昭和炭鉱跡 隧道マーケット 5

概要

食料品店、呉服屋、その他もろもろ。
確かにここは商店街であり、人の声が響いていた。
文明崩壊後のようなこの廃隧道の中で、いくつか残された看板だけが、往年の活気を物語る。

5-1 「洗」客万来

昭和炭鉱跡 隧道マーケット 66 振り返って撮影。
いったい何件の店があったのか、途中まで数えていたのだが、興奮する洞内では数字のカウントなど飛んでしまった。10軒は下らないと思う。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 67 とうとう商店街の終わりが見えた。
同時に足元には水がたまり始めている。
それは徐々に深くなっているようであり、どこまで行けるのか、不安視させた。
さらに、さっきからざわめいていた蝙蝠たちの密度は、奥に向かうに連れて増していく。
低い天井とも合わさって、直撃しかねない彼らの中を進んでいくことになる。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 68 50年前の華やいだ商店街の喧騒はなくなっている。
探索者のかき分ける水が、ジャボン、ジャボンと音を立て、その波の間に蝙蝠の細かい鳴き声が混じっていた。
その中で時々、カメラの電源を入れたり、シャッターを切る音が響く。

そんな物理的な音とは別に、壁に塗りこめられた最期の人たちの声。
これまでのポスターと同様に、昭和支部閉山反対斗爭本部の名で、「悪ラツな会社の閉山・・・(以下判読不能)と掲げられている。
生活の糧であった炭鉱とその経営会社に、「悪ラツ」とまで言い切っている。
会社がどう存続の努力をしようとも、ヤマのコミュニティの崩壊は防げるものではない。
ましてそれは時代という潮流の中で、国という巨大機関によって進められたのだ。
彼らの声はこの隧道の中に閉じ込められたように思われた。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 69 予想通り水深は徐々に増していき、靴の中は水浸し。
まあ、隧道入口で川を渡渉したときにずぶ濡れになっているので、そのこと自体は気にならなかった。
かき分けた水が隧道内に波を作り、ブリキの扉にぶつかって、ガコンガコンと音を立てるほうが気になる。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 70 商店街は終わり、後は出口に向かって歩くだけだ。
出口は土と藪にほとんど覆い隠されていることが確認されているので、その先に出ようという考えはない。
大きく左にカーブした先に外の光が壁に反射しており、春先に見たようにわずかながら貫通しているらしい。

蝙蝠の密度と水深はさらに増し、身を低く、かつ足元に気を使う、という歩きにくい格好で進んでいく。

5-2 客は河童

昭和炭鉱跡 隧道マーケット 71 入洞から12分。
隧道はかなり急角度に左に曲がる。
待避坑があったことから鉄道用の隧道に端を発する可能性も考えられたが、それにしてはきついカーブである。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 72 曲がった先は緑の出口だった。
4分の3ほどは土砂に埋もれ、その部分が水の最深部だ。
現在のところ、水深は膝くらいまで来ている。

出口から脱出することは実質不可能だが、とりあえず外は確認しておきたい。
進みにくい水の中を、蝙蝠の乱舞と共にジャブジャブと進んでいく。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 73 ・・・見えぬ!!

春先にはあんなに明瞭に見えた隧道の出口は、息も塞がりそうなほど濃密な藪に覆われ、全く外が見通せなかった。
じゃあ掻き分ければいいじゃんとか思われるかもしれないが、出口は崖に口をあけており、そのまま谷底まで転がり落ちるレベル。
あまり深入りはせず、このまま引き返すことにした。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 74 土砂の山から振り返って撮影。

出口はかつての坑口に向けて口をあけている。入口はあの炭鉱アパートだ。
50年前、坑口から帰ってきた男たちが坑口浴場で身を清め、家族の待つ炭鉱アパートに向かって歩いた。
この隧道マーケットは、いわばその通勤経路にもなったことだろう。

炭鉱での重労働を終え、食料品店で思わず甘い物がほしくなり、「ピァッコ チョコレート」を買ってしまう。
そういえば、妻に洗剤を買ってくるように言われていたっけ・・・

そんな時代を、この水没した隧道から想像ができますか?
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 75 かつての彼らがそうしたように、炭鉱アパートに向かって戻ることにした。
写真は帰り道に撮影したもの。

結局商店の数は帰りにもカウントし忘れてしまい、正確に何件あったのかはよくわからない。
ただその数は、「商店街」といえるだけの数はそろえていた。
失われた商店の看板はもはや想像するしかないが、おそらく生活必需品のほとんどはこの隧道マーケットでそろえることができただろう。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 76 往路には気がつかなかった看板や張り紙もいくつか見られた。
残念ながらそれらは劣化が激しく、得られる文字情報は限られていた。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 77 霞の向こうに照らされる入口。
隧道自体の崩壊は入口付近が顕著であり、上下左右共に無事なところはない。
出口側からの進入は事実上不可能な状況だし、崩落によって入口がふさがれ、商店街の本当の最後の日が来るのもそう遠い日ではない。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 78 「うわっち!」

実はのんびり撮影できる状況ではなかった。
出口付近で騒いでいた蝙蝠たちは、出口から出てくれればいいものを、入口付近にまで戻ってきて、私の頭の周りをばたばたと飛び回っている。
予測不可能な動きをする彼らを避けるべく、中腰になって出口に向かう。
北海道の蝙蝠は初めてだが、本州よりもアグレッシブな感じで困る。
昭和炭鉱跡 隧道マーケット 79 幸いにも空は持ちこたえ、帰りの渡渉にも支障は無し。
足元はずぶ濡れのまま自転車にまたがって、林道入口においておいた車に無事に戻った。


最近は河童出現率が高い気がする。
40年以上前に閉鎖された隧道マーケットに残されていたのは、生活感よりも閉山に反対する人々の叫び。
今とは違う社会の中で、「いらっしゃいませ」「またのお越しをお待ちしております」などとは言っていられなかったのだろう。
彼らの叫びとは裏腹に、反対を叫んだ声が隧道内に取り残され、商店街は無残にも朽ち果てた姿はなんとも痛ましいものであった。
最後の利用者である蝙蝠たちの安住の場となっていることが、せめてもの救いなのかもしれない。
[ 11' 5/6、11' 7/16 訪問 ] [ 12' 1/15 作成 ]
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