大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 2

概要

大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネルの地図 秋の廃道は恐ろしい。
蜂は流石に活動を止めているだろうが、代わりに活発に活動しだす奴がいる。

2-1 戦いに備えて

大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 35 さながら出口を求めてさまようアリス、か。
一応獣道にもなりきれないような踏み分け道があり、藪を掻き分けつつそこをたどる。
道といってももはや路盤は全く見えず、藪の凹凸でそれが確認できる程度に過ぎない。
思うに、人間よりも獣のほうが通う頻度は高いのではなかろうか。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 36 なにしろ、こんな看板がそこらじゅうに立つようなところだ。
周辺の町に奴が現れたというニュースは毎日のように飛び込んでくる。
もちろん熊よけの鈴は装備しているが、所詮気休めにしかならないことは重々承知だ。
風で周囲のススキがざわめくたび、先ほどの崩落地点で拾った「ひのき(かもしれない)のぼう」を握り締める右手に力が入った。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 37 見上げれば美しい紅葉が望めるが、目には入っても見えていないというか・・・
いつ襲い来るやも知れぬ「敵」に備え、下手な廃隧道よりも緊張していた。
実際、この日ではないが、この近くで熊のような黒い影が目の前を横切っていったのを目撃している。

2-2 死して生まれた廃・遊歩道

大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 38 進んでいくほどに道は不鮮明になり、何とか一直線に続いていた踏み分け道も、潅木に遮られ右往左往する。
時にはその道も完全に消失し、潅木の根元を身をかがめて通らねばならない有様だ。

この荒廃振りは、わずか2年前の集中豪雨から始まったとは思えない。
放棄されてから10年程度は経過しているような気がする。
10年前というとダムが完成してからそれほど時間は経過していないが、その頃から荒廃は始まっていたと考えてよかろう。
ダム資料館の受付のおばちゃんは遊歩道として現役らしいことを言っておられたが、この現状ではそれも疑わしい。
下手をすれば、未完成のまま放棄された可能性すらも考えられる。
「未完成」については、後のトンネル調査において更に確信を得た。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 39 またしても崩落が・・・
路盤のことごとくを藪が覆うような有様では、土砂崩れが起こっているのかいないのかも分からない状態であったとはいえ、 前に進んでいくことは(困難ではあるが)可能だ。
一方で、路肩の崩落による路盤消失は毎度泣かされる。
まあ、ここは先ほどの崩落のように谷が形成されるほどでもなく、山側を迂回して何とか進むことはできた。

この崩落も比較的新しく、2年前の集中豪雨のものだろう。
2年前から荒廃が始まって、今この程度の植生である。
前後の廃道区間が明らかに2年よりも以前から荒廃が始まっていたことの証左となろう。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 40 迂回して進めるとはいっても、それは昇り降りが不要というだけで、十分な足場が確保されているわけではない。
こんな崖ギリギリを進まねばならないのだ。
水面までは垂直に20メートルくらい。
無論、これ以上崖側に近づく勇気はなかった。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 41 崩落を越えるたび、ただでさえひどい藪がさらに密度を増す気がする(振り返って撮影)。
入口付近では何とか確認できた踏み分け道も、もうこの辺りにはほとんどない。

実りの秋なのは雑草もそうであり、軍手やら何やらまで全部が植物の種子まみれになりながら、とにかく前進した。
そろそろ目的のトンネルも見える頃だ。

2-3 疑惑のトンネル

大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 42 むうっ!
藪の向こうに、見えてきたぞ。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 43
ついた・・・
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 44 ふれあい橋から、時間にしておよそ25分、距離は600メートルほど。
対岸にて衝撃の出会いをしてからは1時間近くが経過していた。
手が届かなかった「謎」に喰らいついた瞬間は、やはり何事にも代えがたい充実感を感じる。
そして、そこに至る過程が困難であればあるほど、恐怖に満ち溢れていればいるほど、それは強く感じるのだ。
そういった意味では、崩落と藪と熊の恐怖に脅えたこの道は、私をここに連れてくることで悦に浸らせてくれた。

ポータルは非常にシンプルで、綻びひとつない真っ白なコンクリートにいまだ黒光りする扁額が掲げられるのみ。
トンネルの名は「やまびこトンネル」である。なんと安直な。
ふれあい橋といい、大谷ダム周辺にはひらがなでつけられた名が多い。
藪と土砂崩れに埋もれ、事実上放棄されたトンネルにつけられたそんなファミリアな名前が逆にさびしい。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 45 銘板もピカピカだ。
竣工は平成6年だというから、まだ十年とちょっとしか経っていない。
ピカピカの隧道の前に広がるボロボロの道・・・
これは妙だぞ。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 46 中もまさに出来立て。
少なくとも一般の自動車が入ることはなかっただろうし、トンネル前後の様子ではまともに人を通したのかどうかすら怪しい。
当然のごとく、天井も壁も、汚れひとつない。

そして、対岸から見たとおり、内部はほとんど直角に近い角度で大きく曲がっていた。
その頂点あたりの施工が、また妙だ。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 47 振り返って撮影。
いったい何年ほって置かれたのか、この藪は。
10年は経過しているような気がするが、この写真の背後にあるトンネルも10年程の月日を経ている。
思うに、トンネルが誕生したそのときから、道はすでに荒廃し始めていたに違いない。
上流にあったふれあい橋ともども、この世に生まれ出でた目的も果たせずに、捨てられたのだ。
それどころか、トンネルの竣工以前に、すでに放棄の決定がなされていたかもしれないような事実を、トンネルの中で目の当たりにすることになる。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 48 なんと、舗装されていない。
いくら計画時点から遊歩道的な扱いを受けていたとはいえ、「未舗装のトンネル」など、前代未聞である。
舗装が一般的でなかった時代ならばいざしらず、これは平成6年竣工のトンネルなのだ。考えられん。

最初は土が流入してきたのかとも思ったが、水が流れたような形跡も、坑口前後に土を運ぶような土砂崩れもない。
竣工当時から、未舗装であったといってよいだろう。
というか・・・このトンネルは・・・本当に「竣工」したのか・・・?
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 49 足元の泥に刻まれているのは、動物の足跡が目立つ。
人、それからバイクの轍もあったが、動物のそれのほうが圧倒的に多い。
ダムの近くには、天然記念物のニホンカモシカの生息地があるが、その足跡は見られない。
多くは猫のようだが・・・こぶし大のものもいくつか。
・・・ヤツだろうな。

獣道の先にあったトンネルは、獣用のトンネルだったか。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 50 そして、直角カーブの謎の施工。
これって・・・「造りかけ」のように見えるんですが・・・
坑口付近の直線部分はしっかりとコンクリートで巻き立てされているというのに、カーブ部分は巻き立ての外側にコンクリートを吹き付けてある。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 51 「肋骨」が浮き出たカーブ部分。
奥の巻き立て部分と比較してもらえば分かるとおり、支保工に直接コンクリートを吹き付けておしまいだ。
あまりにも急なカーブであるため、曲線でコンクリートを巻き立てるのにはコストがかかったのだろうか?
「大谷ダム工事誌」は平成3年の史料であるため、平成6年に竣工したとされるやまびこトンネルに関する直接的な記載はない。
しかし、ダム湖右岸の道については「線形にこだわらず、経済性を重視した」と書かれており、コストは削れるだけ削ったのかもしれない。

そうはいっても、足元の未舗装といい、妙な吹きつけといい、どうもこのトンネルには「詰め」がないように思う。
言い換えれば、「コストがかかるからもうやーめた」という形で、なかば未完成のまま放り出されてしまったようなのだ。
前後の道も、荒廃の度合いを見れば、トンネルが竣工した時点で放棄されたことが想像される。

「一応ダム工事の補償として右岸に道を作ったけど、なんか管理大変そうだから、やめ!」

そんな形で、トンネル工事も中途で無理やり打ち切られたのではないのか?
一応銘板も取り付けて完成したことにし、遊歩道として開放された(下手をするとそれすらもないかもしれない)は良いが、 その時点ですでに管理する気などなく、すぐに荒廃しはじめたのではないか?

そう考えると、真っ白なこのトンネルが非常に哀れに思えてきた。
生まれいづる目的を見失い、獣達を無為に通すのみ。
対岸から奇異の眼で見られるだけで、省みられる事無く、人の温もりをも忘れ、山中に佇むその姿。
「やまびこトンネル」とつけられたその名も、トンネルから聞こえてくるのは人の笑い声ではなく、トンネルの哀歌が山彦となって響くかのようだ。

2-4 久しぶりの客を迎えるやまびこトンネル

大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 52 延長わずか37メートルのトンネルにもかかわらず、大きくカーブしているために入口から出口の姿は見ることができない。
そんな出口の先もやはり荒れ放題だ。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 53 だが、入口側よりも道は鮮明に見えた。
この先はダムサイトに繋がっており、少しは人が訪れることがあるのかもしれない。
もっとも、トンネル内に残された足跡や轍を見る限り、何ヶ月も前のことだろうが。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 54 振り返って撮影。
こちらも入口と同様、扁額と銘板があるのみ。
ロクに使われなかったポータルは周囲の廃景にはあまりにも不釣合いだ。
果たしてこのトンネル、工事関係者以外で通った者がいったい何人いたことか。
三桁に届かないのではなかろうか・・・

ダム湖対岸の国道からその姿を見ることができるとはいえ、走行中の車の中からでは分からないだろうし・・・
その存在すらも、揺らいでいる。
こんなにもピカピカなのにも関わらず、だ。
大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 55 トンネルからさらに進めばダムサイトに出られるが、そうすると自転車を取るためにはダム湖を一周する必要がある。
周囲6km以上もある湖をぐるりと周っている暇はないので、来た道を引き返すことにした。
抜け殻のようなトンネルを抜けて・・・

2-5 代償

大谷ダム湖畔の廃トンネル やまびこトンネル 29 自転車に戻ってほっとしたのもつかの間、トンネル探索用に取り外した自転車のライトを取り付けようとポケットをまさぐってみたが・・・

「ない」

やべえ、落っことした・・・

あの藪の中に、落としてしまったようなのだ。
いまさら戻る気になれないし、たとえ戻ったところであの藪の中でライトを見つけることなどできようもない。
無念だが・・・あきらめるしかない。

まあ、4つのポケットにそれぞれライト、GPS、デジカメ、財布を入れていたが、そのうち一番安いものでよかったじゃないか。


・・・






よかったよ・・・(泣)
その探索で得たものはあった。
しかし、失われたものの存在も大きかった。

自転車を購入して以来、単なる自転車のライトとしてだけでなく、数々の廃隧道でまさに私の目となって活躍したその灯り・・・

大谷のダムにて、散る。
[ 06' 11/4、06' 11/19 訪問 ] [ 06' 12/22 作成 ]
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