谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 1

概要

谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よの地図 偶然によってその存在を知った谷根隧道。
だが実際にその前に立つためには、偶然には頼れない。
廃道の匂いがするその道の先へと進むには、やはり己の肉体を駆使する必要があるのだ。

1-1 古道の美、ここに極まれり

谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 18 農道の舗装はあっという間に消え去り、砂利すら敷かれていない土の道となった。
一応四輪の轍はあるものの、最近人が通ったような形跡はない。

周辺は雑木林に囲まれて薄暗い。
そんな中に、地図から消えて数十年という明治の隧道を見つけることはできるのだろうか・・・
なにしろ、順調にこの道をたどれたとしても、道はどこかで隧道から離れていくのだから。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 19 土の地面は非常にMuddyで、きつい勾配もあって自転車では進みにくい。
ただ、轍がそれを示すように、自動車でも何とか進めそうなくらいの規格ではある。
この写真のような明らかな掘割も存在し、一定の整備を受けていたのは確かだ。

隧道は明治23年竣工だが、同時に隧道前後の道も改修を受け、それまでの徒歩レベルのものが車両が通れるような道になったという。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 20 美しい・・・

旧街道のような掘割がそこかしこに見られ、明治隧道へのアプローチとしては雰囲気抜群である。
緑の中に一条に続く掘割が、炭を背負って歩いたかつての風景をそのままにとどめている。

こんな道の先に、掘りっ放しの素掘り隧道なんかあってしまったら・・・私はどうにかなってしまうかもしれない。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 21 掘割の中には、このように石垣の痕跡を残すものもあった。
かなり自然に帰りつつあるが、その自然と同化しつつある姿こそまた良いではないか。

さすがに隧道が掘られただけあり、谷根の住人にとってこの道が如何に重要視され、整備が続けられてきたかがうかがえる。
青海川駅に続く立派な道ができてからも、少しは往来があったとされている。
ただ、それも今のこの道の状況からすると、過去の話となってしまったようだが。

1-2 昇華 to 廃道

谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 22 進めば進むほど、道の様相は怪しくなっていく。
車両も入れた道は、いつの間にやら徒歩の往来すらまともにないような廃道になった。
ほとんど日光の入らない鬱蒼とした森の中といった感じだが、足元には藪がはびこり、もはや自転車に乗って進むことはできない。
また、空が開けていないため、手持ちのGPSはあっという間に衛星信号を見失ってしまった。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 23 廃道にお決まりの崩落もしっかりある(なくていいのに・・・)。
地形的にはそれほど急峻といった感じはしないが、山の斜面から土砂が崩れ落ち、おまけにその土砂の上には私の大嫌いな笹薮が茂っている。
笹薮って冬でも元気だし、道の痕跡を完璧に消し去ってしまうので嫌なのよね。

まあ、崩落は小規模で、その上を自転車ごと乗り越えていくのには問題ない。
崩落の向こう側にも、とりあえず道の痕跡は続いているため、迷うことはない。
押し寄せる藪の波を掻き分けて、地元の人間すら入っていない廃道をズカズカ進んでいく。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 24 振り返って撮影。
県道を別れてしばらくは掘割や石垣などもあり、また山菜取りなどで多少の人の往来があるために、古道らしい美しい道であった。
だがもうこの辺まで来ると、いったい何年の間ここに人類を通さなかったのかと思えてくる完璧な廃道。
かろうじて足元の平地から道の痕跡はうかがえるものの、下手に道を外れれば元の場所に戻ってくることもできるかどうか・・・

谷根川沿いの県道とは直線距離で150メートルほど離れており、ただでさえ交通量の少ない県道の車の音は聞こえない。
聞こえてくるのは木々のざわめきと、小鳥の鳴き声だけだ。
人が入るところであれば、こんな音もリラクゼーションのひとつになるだろう。
が、こんな深い山中ではそんな音に耳を傾けている余裕はないのだ。
熊もいるだろうし・・・
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 25 も、なんなのここ。

道のど真ん中から、道幅の80%はありそうな巨大な杉の木が。
一瞬道のlostを疑ったが、確かに巨木の前後に道の痕跡がある。
いったいこの道は、何十年ほったらかしにされたのだろう・・・

この巨木を過ぎると、道は大きく右にカーブを打った。

1-3 待ち人来たらズ

谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 26 えーと、
道ないです、道。

むむむむむ、おかしい。

地図上では、まだまだ道は先まで続いているはず。
現在の地形図でも、ふもとで見た地滑り危険地帯の看板にも、その道ははっきりと描かれている。
なのに、ここより先は全く道の痕跡がない。
考えられるのは、土砂崩れによる道の埋没だが、そのような痕跡は見当たらない。
これはいったいどういうことなのだ・・・?





いや・・・



もしも私が地図の読みを無視して、自分の直感を信じてよいのならば、山の斜面に向かってぐっと折れているように見える。
そう・・・これは隧道の前兆に他ならない。
等高線に従っていた道が、自然の摂理に反して山腹をぶち抜く、その前兆なのだ。

だが一方で、水の流れによって形成された、自然の地形のようにも見えてしまう。
そして、現在の位置(GPSが死んでるので推定でしかないが)からは、まだ隧道は遠いはず。

考えても仕方がない。
"山腹に立ち向かっていったように見える道の先"を見てみれば、答えは得られる。
少なくとも等高線に沿った道としてはその終点から、深く抉られた山腹の方向を見てみた。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 27
・・・
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 28 分からん・・・

道の線形からいえば、ここに隧道があってしかるべき。
これまで等高線に沿っていた道が消えたことと、道が山腹を深く掘り割って直角に曲がった(ように見える)こと、 これらを合わせれば、ここに隧道があることにどんな疑念を挟めようか。
抉り取られた地形の規模も、柏崎市史にあった谷根隧道の坑口の写真によく似ているような気がしてならない。
だが残念なことに・・・その姿はなかった。

「坑口は埋没したのか?」
「ここはただの沢で、見当違いのところを探しているのか?」

その答えすらも、私には出すことはできない。
だが、あえて言うならば、私は後者だと考える。
下に地図を掲載するが、少なくとも地図を見る限り、隧道はもっと先にあるはず。
消失した道の、その先に。
西側坑口周辺図 現在位置(推定)。

現地で私は苦悩していた。
この先、現在の地形図であってもまだ道は続くはずだが、現地には間違いなく道は存在していない。
崩落で道が埋まったとかいうのではなく、全くの山の斜面にしか見えない。
だが、古い時代の地図にある谷根隧道は、推定される現在位置よりも200メートルほど水平に進んだ先にあるようだ。

・・・私の読みは正しいのか?
正しいとするのならば・・・行くのか・・・?
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 29 こんなところを。

転落して即死ということはないだろうが、足を滑らせれば骨折くらいはしそうなところだ。
それよりも、あまりにも見通しが利かず、目印となるような人工物もない、深い山の中。
さっきも言ったが、道を外れれば、戻ってこれないかもしれない。
その道がないところに、私は足を踏み入れるのか・・・?





持っていた地形図をしばらく睨んだ末、私は、連れ添っていた相棒を、地面に放り投げた。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 30 ・・・一歩ごとに後ろを振り返り、ルートを見失わないようにしながら、50メートルほど進んだ。
だが・・・


「ここはだめだ・・・」

あまりにも、あまりにもここは深い。
これ以上進めば、確実に山中で迷子になる。
斜面を下っていけば県道に突き当たるのは確かだが、それすらも信じがたいほどに周囲は静まり返っている。

せめてGPSが効くならば、どんな山の斜面でも目的地まで最短距離でいけるのに・・・
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 31 役立たず・・・
結局、谷根隧道西側坑口の確認はかなわなかった。
県道と分かれてから40分ほどの午後1時18分、

「直感が正しいのならば、坑口埋没」
「地図の読みが正しいのならば、道の荒廃激しく到達不能」

そんなあいまいな結論で、引き返すことにした。
頭上の葉が落ちてGPSが効きやすい春先、あるいは、何か目印にできる紙テープなどの用意があれば、山を進むことはできたかもしれない。
いずれにせよ、今は西側の坑口は確認できないのが痛恨の極み。
直感では、埋没消失といいたいところだが・・・

これで東側も同じようだったら、私がはるばる柏崎まで走ってきた意味がない。
何が何でも、東側の坑口を探さねば!
[ 06' 5/21、06' 5/27 訪問 ] [ 06' 6/16 作成 ]
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