谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 3

概要

谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よの地図 東側坑口を目指して、二回目の挑戦。
坑口のありやなしやは神のみぞ知る。
それを、私も知りたい。

3-1 遺構?

谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 50 前回の訪問から6日後の5月27日、私は再び現地に立った。
この日は柏崎まで輪行してきたため、現在の時刻は午前7時50分である。
余裕余裕。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 51 前回引き返した崩落地点までは、美しい林間の道。
少々藪がはびこってきて不安な場所もあるが、基本的に乗車のままで進める。

足元には最近(前回の訪問から、今日私が入ってくるまでの間)人が入ったような足跡もある。
やはり、この道は米山登山道として活躍しているのだろうか・・・?
崩落しているとはいえ、ある程度の人が入っているようなら、この先の道への不安はずいぶん和らぐ。

また、足元には明瞭な自転車の轍があったが・・・
これは私が一週間前につけたものだな。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 52 沿道には確かに人の手が加えられた痕跡がある。
石に直接穿たれたこの穴はいったい何だ・・・?
いつのものなのか、これがなんなのかも分からないが、はるか古来より続く歴史ある道であることを考えていると、 こんな遺構もなんだか貴重なもののように思えてしまう。

3-2 廃道だけど廃道でない

谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 53 で、前回引き返した崩落地点にやってきました。
道の右側にある小川が路盤を激しく抉り、上から崩落した土砂がさらにそこを覆うという形で、かつて車道だったはずの道は完全に寸断。

ただ、前回も書いたが、徒歩で通過する分にはなんともない場所である。
実際、写真に写る踏み分け道は崩落地点を難なく乗り越え、この向こうまで続いている。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 54 とにかく自転車が邪魔。
まあ、崩落地点の頂上にまで登ることは何とか可能だが、下りのほうは落ちてきた樹木のせいで直角に近い角度になっている。
高さはなく、飛び降りても平気な程度だが、自転車がその樹木に引っかかり、狭い足場とあいまって通行を著しく妨げる。

写真は土砂の頂上付近から向こう側を見たもの。
壁のようにそそり立って見えるのは地面である。
この場所がいかに直角であるか、お分かりいただけるだろう。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 55 何とか乗り越え、振り返って撮影。
自転車は下ろすために試行錯誤した結果、前後が逆になってしまった。

このように、ここの落差は1.5mくらいあり、帰りは逆に自転車を担ぎ上げないとならないことを思うと、本当に自転車を通してよかったのかどうか・・・
最悪、川の中をジャブジャブ進むことも考えねばなるまい。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 56 その先もとりあえずシングルトラックは識別できる。
最近つけたような足跡も、まだこの先まで続いていた。

最初の崩落からすぐに、また崩落により道は塞がれるが、ここは一回目の崩落ほど越えにくくはない。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 57 道をふさぐ倒木には、明らかに人がのこぎりで切り取った切り口もあった。
やはり、それなりの人の往来はあるようだが、果たして米山登山道として機能しているかどうかは疑問である。
北越鉄道の開通によって通るものが少なくなった谷根隧道は、その後米山登山道の一部として、なんと有料にて登山者に利用された。
明治隧道を通るというスリルはやはり万人共通なのか、結構名物として機能していたという。

だが、以前確認したように、少なくとも西側坑口付近は荒廃激しく、隧道が登山道として利用されているとは思えない。
隧道を通過しない現在の地形図の道であっても、尾根付近は荒れ放題だ。
どう考えても、この先は袋小路なのだが・・・

3-3 やっぱり廃道

谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 58 来たよ来たよ廃道だよ!

生い茂る藪は完全に路盤を埋め尽くし、自転車で進入したことを後悔させた。
地形と藪の凹凸から判断される道を見失わないように、慎重に進む。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 59 これ・・・行けんの?

足元を見ると、誰のかも知れぬ足跡はまだ先へと続いている。
こんなところを、いったいどんな人間が、何を目指して進むのか・・・?
自分のことを棚にあげて、そんな疑問が頭を漂った。

少なくとも、私には隧道の確認という使命がある。
前進あるのみ。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 60 いつの間にか道は高度を上げ、川面から5〜6メートルの高さまで登ってきていた。
道は川の右岸に、隧道は左岸にあるため、どこかで渡渉が必要となると思われる。
あまり高度を上げてしまうと、それが難しくなるのだが・・・

というか、転落死の危険が出てくるのが恐ろしい。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 61 廃墟の駐車場からおよそ900メートル、時間にして40分ほど来た。
日陰になるようなところでは藪も落ち着き、何とか落ち着いて写真を撮っていられる。
足元のシングルトラックも、ここではくっきりとしていた。
自転車に乗車できるのはこのようなわずかな区間だけしかないが、乗ってもすぐに押しが必要な場所になってしまうため、 ここまでほとんどが体力を使う押しである。

また、道路構造物というものが一切ない(もしくは完全に藪に埋もれている)ため、「何もない藪でも進める精神力」というものが要求される。
その点においては、はるか数ヶ月前から夢見続けてきた谷根隧道がこの先に、と思えば、なんとでもなるが。
ま、藪の中にわずかにその存在を確認できる平場をたどっていくのも、それなりに楽しい。

少しの休憩の後、光り輝く道の先へと踏み出した。
まだ先は長い。

3-4 藪に消えた・・・

谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 62 上の写真から少し行くと、小規模な土砂崩れによって道が塞がっている。
その土砂は完全に藪に包まれ、自然の斜面と変わりなくなっているために、うっかりすると道を見失う可能性がある。
というか、私は見失った。
写真はその後、何とか土砂崩れの先の道に戻ってきて撮影。

この辺まで来ると、あまりにも藪の密度が濃いために足元の足跡も見にくくなる。
なにぶん川と山の間の狭いスペースを進んでいるために、道に迷うということはないだろうが、 路盤を逸脱すれば、この藪が天国に見えるほどの藪地獄なのはいうまでもない。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 63 が、徐々に路盤の藪も地獄と化してきた。
深い藪は腰ほどにまで伸び、足元など何も見えない。
草本の類なら自転車で踏みつぶしながら進めるが、だんだんと木本植物が周辺を覆いだし、こうなると自転車が目の上のたんこぶとなる。
もともと自転車に乗れるところなどなかったが、ますますその歩みは遅くなる一方だ。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 64 あー・・・


もう、だめっす。
まだ半分も来ていないのに、藪、ひどすぎっす。
1メートル進むのにも、自転車に絡みつく蔦や枝を千切りながらの歩み。
ストレスがたまる。

これはもう、その歩みを妨げる最大の脅威を取り払わざるを得ないか・・・
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 65 バイバイ、相棒。

私はサイドバックに入れた明かりと地図、そしてハンドルバーに固定したGPSを携帯すると、ここまで寄り添っていた相棒をこともなげに放り捨てた。
こいつがいないと今日ここから帰ることもできないというのに、完全に邪魔者扱いである。

藪があまりにも深いために、相棒の体はほとんど藪の中に沈んでしまった。
目立つ赤い色だからいいものの、緑色の自転車なんかできてしまっては、自転車すら藪に見失う危険もある。
無事にここまで戻ってきたとしても、自転車を失えば、それは私のようなサイクリストの両足を失うことに等しい。
この道の突破には、自転車の色すらも重要といえるかもしれない。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 66 藪が開けたところでふと足元を見ると、まだ足跡が続いていた。
まったく、こんなところまで何しに来るんだ(人のこと言えるか)。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 67 自転車を置いてきたのは正解だった。
こんなところも、相棒がいるとどこを通すかで悩み、通すまでに試行錯誤を繰り返し、よしんば通しえたとしても、 随所に絡まった枝や草を引き剥がさなくてはならない。
ガッチリ食い込んだ太い木の枝を引きちぎるときなど、自転車が故障するのではないかと不安になるものだ。
だが、身軽な今はこんなところでもサクサク進める。
二足歩行ってすばらしい。
「サクサク進める」とはいっても、それは自転車が横にいたときと比べてという意味である。
道の荒廃ぶりは、明治時代の改修工事も、昭和初期の自動車の往来も、その後の登山道としての役目も、全く痕跡をとどめていない。
とりあえずの平場が確認できる程度の荒れ果てた道を、目と鼻を最大限に利かせながら、更なる上流を目指して進んでいく。
[ 06' 5/21、06' 5/27 訪問 ] [ 06' 6/30 作成 ]
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