国道403号 小国隧道 0

概要

国道403号 小国隧道の地図 国道403号は新潟県新潟市を起点とし、長野県松本市を終点とする一般国道である。
ただし、県境付近は未改良であるせいか、国道としては貫通していない(車道は接続している)。

小国隧道はその名が示すとおり、新潟県小国町(現長岡市)と新潟県小千谷市の境にある峠のトンネルで、現役である。
前回紹介した桜町トンネルも小国-小千谷間に存在するトンネルであったが、 両トンネルは非常に近接しており、桜町トンネルは小国隧道の北方3キロほどのところにある。
並走する両国道は少なからず関わりあいながら歴史を刻んできた。

小国-小千谷間の往来には桜町トンネル頭上に存在する桐沢峠が利用されたことは以前お話したが、このほかに小国隧道頭上にも峠が存在し、これは「小国峠」と呼ばれた。
現在では、桐沢峠に対応する国道291号と小国峠に対応する国道403号を比べたとき、その往来は完全に291に支配されている感がある。
一方で、桐沢峠と小国峠では、桐沢峠の開通が天保年間(西暦1831〜1845年)であるのに対し、小国峠のそれは延宝年間(1673〜1680)といわれており、 歴史の面では圧倒的に小国峠に軍配が上がる。
当然、当時の主要街道は小国峠であり、小国町史には「明治・大正期までの小千谷の商圏支配は実にこの道に負うところが多く」とされている。

明治に入ると、小国-小千谷間の車道が整備され始め、現在の国道291号に対応する車道(柏崎線)が開鑿されたのが明治21年である。
だが、当時主要街道であったはずの小国峠はこのとき整備されず、車道(小国線)が開通したのは遅れて明治43年のことである。
おまけに、柏崎線が開通当時から県道であったのに対し、小国線はどうやらその指定を受けていなかったらしい。
一歩リードした291号であるが、これで明暗決したかというと実はそうではなく、403号も大正3年頃には「主要ナル府県道」にまで昇格している。
そしてこのとき、それと入れ替わるようにして291号が「町村道」に転落している事実は興味深い(403号がリード)。
昭和30年には両者とも県道に編入、さらに38年に主要地方道の指定を受けることになり、ここで両者は並んだ格好となる。
その後、291号は旧桜町トンネル、新桜町トンネルと次々に改良を施されていったわけだが、方や403号はどうかというと、 なんと全く改良されていない。
厳密に言うと峠付近でちょこちょこと手を加えられたようだが、大規模な線形の改良はなく、ほぼ明治のまま放置に近い。
ここへ来て、両者の勝敗が決定されてしまった。
もっとも、291号が工業都市柏崎市へ直通するのに対し、403号の該当区間はあくまでも小国-小千谷間の往来に過ぎず、これも致し方ないことなのかもしれない。
国道指定も、291号が昭和57年、403号が平成5年と、出遅れている。

明治の車道開通は291号に一歩先んじられた403号だが、291号にはないアドバンテージを持っていた。
それが、小国隧道の存在である。
そう、この隧道は開通当時から存在する隧道なのだ。
そして、その道はほとんど改良を受ける事無く現在まで引き継がれている。
これらが意味するところ────



現役の、明治隧道だ。

0-1 403 Forbidden

国道403号 小国隧道 1 国道291号旧桜町トンネルを探索し、そのまま旧小国町市街に降りてきた。
小国市街で403号と1番違いの国道404号と交差し、ここを南下する。

どういういわれか知らないが、旧小国町を合併した長岡市では「道路に花を」的なキャンペーンをやっており、沿道には美しい花々が咲き誇っていた。
桜町トンネルの向こう、小千谷側ではこの朝に土砂降りの雨にたたられたものだが、峠を越した小国側では降った様子がない。
青空と緑の田圃、赤や黄色の花々と、自然の原色に囲まれた夏の道がたまらない。


404号に入ってから南下することわずか3kmほどで、小千谷市から隧道をくぐって小国町に入ってきた403号が分かれていく。
国道403号 小国隧道 2 291号との覇権争いに敗れた403号であるが、その影響はなお引きずっている。
291号が新トンネル開通で冬期も通行可能な近代路線なのに対し、403号の小国隧道付近は冬期通行止めだ。
隧道があるにもかかわらず、冬期通行止めというところからして、その道が以下に明治の規格をとどめたままであるかがうかがえよう。

にしても、アバウトな封鎖期間だなおい。
国道403号 小国隧道 3 291号との対応の差は何も冬期間にとどまらない。
私が最も心配していたのはこれ。中越地震の影響により、いまだに通行止めが続いていることだ。
291号も新桜町トンネルの坑口付近で土砂が崩壊し、一時的に通行止めになったことがあるが、すぐに復旧されている。
それに対し、403号は地震から2年近くを過ぎたいまでも通ることができないでいる。

自宅で旅の計画を練っていたときも、ここが通行止めであることは承知していたのだが、403号に入ってからもしばらくはそれらしい警告はなかった。
「こりゃ行けるかな?」と安心したのもつかの間、やはり公式にはまだ通ることはできないようだ。
幸い「崩壊したまま放置」ではなく、「復旧工事のため通行止め」であったので、今後も明治隧道が現役として活躍していくことは保証される。

付近に関係者も見当たらず、工事トラックが行き来している様子もないが、この日は土曜日。
見つかったらどないしよー。

まあ、とりあえず行くけど(笑)


通行止めとされた割にはおっぴろげられた車止めと、その入り口を示す巨大な矢印に導かれて、進入。
国道403号 小国隧道 4 沿道には美田が広がっており、地元関係者は普通に入っている。
とはいえ、公式には人の入らない道はこのように緑が繁茂しても顧みられることはない。
枝の影からこちらをうかがうおにぎりも、工事が終われば再び日の光の下に出られるはずだが・・・
国道403号 小国隧道 5 ここまでは一応国道らしい二車線が続いていたが、再び現れたゲートから先で1.5車線になる。

とりあえず今のところ車も人も見当たらない。
最初のゲートで、私の前を走っていた車が通行止めの看板を見て引き返してきたくらいだ。
うん、それが正しい選択だな。
私にはそんなことできないので・・・まだ行くよ。峠の隧道を見たら、帰るからさ。

0-2 道ものんびり、工事ものんびり

国道403号 小国隧道 6 1.5車線になってからは、山腹を這うように進む山岳国道だ。
明治の線形とほとんど変わらないそれは、自然と一体化した無理のない道である。
幅員とカーブは厳しいが、勾配は十分に抑えられている。

ただ、確かにそこには復旧工事の痕跡があった。
真新しい舗装と白く光る縁石は、地震の後の補修の結果だろう。
ゲートにあった工事期間は平成18年5月から始まっていたので、相当長い間この道は放置されたままだったと思われる。
国道403号 小国隧道 7 3回目のゲート。
工事のお邪魔はいたしませんので、もうちょっと行かせてください。

このあたりで、404号と分かれてから4kmほど。
峠の隧道までは残り1km。
国道403号 小国隧道 8 あまりギリギリと登るという苦しみを味わう事無く高度を稼いでこれた。
ふと谷間を見てみると、眼下には山間に刻まれた人々の営み。
思わず見惚れてしまう光景だが、縁石の向こうは落差数十メートルの大絶壁。
ガードレールも明かりもないこんなところ、夜に通るのは危険そうだ。
国道403号 小国隧道 9 確かに工事中の看板は伊達じゃなく、明らかに工事途中の箇所もあった。

ただ、妙なのはすでに3回も通行止めの看板をすり抜けてきたにもかかわらず、「片側交互通行」の看板が置かれていることだ。
本気で関係者専用区間であるならば、こんな看板必要ないと思うのだが・・・?
おまけに、律儀にも片側交互通行の看板は工事区間の向こう側にも置かれており、ここだけ見るととても通行止めとはいえない状態だ。
立ち入り禁止の工事区間でも、地元の人間にはある程度開放されているか、あるいは工事関係者がいない休日の不届き者の侵入を考慮してのことだろうか。
国道403号 小国隧道 10 ここはまだそのままだ。
道の3分の1ほどが崩落してしまっているが、中越地震全体の致命的な被害から見れば、たいしたものではない。
残された路面にはタイヤ痕もある。

0-3 贅沢な悩み

国道403号 小国隧道 11 これはまたひどい・・・

谷の向こうの斜面には、10階建てのビルの高さをゆうに越える規模の大崩落が見えた。
山の地形が変わるほどのあの崩落も、おそらくはまだ安定したとはいえまい。
今のところ谷のこちら側にある国道の被害はあそこほどひどくはないが、あの規模の崩落が起こっていたら、最悪国道そのものが放棄されていたかもしれない。
国道403号 小国隧道 12 実はそのことも、憂慮とも歓迎ともつかない複雑な思いで考えていた。
紹介したとおり付近は明治の線形を今にとどめる形で残されており、冬期通行止めの、すなわち現在では明らかに時代遅れの国道だ。
道の損傷があまりに激しく、復旧困難と判断された場合、これを機会に長大トンネルで線形改良を計画されるのではないかと。
そうすれば、明治竣工の現役国道トンネルが、ひとつ消えることになる。それだけならまだしも、最悪坑口密閉もあるかもしれない。
かたや、改良によりこの付近が旧道落ちして、それに伴って熟成されていくのもまたそそる。

われながら贅沢な悩みだと思ったが、結果は現道復旧で落ち着いたようで、明治の隧道はまだまだ活躍するだろう。
国道403号 小国隧道 13 高度を200メートルほどまであげてくると、もう目の前に稜線が迫ってきた。
その山腹に突っ込むようにしてカーブを描く道・・・
どうやら、目的地は目の前らしい。

403号に入ってから二度目のおにぎりの歓迎をありがたく頂戴し、隧道までの最後の一こぎで、接近する。
今でこそ通行止めだが、工事完了後は再び車を通すことになる明治の隧道。
ほとんど改良を受けていないといわれるが、はたして・・・
[ 06' 7/8 訪問 ] [ 06' 8/4 作成 ]
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