国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 1

概要

国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道の地図 国道49号は福島県いわき市を起点とし、新潟県新潟市を終点とする249.4kmの路線である。
古くから越後では若松街道、会津では越後街道という名で利用されており、現在でもJR磐越西線、磐越自動車道が並走する重要路線だ。
かつては佐渡の金運搬における陸路としても活躍したが、現在では阿賀野川渓谷として奇岩の景勝地ともなるような道を陸送するのは至難の業であり、 実際に拓かれた山道は夏のある時期しか通れず、馬の往来もままならなかったという。
このため、往来の多くは河船を利用しなければならかった。

現在の路線は明治15年、「鬼県令」の二つ名を持つ当時の福島県令、三島通庸によって計画されたルートを一部改築したものである。
三方道路のひとつとして、越後街道の陸路開通を目指す彼の計画は早速同年から工事が開始され、明治17年8月完成、 当時の太政大臣三条実美を呼んで開通式が行われている。
その後、郡道や県道の時代を経て、昭和28年5月、道路法改正により二級国道115号として、さらに昭和38年に一級国道49号として制定され、 本格的な改築工事が始まった。
その後40年代中頃までトンネルや長大橋の建設が続き、現在でも局所的な改修工事が進められている。


沿線各所には多くの旧道区間が残り、多くはざっと30年ものの旧道ということになる。
ただ、今回は比較的近年に旧道落ちした区間に絞りたい。

それは、昭和54年に五十島トンネルの竣工をもって廃された区間。
すでに多くのレポートが輩出されており、もはや私のつたない文章で紹介するまでもないのかもしれない。
だが、そこにはいまだ暴かれることのなかった、三島の道があった。


なお、国道49号は何度も走行しており、写真撮影の時期が一致しておりません。ご了承ください。

1-1 取上洞門

国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 1 新潟方面から進むと、五十島トンネルに接続する取上洞門をくぐることになる。
約1キロにわたって続くこの洞門は、昭和40年代から50年代の五十島トンネルの工事にかけて、飛び石的に建造された。
そのため、その延長は1キロほどだが、柱の形状やコンクリートの状態といった外見はめまぐるしく変わり、 内部を走行していてもつぎはぎで作られた洞門が一本にまとめられたことがよくわかる。
国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 2 洞門内部にはこのような分岐が存在する。
この分岐はそのまま洞門上と繋がっており、この先の五十島トンネル保守用のものらしい。
洞門入口のわき道からも洞門上に登ることは可能だが、入口の分岐は大人の身長ほどもあるゲートでふさがれているため、 自転車でも担ぎあげる必要がある。
写真に写る洞門内の分岐は、簡易的なロープで封鎖されていた。
国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 3 洞門上はこんな感じ。
今立っている地点は洞門の屋根の上にあたるが、砂利が敷き詰められた上に植物まで生えており、 ちょっと見ではとても建造物の上にいるとは思えない。

地面はコンクリートのはずなのに、それをものともせずによくも木々が生えてくるものだ。
昨今はビルの屋上に池や植物を置き、ビオトープなるものがもてはやされたりもしたが、 山からの水と栄養分があれば、自然とは人が手を加えるまでもなく元の姿を取り戻す。
国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 4 洞門上をさらに進むと、五十島トンネル抗門上に出る。
ご覧の通り、洞門は完全に抗門と一体化しており、内部からトンネル上部を見ることはできない。 洞門上の保守道は落石などの点検の意味合いがあるのだろう。
先ほどの分岐の規模からしても、自動車が入ってこれるように作られているのだろうが、ここ数年は往来が無いような気配であった。

通常この位置にある扁額はない。まあ、ここに付けても誰も見えんわな。
つけられていた痕跡などもなく、この付近の洞門はトンネル完成と同時に作られたものと推測される。


ここに何があるというわけでもないのだが、普段は見られない抗門上部を見ることができたというだけで、ちょっぴり得した気分になった。

1-2 五十島トンネル旧道

国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 5 屋根上から先ほどの内部分岐へと戻り、今度は中から五十島トンネルに接近する。
平べったい天井の上に、私はいたわけだ。

洞門によって抗門のほとんどが隠されてしまっているが、 かろうじて残る抗門右側には扁額がしっかりと掲げられていた。
国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 6 さて、五十島トンネル新潟側坑口からカメラを横に向けると、そこはもう旧道のスタート地点。
赤いひらひらのついたロープがゴールテープならぬスタートテープである。
景気よくぶっちぎってスタート・・・というわけにはさすがにいかず、おとなしくくぐってゆく。
国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 7 ロープの先にはさらにパイプによる車止めが設置されていた(2005年春撮影)。
両脇にはほとんどスペースがなく、これも下をくぐる必要がある。バイクだときついかもしれない。
国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 8 道は非常に「旧道らしい」。
両脇から侵食する緑や、朽ちつつある舗装にわずかに残された赤いセンターラインと制限速度の表示など、 情緒あふれる旧道の匂いにめまいを覚える有様である。
放棄後の熟成が足りないでもなく、かといって熟しすぎて往来が危険なほど崩落が進んでいるということもなく、まさに今が食べごろ。
国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 9 春先に来たときは周囲をかなりの雪解け水が覆っており、水がたまりやすい場所では緑の勢いも増しているが、 廃道に緑のオブジェはなくてはならないものだ。
いや、緑のオブジェが廃道のアイデンティティーを決めるといっても過言ではない。
国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 10 なんとも巨大な看板だ。
カーブが示す先には狭い五十島隧道がトラップのごとく待ち受けており、直線でスピードが出た後に急カーブ、さらにトンネルと、 この看板の大きさがその危険度を物語っている。
現役時代には多くのドライバーが緊張を強いられたことだろう。
国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 11 もはや木と一体化しつつある標識。
付近一帯には落石注意などの警告標識がいくつか残され、旧道にさらに華を添える。
残念ながら、おにぎりだけは残されていない。
国道49号 五十島トンネル旧道と旧旧道 12 上の写真と同地点の春の様子。
歩きやすさでは比べるべくもないが、やはり廃道には緑があったほうが美しい。ありすぎるとうざいけど。
まさに廃美が熟成された五十島トンネル旧道。
これだけでもオルガズムに達しようというのに、彼女はまだまだボクを休ませてくれないらしい。
待ち構えるは、二級国道時代の遺構、五十島隧道だ。
[ 04' 7/3、05' 4/2 訪問 ] [ 05' 11/12 作成 ]
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