大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 1

概要

大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネルの地図 対岸に待ち受けるトンネルを目指して、そこに至る道を模索する。
待ち受ける苦闘を想像することもなく・・・

1-1 familiar?

大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 18 国道との分岐点にもすでに立ち入り禁止の表示があったが、橋の袂にもまたそれがあった。
ということは、少なくともここまでの道は当初より完全な管理用道路として作られたものではなく、一般人も通ることを目した道路であったということだ。
ダム湖を一周する、観光道路的な役割であったに違いない。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 19 その橋の名前は「ふれあい橋」。
一見して古いものではないことは明白であり、ダム建設と前後してできたものには違いない。
だとすればまだ竣工後10数年程度であるはずだが、管理用途を除けばすでに廃橋といっても差し支えない。
一方で、「ふれあい橋」というファミリアな名称から想像されるのは、やはり遊歩道的な使命だ。
その使命を、この橋は一度でも果たしたことがあるのだろうか?



これは後日談的になるが、実際橋を渡り、ダム湖を一周する遊歩道がダムサイトの案内看板に描かれていることが明らかになった。
また、計画時はこの道は林道扱いであり、当初より「歩道(幅員1.5メートル)」として計画されていたという。
右岸林道の総延長1850メートル中、1300メートルがこのような歩道扱いであった。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 20 橋は狭く、自動車の離合は不可能だ。
ダム工事中には工事用車両が列を成して走ったはずだが、一般の自動車が通ったとは考えにくい。

橋の上のアスファルトは何の痛みもなく、足跡も全くない。
黒々としたそれはまだこの橋ができてから本当に間もないような気を感じさせる。
その一方で、泥にまみれた自動二輪が通った跡があったのが印象的だ。・・・誰だ?

1-2 植物達とのふれあい

大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 21 こりゃえらいこっちゃ・・・


橋の先はすっかり藪にふさがれていた。
一応、藪の凹凸だけは確認でき、何とか人がひとり入っていける程度のスペースはある。
ただそれも現役の道の「痕跡度」を10とするならば、2か3といったくらい。
ともすれば見失うかもしれないが、潅木がないために自転車ごと入っていけると思われる。
第一、バイクですら通ったような痕跡があるのだから、この程度で相棒を手放すわけにはいかない。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 22 藪に包まれたこちら側の親柱には竣工年が書かれており、それによればこの橋は平成3年の竣工だ。
この世に誕生してからまだ15年ほどだというのに、すでに見捨てられている。
また、この先の惨状を見る限り、管理用道路としても活躍しているようには思えない。
完全なる廃橋一歩手前といったところだ。

それに、藪に包まれた橋の向こうはいったいどれほど放置されていたのだろう。
現在のところいつから放棄されたのかはわからないが、下手をすれば、 橋の完成から一度も遊歩道として開放されたことがなかったのではないかとすら思えてくる。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 23 藪へのダイビングもつかの間、すぐに視界は開けた。
どうやらここはあの狭いふれあい橋の車両待避所のようだ。

どういうわけかここは道の跡も鮮明で、くっきりとした一条の轍を認識できる。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 24 路肩はダム湖への急斜面であり、転落防止用のガードロープが設置されていた。
その一方で、足元には舗装されていた形跡はない。
待避所以外、私の身長をはるかに超える雑草が路面いっぱいに広がっているのは、当初より舗装されていなかったためのようだ。

「大谷ダム工事誌」には「(右岸林道には)アスファルト舗装を施工した」とあるが、これは歩道として作られた1300メートルを除く、 残り550メートルの区間のみであるらしい。
ダムサイトにあるダム資料館で話を伺ったところ、遊歩道区間は舗装されたことはないという情報もいただいている。

1-3 別れの時、来たる

大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 25 一時的に車が通れそうなほど広くもなったりするが、ほとんどはこのように背の高い藪に埋まっている。
それでも、踏み分け道程度の道は確かに続いており、周囲の藪を無視して自転車に乗って進むことができた。
部分的に潅木が茂るようなところもあったが、踏み分け道はそれを縫うようにくねくねと先へと突き進んでいる。

・・・が
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 26
いやん
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 27 突如として視界が真っ白に開けたと思ったら、足元がごっそりと消えていた。
この写真の左側は数十メートルの高さでダム湖面まで落ち込む崖だ。

崩落の深さは・・・3〜4メートルくらいある。幅は20メートルくらいだろうか。
特に崖に近い左側は切り立っており、たとえ自転車がなくても昇り降りすることは難しい。
もちろん、その場所でバランスを失えば、水没した大江集落とともに私はこの地に眠ることになる。

例によって、宙ぶらりんになったガードロープが恐怖心をあおる。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 28 崩落の向こう側には当然ながら路盤が続いているが、こちら側よりも薄く見える。
また、この崩落には植生が回復しきっていないことから、比較的新しいものでありそうだ。
数年以内か、ともすれば今年であっても不思議ではない。

もっとも可能性があるのは、第一回のイントロでお話した平成16年の7.13水害が考えられる。
しかし、ダム資料館の受付のおばちゃんの話では、水害後も遊歩道として開放されていたはずということだ。
ただ、おばちゃんはこの遊歩道が通行止めになっていることを知らなかったようなので、閉鎖時期については全く不明であるといわざるを得ない。
なぜならば、水害後にもここが整備され続けていたと仮定した場合、これまでの区間の激藪が説明つかないからだ。
いくら砂利道とはいえ、1年放っておいた程度で身の丈を越えるほどのススキが路面全てを埋め尽くすようなことは考えにくい。

ゆえに、目の前の崩落は平成16年のものであることは間違いなさそうだが、これが放棄の原因となったのではなく、 それ以前から廃道化は進んでいたものと思われる。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 29 いろいろと迷ったのだが、ここは自転車はあきらめた。
どうも親不知やら佐渡やら、最近の私は簡単に自転車を投げ出す傾向がある。
そもそもMTBとはこういう道なき道を進めるように作られたものの筈だが、その真価を発揮できていないような・・・

まあ、命あっての物種だ。
私が死んでしまっては元も子もない。

1-4 その道に歓声が響くことはなく

大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 30 ダム湖側は切り立った段差に阻まれたが、土砂崩れの上流側は比較的傾斜がゆるく、ここを伝って進むことができそうだ。
自転車を捨てた理由は、この上流側へ回りこむ足場(写真右。幅20cm)が狭く、滑落の危険を感じたからである。
横から伸びる枝に邪魔されつつもそれを手がかりにして、崩落の傾斜がゆるくなる上流を目指した。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 31 土砂崩れ現場よりダム湖側を望む。
私は左側の斜面にへばりついてここまで達した。

平成16年の水害の際には、この枯れ沢を猛烈な濁流が突進していったのであろう。
墓標のように突き立った枯れ木を見て、その惨状を想う。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 32 降りてきたときと逆の手順で、今度は対岸に登った。
写真は振り返って撮影。

さすがにふれあい橋で見たバイクもこれでは引き返しを余儀なくされたはずだ。
垂直の崖を昇り降りできない限り、バイクでは進めないだろう。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 33 ひとつ大きな谷を越えたが、もうひとつ連続して崩落が起こっている。
こちらは山側にある程度の足場があるので、越えることにそれほど苦労はしなかった。

ただ、足元の岩は当然安定しているはずもなく、そのままガボッと崩落することこそなくとも、バランスを失えば転倒する。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 34 もう一度振り返って撮影。
向こう側から見たよりも、崩落の規模は大きく見えた。
その様は「現在進行形」であるようで、一雨ごとにその傷跡をグリグリと抉り取っていくようだ。
今はまだ何とか乗り越えられていても、このまま放置されれば、数年以内にごっそり路盤が消えると思われる。
ただ、もしもそうなった場合、ダムに堆積する土砂量も激増することを考えれば、いつかここも補修される可能性も残されている。
今の状態ですら、崩落現場を少しずつ削り取った土砂が、ダム湖へと落ちていっているのだから。
崩落を乗り越え、難は去ろうとも、その先は相棒を失って孤独な一人旅。
だが、この先に待つトンネルはきっと私以上に孤独を痛感しているはず。
[ 06' 11/4、06' 11/19 訪問 ] [ 06' 12/15 作成 ]
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