国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 4

概要

国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道の地図
予想通り、二重通行止め区間に現れた致命的な崩落も何とかクリア。
狂気にまみれた道も出口が近づく。

4-1 絶景の道は絶叫の道になっていた

国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 47 神削壁の崩壊地点より先。
この辺りがもっとも危険な地帯だったのか、この周辺だけ二重の落石防止柵で歩道が保護されていた。
もっとも、それを越えた落石はゴロゴロしているし、防護柵を飲み込んで崩壊していることは前回の通りだ。

草刈りのされなくなった道には、直径1メートル近くはありそうな巨大な蕗が生えている。
これが刈り取られることはもう二度となかろう。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 48 なにせ、ゲートにははっきりと「町道廃道区間」と書かれてしまっているのだ。
その区間にある標識の類も、省みられることなく打ち捨てられたものなのである。


落石注意ってか人が落っこちてますがね、この標識。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 49 崩壊地点を振り返る。


聳え立つ神削壁の迫力といったらどうだろう。
思えば人生で初めて層雲峡を訪れたのは、記憶も曖昧なほど幼い時期だった。
20年以上も昔のことで、他の記憶は全く無いにもかかわらず、屏風のように連なる柱状節理の強烈な迫力だけははっきりと覚えている。

その後層雲峡を再訪する機会がなく、この地を再び訪れたのはほんの数年前である。
そのときの、成人してから目にした層雲峡の光景(一般に開放されている区間)はなんとも遠く小さく弱弱しく、子供の頃の記憶とはかけ離れたものであり、かなり落胆したものだった。
「子供の頃に凄く見えたものが、成人してから見るとしょぼく見える」という話はよくあることで、子供心に焼きついた層雲峡の迫力もそういった類のものだろうと、そのときは失意のうちに納得したのだった。

───しかし───
私は思い出した。
ここだ、と。
親に連れられて通ったはずの遊歩道は、20年の間に封鎖されてしまっていた。
二つの厳重なゲートを越えたこの場所で、当時のあの恐怖感がありありと蘇ってくる。
20年以上前、子供心に強烈な印象を刻み付けたその絶壁は、確かにここにあったのだ。

4-2 人間のものではない道

国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 50 最も印象的な場所は、同時に最も危険な場所でもある。
層雲峡随一の大絶壁が迫る場所は、無情にもゲートによって封鎖されている。
崩落地点から400メートルほど行くと、向こうを向いたゲートが現れた。
二重通行止め区間の終わりらしい。

ちょっとほっとしたが、まだ気は抜けない。
どうせこのゲートを越えたって通行止め区間であることには違いないんだから・・・
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 51 ちょうど神削壁の終点であり、この二重通行止めはまさに神削壁を封印するためのものだった。


このゲートは下に隙間があったので、匍匐前進で突破。
振り返ってみると、神削壁の看板が掲げられ、その後方に圧倒的な大絶壁が望める。
神が削りしその壁は、もはや人間の手の届く範囲には無いのである。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 52 ここにも「観光客のみなさまへ」と題された注意書きがあり、落石のために通行止めという表示がされていた。
もっとも、ここから現道までも通行止めだろうから、この注意書きももう意味が無い。
注意書きには「一部通行止め」とあるが、今ではほとんど全部が通行止めである。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 53 ゲートを越えても通行止めの道よろしく、路盤は荒れ気味。
旧国道らしさを留める山側の擁壁と路面の掠れた速度制限表示・中央線も、植林の木々や落ち葉に覆い隠されつつある。


廃美を感じるにはちょっと熟成不足か?
もう数年もすればいい具合に醸されそうだ。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 54 脇を流れる石狩川の急流の音に現道の車列の音が混じってきた。
前方の新旧合流地点は真っ暗で、一瞬隧道かとも思ったが、ここは旧道が現道の覆道内で接続しているようだ。
延長3388メートル(完成当時は全道一の延長)もの銀河トンネルを抜けてきた車が、時速80kmを超えるスピードですっ飛んでいく。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 55 上の写真にもあるように、このあたりで小規模の土砂崩れが起こっており、倒木が道を塞いでいる。
神削壁の崩落は土砂崩れというよりも岩石崩れといったようで、文字通りの土砂崩れというのは通行止め区間でここだけ。
自転車を通すには倒木が邪魔で、何気に苦労した。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 56 層雲峡の見所が距離とともに案内されていても、そのどれもが封印され、いまや真っ当には見ることが出来ないもの。
一方で、そのどれもが層雲峡で最も見るべき価値のものといえる。
個人的には、銀河の滝や流星の滝よりも、神削壁のほうが圧倒的な"力"と"畏怖"を感じた。前者がショボいという意味ではないが・・・
惜しいことだ。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 57 最初のゲートから3km、時間は約1時間で、ついに現道と合流。

最後のゲートは二重通行止めの入り口にあったゲートと同じタイプのもの。
あそこでは上を越えようとしてフォークが引っかかって苦労したので、今回は前輪をはずしてゲートの下を抜けることにした。
現道から非常に目立つので、今までの廃道とは別の意味での居心地の悪さを味わうことになる。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 58 振り返って撮影。

この写真を撮ってようやく安堵のため息が出た。
前半は鹿の死体がゴロゴロする死者の道、後半は崩落とゲートが行く手を阻む関門の道・・・

・・・もう来たくないです・・・・・・

4-3 神削覆道

国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 59 簡素な車止めも含めると、二重通行止め区間は本当は二重どころではなく、こちら側からは4つもの関門を乗り越えていかなければならない。
あの絶大なる神削壁に触れるためには、これらの障害を越えていく図々しさと、自らの命を天秤にかける愚かさが要求される。
推奨はしないが、20年前のあの迫力を思い出させてくれたことで、私にとっては意味のある探索だった。
少なくとも、神削壁や天城岩クラスの大絶壁は、ここ以外では見たことが無い。
国道39号 銀河トンネル旧道 小函遊歩道 60 新旧合流地点に設けられた神削覆道は昭和60年製で、小函トンネル(当時の名称。平成7年に坑口から約500メートル地点で分岐させて銀河トンネルになる。第1回のイントロ参照)によってバイパスされた神削壁から取った名だ。


・・・わかっちゃいるんだが、人造物に「神が削った」という名が冠されるのには違和感を感じてしまった。
「神削覆道」をそのまま解せば、「神が削りし覆道」とも捉えられ、あたかも人の所業を神の御業とみなしたかのような驕りすら感じられてしまうのだ。
もちろん覆道名にそんな意図は無いし、神の怒りの鉄槌が下るとすれば、自然を侮って危険な場所に侵入する私のほうなんだろうな。
鹿とはいえ死体が転がる道を歩けば、目を背けていた自然の脅威が生肌に纏わりつくように実感された。

考え方、気力、障害の越え方・・・お勉強になる廃道でした。
明示的に廃道とされた二重通行止め区間は、もう復活することは無いだろう。
それ以外の区間にしても、見所といえば天城岩くらいなものだし、その周辺の路盤だって危うい雰囲気があった。
昭和初期に誕生した旧二桁国道の道は、1世紀経ずして自然に還されるときがやってきたのかもしれない。
[ 09' 6/27 訪問 ] [ 09' 9/1 作成 ]
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