谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 4

概要

谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よの地図 相棒と別れ、深い谷底に刻まれたかつての道を孤独に進む。
沿道に人工物はなくとも、恋焦がれた隧道を目指す私のテンションは上がってゆく一方だ。

4-1 耕地跡

谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 68 自転車を捨てて身軽になったとはいえ、激しく荒廃した道を進むのには難儀する。
ただ、土砂崩れや路盤の崩落などがないために、藪さえ刈り払えば自動車でも通行できそうな気がする。
勾配も緩やかで、幅員もしっかり車道規格だ。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 69 崩落はなくとも、道をふさぐ潅木は多い。
こんなところ、自転車ではまず越えられないだろうし、徒歩であってもちょっと参った。

参ったので、ちょっとここらで渡渉を試みることにした。
先ほどまで川面から路面まで数メートルの高度差があったが、今はほとんどなく、渡渉のチャンスと見たのもひとつの理由である。
さらに、今いる道は沢の右岸を走っているが、隧道は左岸にある。
「ひょっとして隧道が建設された当時、道は左岸にあったのでは?」
そんな予想もあり、葦に覆われた沢地を突き進んだ。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 70 ぬぼった・・・

沢としての水の流れは細く、跨いで越えるのは簡単。
だが、その先は足首までずぶずぶと沈む凶悪な泥の沼地。
底なし沼のごとき足元に身動き取れなくなったときは正直ヤバイと思ったものだ。

何とか脱出はできたものの、靴の中まで泥まみれである。
おまけにさすが石油の地柏崎というのか、どうも地面から油が染み出しているようで、 沢の流れで洗った程度では泥が全く取れない。

結局、帰宅後にこの靴下は廃棄処分となりました(ウィンドブレーカーと靴は意地でも洗濯)。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 71 で、その左岸であるが、確かに道らしき痕跡はあるような気がするが、どうもはっきりしない。
この写真は下流側を撮影したもので、上流側はさらに痕跡が薄くなっていた。
足元はこの先しばらく沼地が続いており、ちょっとこの路盤を進んでいくのは容易ではない。

ん〜、ちょっとあるともないとも言いがたいが、進んでいくのが困難である以上、元の道に戻るしかないな。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 72 帰りも泥を掻き分けて戻ることになる。
結局泥まみれになっただけで、左岸の道についての結論は得られなかった。
ただ、この泥というか沼地は、どうもかつての耕地の跡のような気がする。
隧道の鯨波側(東側。現在いるあたり)では、かつて耕作が行われていたという事実がある。
隧道が荒廃しつつある頃、それでもなおそこを通るものは、米山の登山者とこのような耕地を持つ人のみであったという。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 73 実際、少し進むと確かに棚田の跡が見て取れた(写真では分からないかもしれないが)。
当然ながら、現在人の手が加えられていることはない。

また、いつのまにやら足元に続いていた足跡も失われ、完全に孤独な探索になってしまった。
周辺には獣道程度の道すらも存在せず、もはや登山道としても全く機能していないらしい。
こうなると、必要なのは藪を突き進む体力よりも、孤独に耐える精神力である。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 74 無人の耕地跡を藪中行軍。

一切の人通りをなくした耕地跡であるが、路盤の平地から何とか道がどこにあるかくらいは判断できる。
もっとも、藪がはびこるとはいえ新緑の季節である5月の探索であったから、それが可能であっただけかもしれない。

4-2 魂の叫び、そして希望

谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 75 う、道が・・・

道は沢に着かず離れずの所を伸びていたが、それをトレースしてゆくと、やがてそれは途絶えた。
左の斜面は棚田の跡、右側にはすぐに沢が迫っており、どう見てもここに道はない。
どうやら棚田のどこかで、道は沢から少し離れたところに折れていたようだが、いくら探しても、その分岐を見つけることはできなかった。

ではどうするか?考えられる選択肢は三つだ。
1. 道なき道を突破
2. 沢登り
3. 渡渉して左岸の道(?)を進む
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 76 私が選んだ選択肢は、3。
1は時間がかかりすぎるし、危険も大きい。
周辺が耕地跡であることを考えれば、先ほどのような底なし沼が広がっていることも考えられる。
2は不可能ではないが、やっぱりろくな装備もなしにずぶ濡れになるのは困る。
そして3は、かなり隧道に近くなってきたことから、左岸に道があったとすれば、そろそろ現れることが期待された。

行き止まりから少し戻り、川岸が崩れて傾斜がゆるくなったこの場所で、対岸に渡ることにした。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 77 渡渉自体は何の苦もなく完了。
なにしろ川幅が1メートルくらいしかないので、渡渉というかジャンプしただけである。

で、対岸には相変わらず道のような、そうでないような光景が広がっていた。
顔面まで覆う猛烈な激藪に進むのをためらったが、足元には平場のようなものを感じられる。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 78 確証はないが、やはりここにはかつて道があったと思われる。
路盤に自然の山のような傾斜がなく、ほぼ水平につけられた道の感触が足元から伝わってくる。
ゆえに、しばらく進んでみた結果、「進める」という結論が得られたのだ。

もっとも、藪のひどさ、路盤や斜面からはびこる潅木の密度は、先ほどまで通ってきた右岸の道とは比べ物にならないことは言うまでもない。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 79 道としては・・・死んでいる。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 80 「教官!蔦が邪魔で通れません!」
「馬鹿野郎!どこに目をつけてんだ!匍匐前身で進め!」
「サー!イエス!サー!」

そんな怒号が響いたとか響かなかったとか。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 81 対岸から望む耕地跡。
放棄された棚田からは画一的な植物が生い茂り、その骸はさびしげだ。
これらの耕地を耕作していた人であれば、今までの道も隧道も何度となく通ったはずだが・・・
それもこれも、何十年と昔の話である。

現在の地形図では、対岸の耕地を縫って道が伸びているように描かれているが、ここから見る限り、そのような道は見当たらない。
むしろ左岸に渡ってよかったかも。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 82 時に倒木をまたぎ、時に倒木をくぐる。
跨ぐことも屈んで通ることもできず、匍匐全身でなければ進めないところも何箇所かあった。
こんな倒木がかわいく見えるような道だ。
間違っても自転車など持ち込むことはできない。
谷根隧道 古道の先に明治の隧道を見よ 83 むむむむむっ!

道が・・・


道が曲がっている!

出発から2時間弱、現在時刻は午前9:30。ついに、その予兆が現れた。
西側坑口付近で見られた、痕跡もどきの掘割ではない。
ここは、確実に山に向かって右に曲がっている(写真じゃちょっと・・・)。
直進は完全に山の中で、道はどこにもない。
GPSによる現在位置でも、もうそろそろ隧道が見えてくる頃。

これは、いよいよなのか!
奴は、奴は、そこにいる!
ここはもう間違いない。
隧道の前兆が、はっきりと認識できる。
だがそれは必ずしも隧道の生死を示すものではない。埋まってしまえばそれまでなのだ。
それらもすべて、この先で明らかになる。

さあ、括目せよ!!
[ 06' 5/21、06' 5/27 訪問 ] [ 06' 7/7 作成 ]
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