昭和炭鉱跡 隧道マーケット 4

概要

声なき声が隧道内にこだまする、なんとも独特な雰囲気を醸し出した隧道である。
数千人の人々が買い物に出入りしたという隧道マーケットでは、他にはない生活感の名残が感じられる。

4-1 意外な買い物客

昭和炭鉱跡 隧道マーケット 52 店の内部を覗いてみる。

店は幅、奥行き共に2メートル程度。
隧道内という特殊な立地条件からか店の規模はかなり小さく、往時には相当雑然と商品が並べられていたことだろう。
閉山によって山から人が消えると同時に、この商店街からも人が消えた。
什器は放置していったらしく、その成れの果てと思しき瓦礫が部屋いっぱいに散乱しており、中には入れない。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 53 店はこんな感じで右に偏在して一列に並んでいた。
奥のほうは明かりが届かず、どこまで続いているのかはまだはっきりしてこない。

見れば見るほど、50年前にここで店主と客のやり取りがあった場所とは思えない。
もっとも、現在の地下街であっても、明かりを消してしまえば、この雰囲気に近しいものになるだろう。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 54 「ふぬゎっ!」

カメラを構えて写真を取ろうとした瞬間、顔の前を何かが横切った!
そのままシャッターを押してしまい、変な写真になってしまった。
久しぶりにあいつか、蝙蝠がいるな、ここは。
しかも、奥のほうには大量に飛び回っているようだ。

蝙蝠に会ったのは何年ぶりだろう?
北海道では初めてなんじゃないかな?
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 55 そこらの車道の隧道とは違い、この断面積の狭さである(振り返って撮影)。
天井付近をパタパタと飛んでいる限りは問題なくても、この狭さでは顔面直撃もありえない話ではない。
できるだけ身をかがめて歩くようにした。
こちらとしては、久しぶりの蝙蝠さんとの再会で、むしろテンションはあがってくるんだがね。向こうにとっては大迷惑。

4-2 ウィンドウショッピング

昭和炭鉱跡 隧道マーケット 56 店を覗きながら奥へと向かう。

右奥の陳列棚には、「お洗たくに アルコ ブルー」と書かれていた。
アルコ ブルーとは、wikipediaによると日本で最初の中空粒状洗剤だという。
ここは日用品を売る店だったのだろうか。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 57 その店の入口には、「ピァッコ チョコレート」と書かれたブリキ缶が置いてある。
これにはピアノの鍵盤が描かれていた。
こちらはネットの検索では引っかからない。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 58 続いて隣の店。

大きなショーケースのようなものが残された、この店はいったい何を売っていたのか。
これは魚を並べる冷蔵ケースのようにも見えた。


店の構造はどこも同じ。
そして、その内部に瓦礫が充満していることも同じだ。
思わず店のほうにばかり注目してしまうが、店の向かい側にも、変わった構造があった。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 59 待避坑!?

見たことのない隧道マーケットという存在のなかで、いつもよく見る構造物。
ちょっと信じがたい出会いであり、こいつの出現にはちょっと面食らった。

こういう構造があるのは、もちろんアレだ、鉄道用隧道であることを意味する。
自動車も入ることのなかったであろうこの隧道マーケットにおいて、そこを行き来するのはもっぱら人間である。
すなわち徒歩用の隧道に分類されるわけで、こんな待避坑が必要であったわけがない。
ではいったいこれは何を意味するのか・・・?

・・・この隧道マーケット、由来については全くわかっていない。
それはとりもなおさず、この隧道が鉄道に由来したという可能性が否定できないということだ。
炭鉱が現役であった頃、隧道の外には縦横に貨物用の線路が張り巡らされていたはずだ。
この隧道ができたそもそもの目的が、そういった鉄道の延長線上にあったとしても不思議ではないのである。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 60 隧道の由来は不明だが、その終焉はこうして壁に刻み込まれたまま、時を過ごしている。

「閉山絶対反対」

隧道内に、声なき声がまた、響いたような気がした。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 61 「本当にここが、食料品店だったなんて・・・」

朽ち果て、ぼろぼろになった"遺跡"は、確かに食料品店の看板が掲げられていた。
かつてここが食料品を扱った店であったことの紛れもない証拠である。
21世紀になった今の光景からは、当時の姿をうかがい知ることは無理であった。
わずか50年前でありながら、周囲はまさに遺跡の様相を呈している。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 62 こんな光景なのだから・・・
少なくとも、目の前の景色に商店街の光景を思い描くことは無理ってもんだ。
地下墳墓のほうがもっともらしい。


隧道マーケットと呼ばれる異色の商店街が、50年前には広がっていた。
今とは文化も常識も違っていたような、別世界の遺跡のようにも感じられる。
わずか50年前が、異次元の世界のように思えてならない。
そして、今自分はそんな異次元の世界が崩壊した跡に立っているようなもの。
不思議な感じ。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 63 ここは呉服店か。
隧道内部では湿気っぽくて、すぐにカビそうなもんだが。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 64 振り返って撮影。
お買い物を始めてから、10分近くを経過していた。
全体の距離は長くないはずなのに、ウィンドウショッピングは時間がかかる。
物珍しそうに周囲を眺めながら歩いているという条件だけは、50年前の買い物客と同じだな。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 65 商店街跡地には、いくつかの生活用品が転がっている。
廃隧道に生活の痕跡が見られることは珍しくないが、最寄の人家までも車で数十分はかかるようなこの場所には、現代人が住んだとは思えない。
これらは50年前の現役時代のものだろう。
日本中のどこの隧道よりも、生活に密着した隧道であったのだから。
徐々に、かつての生活の跡としての隧道の姿が見えてきた。
だがそれは断片的で、靄にかかったようにすべての姿を映し出してくれない。
いまなお明瞭であったのは、その最期の瞬間に抗う人たちの叫びのみなのである。

そんな隧道マーケットも、もうすぐ終点だ。
[ 11' 5/6、11' 7/16 訪問 ] [ 11' 12/19 作成 ]
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