持倉鉱山 遺跡への昇華 1

概要

多少の担ぎを要しながらも、何とか続いていた道はここで途絶えた。
前は川、横は急斜面。
だが、苦難の向こうに見えるそれに、私はもうすでに魅了されてしまった。

1-1 犠牲になるものは

持倉鉱山 遺跡への昇華 16 前回お見せした倒木を渡ることも一度は考えたが、どう考えてもその後の展開を考えると最良の選択とはいえない。
よしんば落ちずに対岸(左岸)に渡れたとしても、例の廃墟は右岸にあるのだから、もう一度川を渡る必要が生じる。

渡渉は・・・まともな装備でない今では、あまりやりたくない。



というわけで、私は自転車を捨て、右岸の斜面を伝って行くことにした。
なあに、手がかりは豊富だし、落ちたところでずぶぬれになるだけで死にはしない。と思う。
持倉鉱山 遺跡への昇華 17 部分的には傾斜がますますきつくなり、樹木の手がかりも少ない場所もあった。
おまけに地面はむき出しの土砂だったりするので、ルーティングに失敗すると滑落する可能性も少なくない。
持倉鉱山 遺跡への昇華 18 それでも何とか渡りきり、振り返って撮影。
樹木という手がかりがあったということは、夏場の往来は厳しいかもしれない。
もっとも、真夏であればそう深くはない川の中をザブザブ進むのも悪くはないだろう。

1-2 古代遺跡が姿を現す

持倉鉱山 遺跡への昇華 19 再び道らしくなった。
路肩をよく見ると、金網と石で補強された護岸があった。

木陰から見え隠れした廃墟までは遠くない。
斜面を越えたそのときから、姿を現していた。
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古代遺跡・・・
持倉鉱山 遺跡への昇華 21 絶句した。

「次元が違う」
それは比喩表現ではない。
斜面渡りの苦難を越えている間に、私は日本ではないどこかへ飛ばされたに違いない。
持倉鉱山 遺跡への昇華 22 目の前の巨大な施設は、かつての鉱山事務所であったといわれる。
その隣にも小規模な遺構が・・・遺跡がある。
柱が二本残っているが、最近までそれらの中央にもう一本の柱が残り、アーチで結ばれていたらしい。
百年近くにもわたったパワーバランスが崩壊した今、残りの柱の倒壊もすでに秒読みだ。
持倉鉱山 遺跡への昇華 23 いまやそこが屋内であったのか屋外であったのかすらも判別は難しい。
ただ独特のレンガで構成された外壁のみが残っている。
レンガはカラミといわれる精錬後の残滓を利用して作ったもの。
持倉鉱山 遺跡への昇華 24 本命である事務所のほうに目を向ける。

入り口も窓も、すべてレンガとアーチで構成されている。
レンガ建築ともあいまって、日本離れした廃墟である。
ギリシアの神殿建築にも肩を並べる。
持倉鉱山 遺跡への昇華 25 ここは・・・本当に日本なのか?
持倉鉱山 遺跡への昇華 26 残滓では本来のレンガとしての役割は十分には果たさないのだろう。
レンガ一つ一つにひび割れが目立ち、崩壊のスピードは通常のレンガより速いようだ。
このままの姿でいられるのも、長くはないかもしれない。
持倉鉱山 遺跡への昇華 27 あまりにも現実離れしたその姿は、ここがただの廃墟ではないことを実感させる。
私が訪れた数々の廃道、廃墟の、どれとも類似するところはない。
ここはもう、廃墟ではない。
"遺跡"へと、昇華している。
持倉鉱山 遺跡への昇華 28 猿ヶ馬場の廃墟にしろ、猿毛岳スキー場にしろ、 少なからぬ不気味さと恐怖が付きまとった。
それは、そこが生々しい廃墟であったから。
持倉鉱山にはそんなものはない。
えもいわれぬ大正建築と長きに亘る時の経過が、廃墟のそれを浄化してしまったからだ。


遺跡へと姿を変えた持倉鉱山。
もはや世界遺産クラスと呼んでもいいのではないか?
日本にこのような形で残る大正建築は無二であるといっていい。
場所が場所なら、少なくとも文化財として手厚く保護されるだろう。
だがしかし、ここは三川村の奥深く、山深く。車道どころか歩道すらまともなものはない。
だからこそ、秘境の果てにある大正建築が輝いて見えるのかもしれない。
保護すべきか、はたまた朽ち果てるその姿こそが持倉鉱山のあるべき姿なのか、難しいところである。

1-3 跪く

持倉鉱山 遺跡への昇華 29 内部へと進む。
現地では、保存か放棄かなどという、そんな現実的な考えなど微塵も浮かばなかった。

世界遺産に、夢の世界にあった私は、感謝していた。
持倉鉱山 遺跡への昇華 30
この新潟という地で
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人生の一部分でも時を過ごし
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この地に立てたことを
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神に感謝する。

1-4 対岸の大神殿

持倉鉱山 遺跡への昇華 34 持倉鉱山はこれで終わらないから恐ろしい。
事務所跡の対岸を見てみると、ほとんど樹木に覆われた"遺跡"が、それも事務所跡よりも広大なそれがある。
あれこそがかつての精錬所である。
よく見ると、一際高い大煙突もいまだ屹立している。
当然、あそこにもいかねばなるまい。

しかし、前回お伝えしたように、対岸に渡るにはあの倒木を渡るか、渡渉するかしかないわけだが・・・
倒木は渡れないし、早すぎる雪解け水で増水した2月の河川を渡渉するには、ただのトレッキングシューズではあまりにも装備が貧弱。
なので、行けません。
以上、終わり。








なわけねーだろ!!!
何の装備もなしに冬の水量の多い川にザブザブ入っていくほど、私は熱血でも無謀でもない。
一方で、ほんの数十メートル先の大正建築遺跡を前にして「行けませんでした」で完結できるほどクールにもなれない。
探索は時にアツくもなるが、それはあくまでも冷静な状況判断に裏打ちされなければならない。

次回、再挑戦。
[ 07' 2/25、07' 3/3 訪問 ] [ 07' 4/1 作成 ]
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