に延長4kmが全線通行可能であった時期は長くない。
旧道分岐地点にあった案内看板では、通行可能なのは5〜10月までの日中に限り、かつ日雨量20mm未満、時間雨量10mm未満、おまけに風速5メートル未満という厳しい条件が示されている。
それでも間に合わなかったのか、ついにあるとき、落石危険として全面通行止めになってしまった。
年月日はなく、道路管理者として書かれていた町長の任期を参考にすると、通行止めは平成10年代のどこか(前半?)と思われる。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 30 ここからの遊歩道区間が平成10年代に封鎖されても、ここまでの区間は比較的最近まで開放されていたらしい。
覆道の中には三畳ほどの小さな小屋があり、おそらくここから先に観光客が立ち入ることがないように造られた監視小屋だろう。

壁にかけられたかわいいクマの時計は5時55分を指して止まっていた。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 31 概ね、この小函トンネル坑口付近を中心とした一帯を小函と呼ぶらしい。
「羽衣岩」「姫岩」「錦糸の滝」などと書かれた案内看板がズラリと並び、道内でも一級の観光地であったことを伝えている。
いまや、立ち入り禁止のゲートを越えなくては観ることのできない景色になってしまったが。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 32 「大自然を独り占め!」なんて余裕ぶっこいていられるほど落ち着いてはいられなかった(覆道の中にも鹿の死体がゴロゴロしてたし)。
なにより、ここから先は今までの区間より一世代前に封鎖された区間である。
それだけ危険だし、荒れ果てていることが明らかだからだ。


そんな不安を煽るかのように、本日二つ目のゲートが道を塞ぐ。
廃道区間にゲートがあれば、「出口だ!」と安心するのが常。
が、無情にもこのゲートはこちらを向いて通行禁止を示していた。
ゲートを越えた先でさらにゲートが存在することは、致命的な何かがこれから現れることを示す序曲なのである。
[ 09' 6/27 訪問 ] [ 09' 7/12 作成 ]
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