シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 1

概要

シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道の地図 越後七浦シーサイドラインは新潟市から日本海沿いに南下する国道402号、特に、角田山や弥彦山の裏手の区間およそ14kmをいう。
青い海と断崖絶壁が続く風光明媚なこの区間は、もともとは昭和49年に有料道路として建設されたものだが、平成4年から無料開放されている。
その沿道に、妙な遺構を見かけた。

車道を走っているとそれとは気付かないだろうが、歩道をのんびり歩いていると、岸壁に刻まれた歩道があるのに気付くだろう。

遠目に見ても、路盤はところどころで崩落しており、場所によっては立ち入り禁止の看板も立つ。
観光用の遊歩道にも見えるが、新たに建設したにしては尋常ではない&観光用にしては危険なところを通っており、何かの必要性を以って築かれたと見るのが自然だ。
そしてなにより、素掘り隧道までも備える。いくらなんでも、昭和49年に観光用に掘られたのなら、コンクリ巻き立てくらいするはずだ。

「ひょっとしてシーサイドライン建設以前の徒歩道では?」

長いことその疑問が頭から離れなかったのだが、決め手となるものがなく、悶々としながら眺めていたのである。

ところが、先日図書館で資料をあさっていたところ、手がかりになりそうな記述を見つけた。
それは、今は亡き巻町の史料、巻町史の最後の年表に一文だけ見られた(見つけるの大変だったんだから)。
昭和11年5月24日 角田・浦浜間道路開通
角田とはシーサイドライン北端に位置する集落で、浦浜は同南端にある。
まさに、史料に記載された道路は現在のシーサイドラインの区間に一致するのだ。
「越後七浦有料道路工事誌(昭和51年発行)」にも、昭和49年以前、ここには徒歩道はあったが車道は存在しなかったと明確に記述されており、 昭和11年に徒歩道が建設されたことは間違いない。
すなわち、今では痕跡程度になってしまった目の前の道が、それなのだ!

シーサイドライン開通後(一部区間はそれ以前から。後で詳述)は完全に観光用の遊歩道になってしまったようだが、 岸壁に刻まれたその道を維持管理するのが困難だったのか、いつの間にか通行止めになってしまい、日本海の怒涛の荒波に揉まれるままにされている。
昭和初期竣工の廃隧道も備える通行止めの廃歩道、私の食指が動かぬわけがない!

1-1 無駄無駄無駄無駄

シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 1 その始まりはここ畳ヶ浦トンネル五ヶ浜側坑口にある。
もう少し南側にもそれらしい道がないことはないが、一部を除くほとんどの区間でその痕跡は失われている。
角海浜で探索した区間も、昭和11年に築かれた道があったはずだが、海に沈んでいた。
したがって、今回のスタート地点は角田の集落より3kmほど南側のこの地に設定し、北進することにした。
また、歴史的な背景を知らずとも、ここが徒歩道への入口として最も目に付くところだろう。
トンネルに入らずとも、「なんだありゃ」と思わせるものはすでに見えている。

また、坑口手前には「俵岩」と書かれた案内板があり、かつての有料観光道路としての風格は今尚感じられる。
ただ、矢印の指す先は水平線と遥か先に佐渡島が見えるのみで、実際のところどれが俵岩なのかはっきりしない。
歩道はトンネルに吸い込まれる道と、その外側に怪しく伸びる道とに分かれる。
とりあえずトンネルに入ってみよう。
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 2 上の写真でも見えていた、内部の明かりは外に繋がっている。
どういういきさつなのか知らないが、トンネル外へのアクセス手段はそもそもトンネルに入らずに脇の歩道を進む方法と、 内部からこの抜け穴を通って外へ出る方法の二通りが用意されていた。
抜け穴は後からぶち抜いたというよりも、そもそもこういった設計で作られたようである。

ここから外へ出てみる。
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 3 ・・・といってもいきなり立ち入り禁止だ。
二年ほど前にもこのあたりを探索しており、そのときも立ち入り禁止であった。
ただ、そのときの看板とは違っており、最近になって作りかえられたらしい。
多難な前途を予感させるが、私にとっては逆効果
遊びは危険なほど楽しいものではござらんか。

看板を越えるとすぐに古びた階段で波打ち際まで降りていく。

1-2 いきなり・・・

シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 4 階段の先に、その道が始まる。
車道は写真右の岸壁の中を貫いているのだが、もはや車の音よりも砕ける波飛沫の音のほうが大きい。

トンネルの外側(海側)を巻くようにつけられた道、ということで、位置的には旧道のそれに等しい。
もっとも、車など入る余地のないところではあるが。

もうこの時点でこの先の道が崩壊していることが分かる。
ただ、二年前に訪れたときは、不安定ながらもトンネル反対側の坑口まで出られたはずだ。
果たして今回は・・・
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 5 もはや道としての体裁を整えていないほど荒廃しきっている。
海面から近く、3月とはいえまだまだ冬の顔を見せる日本海の荒波は、容赦なく叩きつけてくる。
カメラを濡らさないように、慎重に進まねばならない。

階段を下りてやや進んだあたり、ちょうどこの写真の右側の岸壁に、小さな滝があった。
左からは日本海の荒波が、右からは滝の飛沫がぶつかるこの部分は、足元が抜けている
うかつに踏み込めば、天然の落とし穴だ。
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 6 とにかく足場が悪い。
写真ではほとんど天然の磯と区別がつかないが、一応粗末なコンクリートで舗装した形跡があり、路肩は石垣で補強されている。
しかしながら、それも爆風のような冬の季節風と怒涛の前に、長くは持たなかったようだ。

高さ1.7メートルほどの小さな海食洞をくぐり、なおも道は続く。
そして、この海食洞をくぐった先に、ひとつの山場を迎える。
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 7
スペクタクルってヤツですよ。
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 8 振り返って撮影。
せり出した岩のオーバーハングは、叩きつける波飛沫と相まって見る者を圧倒する。
頭上の岩塊が即座に落ちてくるというような恐怖はないが、背筋がぞくぞくするような迫力は凄まじいものがある。
こんな魅力的な道が通行止めとは、あまりにも惜しい。

このあたりの路盤は比較的良く残っており、上を見ながら落ち着いて散策することができる。
もっとも、残ったその路盤を見る限り、この道も相当な年代物であることがうかがえた。
まずもって、路肩石垣の作りが雑である。
大正時代の地形図を見ると、当時の道は波打ち際ギリギリを通っており、まさにこの場所と一致している。
一応昭和11年にに開通の徒歩道といわれているが、集落道としての往来はそれ以前にもあったはずだ。
このあたりは、その開通以前の面影を残しているのかもしれない。

頭上を覆う大岩塊、足元に残るかつての徒歩道の痕跡と、いつまで見ていても飽きない光景だ。
だがその先は・・・
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 9 道ねえ!!

おかしい!
2年前は足元こそ悪かったものの、向こう側まで問題なく進めたはずだ!

それが、この2年間でこの部分の路盤は跡形もなく崩壊してしまったらしい。
水深はそれほど深そうではなく、濡れを気にしなければ向こう側まで進めるかもしれない。
さすがに、崖にへばりついて向こう側へ達するのはほとんど不可能のようだが・・・。

ひとまず国道のトンネルで向こう側まで行ってみよう。
この崩落地点の向こう側に立てない場合、ここを越えていくことも考えることにする。
国道に戻る途中、カメラを持ってうろうろする私に引かれたのか、"落とし穴"のあたりで小さな子供をつれた一家とすれ違った。
パパさんよ、ここは妻子あるカタギさんが来るところじゃないですぜ。

1-3 反対側へ

シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 10 トンネルを抜け、波際の廃歩道を望む。
確かにそこには明瞭な歩道が刻まれており、見る限りあの崩落地点までは問題がなさそうだ。

海岸に下りる道を探して周囲をうろうろ。
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 11 結局道はなく、あったのは垂れ下がるロープのみ。

・・・もう遊歩道どころかサバイバルだな・・・

レンジャー部隊よろしくそれを伝って海岸に下りると、今度は落石と思われる巨石がゴロゴロする岩場だった。
あの歩道の延長線上にある以上、この辺りにもかつては歩道がしかれていたはずなのだが、痕跡は落石の下に埋まってしまったようだ。
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 12 自動車ほどもある巨石が不安定な状態で林立する海岸を歩くのは、正直恐ろしい。
両手両足を最大限に使用し、何とか上から見えていた歩道部分にまで達した。

幅一車線ほどの道はまだ何とか残っているものの、陥没や落石は至るところに見られる。
この辺りにも、崩落の魔手は伸びていそうだ。
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 13 足元には看板が立っていた形跡がある。
痕跡は道のど真ん中に存在し、十中八九通行止めの看板だろう。
かなり以前からこの付近は立ち入り禁止となっていたようだ。
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 14 その先、小さな海食洞をまたぐ箇所には、ボロボロのコンクリート橋が存在した。
波に削られたそのコンクリートは今にも真っ二つに折れそうで、渡るのには勇気がいる。

通常の山中でこんな橋(というかただのコンクリート板だが)を見かけたら、さては大正か昭和初期かと疑うところだが、 日本海の荒波という二次要素が加わっており、その年代を推し量るのは難しい。
周囲のコンクリートとさほど区別がつくものではなく、遊歩道として一定の整備を受けた時期と重なるのであれば、それほど古いものではないかもしれない。
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 15 橋を渡っても、崩落地点まではまだ少しある。

路肩の石垣はかろうじて認められるが、肝心の路盤のほうが無茶苦茶だ。
一帯どんな作用を受ければ、路肩は無事で足元が陥没するという妙な劣化をするのだろうか。

足元に転がる石は皆丸みを帯びており、左側の断崖とは明らかに様相を異にする。
ちょっとでも波が高くなれば、まともに飛沫を食らうこの辺りでは、地上にあるものですら波の研磨作用を受けるようだ。
シーサイドライン脇の廃歩道 怒涛渦巻く断崖の道 16 歩きにくい岩場を進んでいくと、先ほどの崩落現場に到達した。
幸い、崩落はこの一箇所のみで、反対側にたつことができたのはよかった。

こちら側から見ると、なんとなく崖に張り付いて向こう側へ行けそうな気もするが・・・
まあ、滑落するか波をかぶって沖合いまで流されるかがオチなので、やめておこう。
通り抜けることこそかなわなかったものの、崩落地点の反対側に立つことができ、ここはMission Completedだ。
再び来た道を戻り、さらに北へと続く廃歩道を目指す。

そこにあるのは、廃隧道、である。
[ 06' 3/5 訪問 ] [ 06' 4/7 作成 ]
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