弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 1

概要

入口をくぐると、風防室のような前室になっており、さらに奥には扉がある。
玄関のような段差はなく、ここで靴を履き替えるということはなかったと思われ、業務色の強い建物であったことをうかがわせる。

1-1 朽ち果てた部屋に耳を澄ませば

弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 13 入ってまず目に飛び込むのは、目の前の階段だ。
階段も例外なくボロボロで、剥離したコンクリートがただの石の塊のように積もっている。

とりあえず二階は後回しにし、まずは一階の探索を行う。
弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 14 階段から左に目を向ければ、入口にあったものと同じような扉がついた部屋。
扉は両開きのものだったようだが、すでに片方は失われている。木枠の中にはおそらくガラスでもはまっていたのだろうが、 この扉自体にもレトロな風貌を感じるのは気のせいだろうか。
弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 15 部屋の内部左側。窓の外は先ほど通ってきたところだ。
床には長方形のコンクリートの段差が何列か並んでいる。また、深い溝が部屋を横断していた。
何かをふさいだか、この長方形の部分に何らかの機材を置いたのか?深い溝はケーブル収納用とも考えられる。
弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 16 部屋の内部右側。
窓枠はすべて抜け落ち、大きな一枚窓になっている。部屋の内部に散乱する木片が、ここにはまっていた窓枠の成れの果て。 当然アルミサッシなどではない、木枠の窓である。
アルミサッシは30〜40年位前から使われ始めたというので、この建物は少なくとも40〜50年は経過しているものと考えられる。

さらに、この奥に見える赤い部分。あれはまさか・・・
弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 17 レンガだ!

表面が大きく剥がれ落ちた内部には、無機質な廃墟に似つかわしくない、鮮やかな赤いレンガが見えていたのだ。

どう見ても積んだレンガを漆喰かコンクリートで固めたように見える。
まさか、この廃墟はレンガでできているというのか?

だが、結局レンガを見ることができたのはここだけであった。内壁が剥離した箇所はいくらでもあるが、どれも傷は浅く、 内部の確認は難しい。
また、このレンガの向こうは先ほど外から平屋のように見えた部分の地下にあたり、土止めの意味合いもあって、 この壁だけが特殊な工事が行われた可能性も否定できない。
しかし、土止めに、しかもそこに限って、レンガなんて使うだろうか・・・?

もしもこの建物が総レンガ製だというのなら・・・ここの歴史は先ほどの考察からさらに数十年はさかのぼることになるだろう。
弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 18 窓枠が失われ、逆に広々とした開放的な窓からは、春の心地よい風が吹いてくる。
風は心地よくとも、やはり廃墟の中というのは、そうそう穏やかでもいられないのが本音だ。
興奮と恐怖が入り混じった、独特の感覚である。心地よくはない。だが、不思議なことにそれが私を酔わせる。

天井からぶら下がっているのは電球。
明かりが蛍光灯ではなく電球ということは、建設当時には蛍光灯が普及していなかったのだろう。
蛍光灯の普及は戦後になってからなので、やはりこの建物は戦前のものと思われる。この年代なら、総レンガであっても不思議ではない。

1-2 トイレ

弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 19 部屋を出て左、階段の横はトイレへと繋がっている。

今は丸見え状態だが、現役時代には扉がちゃんとついていた様子。ただし男女共同。
右の壁は階段にあたり、その下の小さな部屋はおそらく清掃用具入れか。
弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 20 小便器は俗に「あさがお」と呼ばれる形状をしている。あさがお型の小便器は戦前のものに多く見られ、 これもこの建物の年代を知る上で重要な手がかりである。
弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 21 もちろん大便器もある。

大便器と小便器はそれぞれ二個ずつあることから、10人程度はこの建物を出入りしたことだろう。
一階は以上だ。
さまざまな手がかりから、この建物は戦前に造られたものと想像できる。レンガであることを考えれば、大正から昭和のごく初期であろう。
まあ、現地ではそう冷静でもいられず(興奮しっぱなしだもの)、この辺の考察はもっぱら帰ってきてからのお仕事だったが。

1-3 二階へ

弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 13 一階の探索を終え、続いて二階へ通じる階段を登る。

壁には先人たちのつけた落書きがいくつも見える。
どれも小さな傷程度のものだが、中には訪問年月日が刻まれたものもあり、これはここが廃された年を想像する手がかりとなるかもしれない。
弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 22 階段の途中から振り返って撮影。入口の様子がよくお分かりいただけると思う。


いったいどのような人々があの玄関を往来したのだろう。
黒ぶちの丸めがねをかけた人が行きかったのだろうか。
それとも、軍服をまとったいかつい男が、半長靴の足音を響かせて通ったのだろうか。
モンペをはいた女性が入ったこともあったのだろうか。

往時の姿を見てみたい。それは決してかなわぬ願い。
せめてその姿に近づけるべく、この建物の正体を暴く。
決意の元に踏み出す一歩が、ひびだらけのコンクリート片を割る音となって響いた。
弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 23 階段右の窓からは外部の遺構が見える。
コンクリートブロック製のそれは明らかに今いる建物とは時代を異にするものだ。増築された部分だろう。
位置的にはこの建物入口の右側にあるが、玄関の右側は木々が密集し、とても入れる状態ではなかった。はてさて、どうやってあの場所へ行こうか。
弥彦山付近 猿ヶ馬場の廃墟 24 踊り場を過ぎると、二階が見えてくる。
二階の状況は次回。
一階の平面図を掲載しておこう。
二階にて、ついに私はこの施設の正体を示す決定的なものに出会った。

・・・いろんな意味で。
[ 05' 4/16 訪問 ] [ 05' 11/2 作成 ]
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